24 そこは""でしょうがーーーー!!!!
ーー夜会のその後の顛末。
流石に揉めるのを嫌う両親も、子爵家へ抗議を入れれば、後日ドレスの弁償代を含めた迷惑料が、セネット家に支払われる事に……。
しかし、一括ではなく分割払いになったらしい。
矜持の高いジーナが、新作のドレスを着て来ない時点でお察しである。
「トーマ子爵は、夫人とは近々離婚されるみたいだね」
あの夜会から数日経った頃、そう言ったのはルーフィスである。
サリーからお茶会に招待されたフィーナは、今ハウルベック侯爵家のガゼボでのんびりと紅茶を飲んでいた。
だが、お茶会と称したガゼボには、フィーナとルーフィスの2人だけ。フィーナ母の余計な詮索を配慮し、サリー経由で誘いがあったのだ。
サリーからでも大変なのに、ルーフィス個人からとなれば、母がどう捉えるかなんて言うまでもない。
フィーナにちょっとでも親しい男の影がチラつけば、結婚相手に考えているのかと、結び付けるから困りものである。
だが、フィーナ母の勘違いもあながち間違いではないと思うのは、控えていた侍女達である。
庭園近くにある広いガゼボには、侍女が数名いるものの、フィーナとルーフィスのみ。
サリーに言わせたら、これはお茶会ではなく、ただの恋人同士の語らいである。遠巻きで見ている侍女達も、皆そう思っていた。
何故かその意識がないのは、この2人だけである。
「この間の夜会の件で?」
「いや、決定打になっただけで、前々から考えていたらしい」
そんな生温かい目を向けられいるとは、まったく知らない2人。
侍女の淹れてくれた紅茶を飲んだり、お菓子を食べたりと楽しい時を過ごしていた。
「では、ジーナ様は……」
「今は平民になるか否かの、瀬戸際じゃないかな」
ジーナには年の近い弟がいる。
ジーナを他家へ嫁がせたのだから、ジーナに爵位を継がせる気はないのだろう。政略か恋愛かは知らないが、女を軽んじている生家に出戻りになるなら、ジーナの扱いは酷くなりそうだ。
可哀想とは思うけれど、自業自得である。
結婚しているのに、他の男に色目を使うだけでなく、夫以外の男に纏わりつく女に嫉妬したジーナ。
嫉妬したところで、ルーフィスが自分に振り向く訳ではないが、それ程までに彼の事が好きだったのだろうか?
マックと婚約していた時はどうだったかなと、フィーナは過去へと思いを馳せていた。
自分は彼の周りにいた女性達に、嫉妬をしていたのかなと。
「トーマ夫人の事はキミのせいじゃないよ?」
「え?」
「遅かれ早かれだった話で」
別にジーナの事を考えていた訳ではない。
だが、フィーナがぼんやりしていた為、ジーナの事を心配していると勘違いした様だった。
「あ、いえ、はい」
まさか、元婚約者の事を考えていました……なんて言えない。
ルーフィスが目の前にいるのに、他の男の事を考えていたとは、失礼過ぎる。
フィーナは慌てて思考を戻すと、テーブルの上に小さな箱が置いてあった。
手のひらサイズの上品な箱で、ベルベットの可愛いリボンが掛かっている。
「気に入ってくれるといいんだけど」
そう言ってルーフィスが、フィーナの方へ小箱を差し出した。
「え?」
「本当はドレスを贈りたかったのだけど、キミの重荷になっては意味がないからね」
ガルシア伯爵家の夜会で、ジーナにドレスを汚された事を言っているのだろう。
以前、サリーからのお茶会の誘いがあった時、母がもの凄い反応をしたのだ。それが、ルーフィスからドレスなんか贈られた日には、"結婚"の二文字がチラ付いて、フィーナとて対処が大変になりそうで怖い。
「お気持ちだけで充分ですわ。ドレスを汚したのはジーナ様ですもの」
フィーナはその小箱を、申し訳なさそうにルーフィスの前に戻した。
張本人が謝罪1つしないのに、何も悪くないルーフィスが代償を払う必要など、どこにもない。
ルーフィスに群がる女性達なら、嬉々として受け取るだろうが、フィーナは受け取る理由がなければ、過剰なプレゼントは貰いたくなかった。
そんなフィーナの心情を察してか、ルーフィスは優しい口調で話を続ける。
「でも私としてはね。キミとの思い出までもが、穢された気分なんだよ」
「え?」
「夫人が着ていたあのドレス。私と初めて会った時に、フィーナが着ていたドレスだよね?」
「……っ!」
確証はないが、確かにあの夜会でジーナが着ていたドレスは、ルーフィスと初めて会った時に、フィーナが着ていたドレスに酷似していた。
ルーフィスはジーナを見かけた時に、アレ? と気付いたのだ。
実際持っていた本人だけではなく、ルーフィスが気付いていた事に、フィーナは驚愕する。フィーナとて、あんな出来事があったからこそ、ドレスの色やデザインを覚えていたのだ。
でなければ、記録していても記憶には残っていなかっただろう。
だが、ルーフィスはフィーナがあのドレスを見たせいで、フラッシュバックを起こしていないか心配した様だった。
でも、フィーナの記憶は絡んで来たあの子爵ではなく、ルーフィスが助けてくれた嬉しい記憶で、即刻上書きされている。
ルーフィスが心を痛める必要などなかった。
「ただでさえ辛い過去なのに、あの夫人のせいで……」
「ルーフィス様」
小箱を返そうとしていたフィーナの右手に、ルーフィスの右手が重なった。
「あの時の私の記憶は、既にルーフィス様との素敵な出会いとして、上書きされていますわ」
そのルーフィスの右手に、フィーナの左手が重なる。
あの時、子爵が絡んで来なければ、きっとルーフィスと出逢えなかった。もしどこかで出逢っていたとしても、数多の令嬢達の1人で終わっていただろう。
子爵に絡まれたのは、ルーフィスに出逢う為の軌跡。
フィーナの"運命"に必要な要素だったのだ。
「フィーナ」
と囁く様な甘い甘い声で、ルーフィスが見つめーー
「はい」
とフィーナがふわりと微笑んだ。
「なら、今回も私で上書きさせてくれないか?」
ルーフィスの左手が、フィーナの左手に自然と重なった。
ルーフィスの大きくて温かい手が、フィーナの心ごと温める様に……。
「上書きは物でなくとも出来ますよ?」
ルーフィスのエメラルドの様な瞳に、フィーナが上目遣いで見つめ返すと、ルーフィスは蕩ける様な笑顔を向ける。
「そうだね。私の可愛い小鳥」
さらに極上に甘い声で囁くと、身を乗り出しフィーナの額にコツンと、自分の額を充てた。
息が触れるくらいの……もどかしい距離感。
そして、どちらかともなく目を閉じれば、互いの唇は触れていなくとも、まるでそこにある様な温かさを感じる。
数秒もないこの時間が、2人の間で止まって見えた。
「上書きは出来たかな?」
とルーフィスの声がフィーナの唇に掠めればーー
「出来ましたわ」とフィーナの声もルーフィスの唇を掠めた。
キスよりも甘い、その時間がとてつもなく愛おしい。
2人は自然に目が合うと、クスクスと笑い合うのであった。
* * *
『『『いやいやいや、そこは"キス"でしょうがーーーーっ!!!!』』』
節度を守り過ぎる2人に、侯爵家が震えたのは……言うまでもない。




