26 久しぶりの姉と弟
「ごめんな。姉さんに嫌な事押し付けて逃げちゃって」
「え?」
逃げたと言う意味が分からず、フィーナは目をキョトンとさせた。
むしろ、これから面倒事が降り掛かるのはラビーの方だ。それも、フィーナのせいで……。
「農業科を選んだのは将来の為だけど、あの学園を選んだのは父さんと母さんから、距離を取りたかったからなんだよ」
運ばれて来る料理を口にしつつ、苦々しい表情でラビーはそう言った。近くにも農業科がある学園はあったが、遠い方が家に帰らない理由になると選んだらしい。
この学園生活に、そんな理由が含まれていたなんて、フィーナは驚いていた。
「お父様やお母様が嫌いだったの?」
そんな素振りはなかったが、それはフィーナが知らないだけだったのかと、思わず訊いた。
「嫌いじゃないよ。ただ"苦手"なだけ」
「あぁ、それはちょっと分かるかも」
ラビーの言葉は、フィーナにも何となく理解出来る。
自分達を何不自由なく育ててくれた両親だし、憎んでいないし、嫌ってもいない。もし、2人に何かあれば助けてあげたいくらいには、情がまだある。だが、考え方や価値観はまったく違って、度々ウンザリするのだ。
両親も、自分と子供は違うのだと、理解してくれればいい。
だが、子供は親の言う事を信じていればイイとばかりに、意見を聞く事はほとんどなかった。
「当初、姉さんの婚約だって、俺は反対だったけどな」
「え、そうだったの?」
そんな雰囲気を見せた事がなかったので、フィーナは目を丸くさせていた。
「だって、あれって自分達都合だろ?」
両親達が、今後も付き合いがある子供達をくっつけたかっただけだと、ラビーは気付いていたらしい。
「それもある意味、政略結婚かしらね?」
「政略なら、なおさらマックはない」
家同士の結びつきが政略結婚なら、一応はマックともそうなるのかと苦笑いすれば、ラビーは呆れていた。
「マックの事、嫌いだった?」
「好き嫌い以前に、わざわざマックを選ぶ意味が分からないんだよ」
ため息を吐いたラビーは、ベリーソースのかかったステーキを口に放り込んだ。
「選ぶ相手がアイツしか残ってないならまだしも、他家には優良な男はいくらでもいるんだぜ? なのに、手近なマックなんだから自分都合だろ」
他の領地の男子にはまったく目は向けず、近くで自分達が仲がイイ息子を選んだのだ。
親が決めたという意味では政略だが、アレは政略というより身の保身だろうと、ラビーは言う。
「自分達が幼馴染と結婚したからって、子供達もそうするかって……バカじゃね?」
後にフィーナが、マックを意識して好きにはなったが、そんな事は後付けである。だから何だと、ラビーは思うらしい。
結局は、自分達が幼馴染と結婚して幸せだったから、フィーナもそうに違いないと価値観を、ただ押し付けただけだった。
「ラビー」
まるで自分の思いを代弁してくれた様なラビーに、フィーナは思わずため息を漏らした。
「大体、婚約者を大事にしない男なんて、ゴミだろ」
田舎領地の話題は概ね、都会の流行りより身近に起きている事である。
寮で暮らしていたラビーにも、誰かが面白可笑しく教えてくれたそうだ。
「そのゴミだって、畑に撒けば肥料にはなるわよ?」
とフィーナが冗談混じりに言えば、ラビーは一瞬目を丸くさせた後、愉快そうに笑っていた。
「確かに!」と。
「それで、姉さん。爵位の話なんだけど」
姉と弟の楽しい会話はそれまでとして、ラビーはグラスの水を一口飲み、本題に入った。
父からも、伯爵を継ぐのはラビーになると、手紙が送られて来たそうだ。
「貴方が嫌じゃなかったら、引き受けてくれないかしら?」
大抵の場合、一方が他家へ婿や嫁に行けば、一方は実家からは除籍される。
別に抜く必要はないのだが、後々、兄弟が爵位で争わせない様に風習みたいになっていた。
だが、フィーナは自分が伯爵となったとしても、ラビーさえよければ、除籍させるつもりはなかった。
ましてや、彼がいずれ結婚したとしても同じ事。
職務を共同してもらえるなから、しっかり金銭的でもサポートする予定だったのだ。
しかし、今やフィーナは伯爵になる気がない。
そして他家へ嫁ぐ気もないのだから、お荷物だと考えていた。ラビーが嫌でなければ、父に提案した様に、我が伯爵を継いでくれたらありがたいなと、考えていたのである。
勿論、ラビーが突っぱねるのであれば、フィーナは何もかも諦め、腹を括るつもりでいた。
「俺は別に構わないけど……姉さんはそれでイイ訳?」
「良くなければ、そんな話しないわよ。ラビーこそいいの? 乗り気じゃなかったでしょう?」
文句すら言わずに念を推してくるラビーに、フィーナの方が心配になってきた。伯爵に興味がなかった筈なのに、どういう心境の変化なのか。
「……まぁ、うん、そうなんだけど」
フィーナがそう言えば、ラビーはモジモジしながら、デザートのプリンを掻き回していた。
普段、そんな食べ方などしないのに、手持ち無沙汰なのかグリグリと。
「好きな子がいるのね?」
察しの良いフィーナは、ラビーのその仕草と落ち着かなさにピンと来た。
好きな人がいるから、その人の為に継いでもイイと、考え始めたのかもしれない。
おそらく、相手は貴族なのだろう。
もし平民なら、平民になる自分とすんなり結婚すればイイ。
ましてや、ラビーは姉を蹴り落としてまで、伯爵家を継ぐタイプではないし、相手がラビーの爵位に拘るなら、ラビーは結婚相手に選んでいない筈。
となると、考えられたのが、相手が貴族の令嬢。
たとえ、いずれ彼女が平民になる予定だったとしても、彼女の結婚相手であるラビーが伯爵家長男と知り、相手側の両親が渋り始めたのかもしれない。
平民に嫁がせるのを嫌う貴族は多いし、貴族として育てられた令嬢も然りだ。
だから、平民でも構わないと言っていたラビーも、急に爵位が惜しくなったのだろうと考えた。




