3 恋はするものではなく、落ちるもの
月夜に輝く金髪に、エメラルドの様な綺麗な瞳。
そして、月の光を浴びた彼の美貌はまるで、神話に出て来る神の様だった。後ろ髪をひと束伸ばしているのが、どこか甘さを感じさせるから不思議だ。
「介抱? 私には嫌がる女性を、部屋に連れ込もうとしている様にしか、見えませんでしたが?」
そう言って微笑んでいたが、その人の瞳は凍ったかの様に冷たい。
どこから見ていたのかは分からないが、一方の発言だけで判断しない人だった。
「いや、それは誤解というか……キ、キミからも……」
弁明してくれと言う身勝手なシーデル子爵に、フィーナは呆れていた。
どうしてフィーナが、彼の潔白を証明しなければならないのか。そう懇願する様な目で見たまま、手を離してくれないシーデル子爵から、美貌の彼がスマートな仕草でフィーナを引き離してくれた。
「あぁ、彼女のか細い腕が、こんなに腫れてしまっているではないですか」
「え、あ、いや」
わざとらしくそう言われ、シーデル子爵は慌てていた。
実際は少し痛みはあるが、彼が言うほど腕は腫れてはいないのだが、自分に過失がある子爵は、フィーナの右腕の腫れが事実かどうかよりも先に、自分の手の痕が付いている事に気付き、青ざめている。
「可哀想に、力任せに掴まれたのだね?」
「……はい」
嘘を吐く意味はないし、子爵を庇う理由もない。
強く掴まれたのは確かなので、フィーナは俯き素直に頷く。
だが、事実をありのままに言われて、シーデル子爵は納得する男ではない。
「な! つ、掴んだ訳じゃなく!」
掴んだ訳ではなければ、何故腕にそんな痕が付くか頭にないのだろう。まだ言い訳を探しているシーデル子爵に、男は軽く睨んだ。
「謝罪もなしか」
「……っ! な、何もしてーー」
「反省すらなしとは呆れるな」
シーデル子爵の言い分より、何も言わない自分を信じてくれる事に、フィーナは嬉しかった。
貴族は相変わらず男社会だ。男の身勝手な言い分が罷り通る事が多い。
彼が現れなかったらこの事態すら、うやむやかフィーナが誘っただのとされてしまっただろう。
まだ言い逃れをするシーデル子爵に、彼は見切りをつけ軽く手を上げれば、途端に警備兵が現れた。
柱の陰に待機していたのか、上手く見えない所にいたのか、フィーナすら驚く程素早い反応だ。
「暴行の現行犯として連れて行ってくれ」
「「はっ!」」
小さく頷き警備兵達は、シーデル子爵の両脇をガッチリと捕まえていた。
「は!? な、な、何を一体!!」
これに慌てたのはシーデル子爵である。
フィーナを連れ込もうとしたのは確かだが、実際には未遂で終わった。彼にしたら何もしていないのに、何故なのだと思ったのだろう。
「あれ、子爵ともあろうお方がご存知ない? 痕が残るくらいに強く握れば、立派な暴行罪に問われるのですよ」
「は? 暴行……いや、そんなモノはすぐにーー」
消えるとシーデル子爵は反論していたが、フィーナの横に立つ彼の目がさらに冷えたのを感じ、押し黙る。
「異議の申し立ては、この"ルーフィス=ハウルベック"が後でゆっくり聞く。連れて行け」
「な、ハウ……ッ!」
耳の奥にまで響く低い声に、シーデル子爵は目を見張った後、カタカタと震え出していた。
捕まった事に焦ったのか、それともハウルベックの名に畏れをなしたのか。はたまた両方か。
もはや両脇をホールドされ、抵抗する気力さえも湧かなくなったシーデル子爵は、ズルズルと引き摺られる様に連行されたのであった。
シーデル子爵の姿が小さくなった頃、ルーフィスがチラッとフィーナを見た。
「腕は痛むかい?」
「え?」
「もう少し早くに来るべきだった」
先程の冷ややかな声とはうって変わり、ルーフィスは優しい声で謝罪してきた。
助けてくれたルーフィスが謝る必要なんて何もないのに、彼はもっと早ければフィーナの腕に、そんな痕も付かなかったと言うのだ。
夜会などで女性が被害に遭うと、心配より先に何故か誘ったのでは? と非難される事も多い。
だから、フィーナも気をつけるようにと注意されるのかと、身構えていたくらいだ。だが、ルーフィスが掛けてくれたのは、温かい言葉だった。
「ありがとうございます」とお礼を口にのせるより、フィーナの頬に涙が伝わっていた。
助かりホッとすれば、彼が来なかったらと想像し震える。ルーフィスの優しい声に、つい気が緩んでしまったのだ。
「怖い思いをさせてしまったね」
そう言ってルーフィスは、羽織っていた上着をパサリと、頭からフィーナに被せた。
泣いた姿を誰かに見られない様、配慮してくれたのだろう。
その優しさについ絆されれば、衝動的に目の前にある彼の逞しい胸にしがみつきたくなる。
そんな大胆な自分の思考に驚いたフィーナは、急に恥ずかしくなり涙が止まっていた。
「残念、胸を貸したいところだけど……音楽が止まってしまった」
廊下に聴こえていた軽快な音が、気付けば止まっていた。
まだまだ夜会は続くが、次の曲が流れるまで少し時間がある。踊って乱れた服装や髪を直しに、令嬢達がここへ来るだろう。
フィーナもその事に気付き、ルーフィスから距離を取ろうとすれば、手痕の付いた手を優しく取られた。
フィーナが何だろうかと言葉を待っていれば、ルーフィスは上着から取ったであろう、淡いブルーのハンカチーフをフィーナの手痕の上に、手慣れた仕草で巻いていた。
「痕が見えると、口さがない者達から揶揄されかねないからね?」
帰るまで隠しておきなさいと、ルーフィスは諭す様に優しく言った。
確かに、腕に付いた手の痕を見た者達から、勝手な想像で噂話にされるのは目に見えている。
例え、フィーナに非がなくとも、そんな事があった令嬢と揶揄されるだろう。
ルーフィスの細かい配慮が、フィーナの心に響く。
先程のシーデル子爵とは違い、ルーフィスの手に嫌な感じなどしなかった。
むしろ、なんだか気恥ずかしい感じすらしつつ、フィーナは腕を引っ込ませず頬を赤く染めていた。
「ありがとうございま……す?」
腕に巻いてくれたハンカチーフを見て、フィーナは思わず目を見張る。
何故なら、ただ無造作に巻くだけでなく、腕にハンカチーフの小さな花が咲いていたからだ。
リボンでも驚くのに、コサージュを巻けるルーフィスには驚きである。
「再従妹が今、コサージュ巻きにハマってね。暇を見つけては私の腕を練習台に使うから、私の方が覚えてしまって……」
そう恥ずかしそうに言うルーフィスが、なんだか可愛いなとフィーナはクスリと笑う。
再従妹と仲が良いのも、フィーナ的にはホッコリする。
「ハウルベック侯の再従妹様なら、すごく可愛らしいんでしょうね」
貴族はただでさえ、爵位継承問題で揉める事が多い。それは、時に血を分けた兄弟であっても憎しみ合う程に。
赤の他人なら、余計に上辺だけの付き合いも多いのだ。
なのに、親族と仲が良い雰囲気を垣間見て、フィーナの心まで温まる。
「ちょっと生意気だけど……」
可愛いよと笑うルーフィスに、フィーナもつられて笑顔になっていた。
再従兄にこんなに素敵な男性がいるだなんて、羨ましいなと思う。
「あぁ、そこのキミ。彼女をパウダールームに……そこで私とぶつかった際、彼女の髪が乱れてしまって」
「ハ、ハウルベック様!! わ、分かりました!」
パウダールームの清掃でもしていたのか、こちらに向かっていた侍女は、ルーフィスに声を掛けられ顔を真っ赤にさせていた。
ただでさえ整った美貌なのに、声は耳心地の良い美声とくれば、こうなっても仕方ないだろう。
フィーナがチラッとルーフィスを見れば「行っておいで」と、優しい声と笑顔で促された。
あの男に襲われかけたせいでと言うのは簡単だ。だが、何があってもなくても、フィーナ自身が噂好きの者達の餌食になるだろう。
ルーフィスはそれを配慮して、自分とぶつかったせいだと擁護してくれたのだ。
フィーナは仰々しくならない程度に頭を下げ、まだ頬の赤い侍女に付いて行くのであった。