29 逢いたい人には逢えず、会いたくない人には絡まれる
結婚結婚と口煩い母も、フィーナが進んで夜会に出向いている内は、あまりとやかく言わない。
フィーナがちゃんと探していると思っているからだ。
ただ、毎回「イイ人を見つけてくるのよ!!」と背中を押してくるのはヤメて欲しいなと、心底思う。
母の何でもないその言葉が、フィーナの心をジワジワと締め付けていた。
馬車が今宵の夜会会場に向かう度、フィーナの心が擦り減っていく。
パートナーなしの夜会では、ただの交流の場としてではなく、合同のお見合いパーティみたいな雰囲気さえあって、フィーナは得意ではなかった。
ただ、今回の夜会がどんな夜会であろうとも、最後にしようと決めたからこそ、今夜は母の言葉を受け流せたし、こられたのだ。
帰ったら思いを伝える。
結婚する意思はない事。ラビーのサポートをして、その後は一人で生きて行く気でいる事。そのすべてをぶち撒けようと考えていた。
反対されたなら、除籍も厭わない。そのくらいに真剣だった。
ラビーと話をして心は決まったのである。
だから、フィーナはこの夜会を最後にしようとしていた。
夜会の出席名簿にルーフィスの名はなかったのは残念だが、それも仕方ない事である。ただの田舎伯爵の娘が、あのハウルベック侯爵の息子が出席する夜会に、招待される訳ではないのだ。
ただただ、ルーフィスに会えた奇跡を感謝し、夜会の雰囲気を楽しむつもりだった。
「あらぁ、フィーナ様。今夜もお一人?」
その雰囲気すらぶち壊す声が、フィーナの耳に掛かる。
しかも、まったく知らない令嬢だった。
ルーフィスといる事で、フィーナの名はそれなりに有名となっているが、フィーナは彼女を知らない。
「どちら様でしょうか?」
だから、素直にそう訊いたのだが、鼻で小さく笑われた。
「やだわ、嫌みかしら?」
「はい?」
「自分はルーフィス様といて知っているでしょうけど、貴女なんか知らないわよって事? やだわ、そのいやらしい嫌み」
一方的にこちらを知っているだけの令嬢が、貴女は自分を知らないのねと、まるでこちらが悪いかの如く言ってきた。
そんな事を言う方が、特大の嫌みではないかとフィーナは思うのだが、近くで聴いていた令嬢達からはわざとらしく非難の声すら上がる。
彼女達も、ルーフィスのファンなのだろう。
普段はこの人達は特別仲が良い訳じゃないクセに、イジメの対象が同じとなれば、途端に意気投合する。こういう令嬢達もフィーナは嫌いで、夜会に参加するのが億劫になる原因だ。
「申し訳ありません。私、頭が良くないので、名前を教えて下さいます?」
こんな事でイチイチ反論していたらキリがない。
だから、フィーナは突如として売られた喧嘩は、買わずにスルーする事にしている。但し、家名と名前はしっかり訊いてからだ。
「あら、やだわ、ごめんなさい? いつも当然の様にあのルーフィス様と一緒にいらっしゃるものだから、フィーナ様がコレ程までにバカとは思いませんでしたわ」
家名や名前を教えろと、低姿勢で言ったのにも関わらず、名乗らずに悪口を言う辺り、彼女はイイ性格をしている。
周りの令嬢達は、やってやれとばかりに口元を歪めて見ていた。
『私もまさか、貴女があんな簡単な問いすら返せない方だなんて、想定外でしたわ。あぁ、ひょっとしてこの国の言葉が難しくて、通じなかったかしら? ロムタガ語になら分かります?』
「は?」
『あら、お分かりになりませんの? やだわ、一体何語なら分かるのかしら』
普段なら、こんな無駄なやり取りは無視する。
いくらやっても終わり見えないし、する価値すらないので、逃げるが勝ちとばかりに去るところ。
だが、ままならない人生に嫌気が差していたフィーナは、今回ばかりは喧嘩を買う事にしたのだ。
いつも通りにチラッと嫌みを言えば、逃げる様に去るだろうと思っていた令嬢は、フィーナの想定外過ぎる反撃に目を剥いていた。
「え、今の何語!? まさかデタラメじゃないわよね」
「聴いた事はあるわ。ロムタガ語じゃなくて?」
「そうよ、ロムタガ語よ。学園で習った覚えがあるわ」
ワナワナとする令嬢をよそに、見ていた令嬢達は騒ついていた。
まさかの反論と、フィーナの語学力の両方に驚愕していたのである。
「はぁ!? 何そのいやらしい自慢!! そんなんだから男にモテないのよ!!」
バカにしていた相手が、自分より遥かに学力があると分かり、令嬢はますます目を剥く。
しかも、皆にフィーナとの学力差を披露する事態になり、怒りのあまり血が沸騰する思いだった。
学力では勝てないと悟り、令嬢はフィーナがいつも一人でいる事を揶揄する方向に変えたらしい。
だからと、フィーナはそれに乗る事はなかった。
むしろ、絡んで来る令嬢が、誰も彼もが同じだなと呆れが強くて、逆に気分が冷えていく。珍しい絡み方は始めだけで、結局は同じ。
完全に冷静になってしまったフィーナは、ため息が漏れた。
「なっ!?」
ため息は思わず出てしまっただけで、これ見よがしに吐いたつもりはない。だが、お怒りモードの令嬢には、まさに火に油を注ぐ様なモノだったらしい。
いつの間にか静まり返っていた会場に、令嬢のキツい声が響いた。
「バカにするのも大概にしなさいよ!!」
口では勝てないと考えたのか、それとも頭に血が昇り理性が保てなくなったのか、令嬢は手を振り上げた。
とうとう実力行使に出て来るのかと、フィーナは顔を背けて来る衝撃に備える。
ーーが、いつまで経っても、その衝撃が来る事はなかった。




