20 サリーとガルシア伯爵
「ドレス?」
ドレスと言われたところで、あの場にいなかったサリーには、フィーナがジーナのドレスの何を、気にしていたのか分からない。
「確かに似合ってなかったわよね。色もそうだけど、あのリボンは最悪。あそこは、リボンじゃなくてアクセサリーよね。その方が華やかで、あの女には合ってたんじゃない?」
そう言ったサリーに、フィーナは苦笑いである。
あのドレスが、フィーナのドレスだったかはともかく、サリーの指摘が中々鋭い。
確かにジーナには、淡いオレンジより原色系の濃い色の方が似合いそうだ。
胸元のリボンは可愛いかったけれど、リボンが太過ぎて逆に幼く見えていたし、丈も合わなかったらしく裾にフリルを付けて調整していた。
それも幼さに拍車を掛ける形になって、大人っぽいジーナには合わない気がする。
「口が悪いよ、サリー」
ドレスが似合う似合わないはともかく、"あの女"と言ったサリーに、ルーフィスはやんわりと咎めた。
「だって、ああいう女……人、大っ嫌いなんだもの」
ルーフィスに笑顔で睨まれ、サリーはプクリと頬を膨らませプイッと横を向いた。
ジーナ自身の性格が嫌いなのか、それとも大好きなルーフィスに色目を使うのが嫌なのか……両方なのだろうなと、フィーナはクスリと笑う。
「こらこら」
と言うルーフィスも、口では何だかんだ言っているが、サリーが可愛くて仕方がない様子だった。
本当に仲の良い再従兄妹達である。
そんなルーフィスは、チラッとどこかに視線を向けた。
「サリー、あまり放っておくと、ガルシア伯が拗ねてしまうよ?」
「もぉやだ、ルー兄様。こんな事くらいでマーカス様は拗ねないわよ!」
ルーフィスに揶揄われたサリーは、そう反論したものの、可愛らしく頬を赤く染め、ガルシア伯爵の元へと早歩きで向かって行った。
どうやら、今日の主役のガルシア伯爵とは、名前を呼び合うくらいの仲らしい。
そのガルシア伯爵を放ったらかして、絡まれていたフィーナを助けに来てくれた様だった。そんなサリーには感謝しかない。
「サリー様に、後でお礼をお伝えください」
遠ざかって行くサリーに、今さら声を掛けるのは人目もあり憚る。
帰る前か後日改めてするとして、今は一緒に暮らしているルーフィスにお願いする事にした。
「フィーナ嬢の頼みとあれば、何なりと」
「ルーフィス様ったら」
仰々しく言うルーフィスに、フィーナは目を見張り、自然と笑い合う。
ルーフィスとて、誰にでもこういう行為をする訳でない。
冗談だと理解し、受け流してくれるフィーナだからこそ、この楽しいやり取りが成立するのだ。
他の女性であったら、こうはいかない。自分は特別だと勘違いするのは、目に見えている。
「あ、先日は私のくだらない愚痴を聞いて頂き、ありがとうございました」
人の愚痴を聞くのも、中々嫌なものである。
しかし、嫌な顔一つせず、聞いてくれたルーフィスに改めて、感謝の言葉を伝えたフィーナ。誰かに聞いてもらっただけで、心が軽くなった気分だった。
それが、侯爵家の令息だったのには驚きだが……。
改めてお礼を伝えれば、ルーフィスは腰を曲げて、右手を差し出した。
「貴女という月を照らす、一筋の光となったのであれば、僥倖ですよ。我が姫君」
「貴方という太陽のおかげで、今宵の私はいつにも増して輝けますわ。燦然たる王子様」
その右手に、フィーナは恭しく手をのせた。
令嬢達の羨望の視線や声など、今のフィーナにはどうでも良かった。この時間はいつまでも続く訳がないと、知っているからこそ、今を楽しみたいと、その誘いを受けたのである。
「燦然たる王子だなんて……初めて言われたよ」
「私も初めて言いました」
きっと、本物の王子にすら言う事はないだろう。
2人は自然と目が合うと、どちらかともなくクスリと笑いが溢れる。
側から見れば、見つめ合っている様に見えた。それはまるで、相思相愛の恋人の様に……。
「仲睦まじいね」
「でしょう?」
でも、あれで恋人ですらないのよ? 不思議でしょう?
と近くで踊るガルシア伯爵とサリーが、同じく笑い合っていた。彼女達もまた、負けじと仲睦まじい姿である。
ゆったりとした音楽に合わせ、ルーフィスとフィーナが軽やかに踊っていれば、ルーフィスを狙っていた令嬢達は、こぞって戦意を喪失していた。
空気を読める令嬢達は、2人のあんな姿を見てしまえば、ルーフィスに入る隙などないと悟る。
ただ、それとは逆にフィーナに対し、闘志を燃やす令嬢もいるのも確かだ。
フィーナごときがと、嫉妬という炎を燃やすのである。
しかし、その火が自身で消せる小さなものであれば、まだ可愛い。
だが、時に消火しきれない程に膨れ上がった炎は、間違った方向に飛火するもの。
そして、その飛火は業火となり、周りを巻き込むから厄介だ。後になって慌てて消火しようと動いても、それはもはや時すでに遅し。
相手に放った筈の火は、己だけではなく、家も周りもすべて燃やし尽くしてしまう事だろう。
だから、賢い令嬢は、小さな嫉妬で終わらせる。
何故なら、フィーナの隣には常にルーフィスという、超特大の防火壁があるのだ。生半可な火では、彼女に火傷すら負わせる事は出来ないだろう。
むしろ、返り討ちとなり、焼けるのは己と生家だけ。雑草すら生えない、不毛の地になるに違いない。
なので、今夜も胸に湧く嫉妬の炎は、悔し涙で消すのである。
そんな令嬢達の思いをのせ、ホールでは今宵も色とりどりのドレスが輝いて、大輪の花が咲いた様だった。
その花の中でも、一際大輪の花を咲かせているのが、フィーナとルーフィスだ。
息の合った2人の踊りは、誰もが見惚れる程に上手かった。
足を踏んだり踏まれたり、他の者とぶつかる者もいる中、2人は肩すら触れさせない見事な踊りを見せていた。
それが、笑顔で会話をしながらなのだから、皆はさらに驚愕であった。
「ガルシア伯とサリー様……仲がよろしいのですね」
同じくして、サリーもガルシア伯爵と仲良く踊っていたのだ。
サリーの婚約者について、今まで訊いた事はなかったが、踊る2人を見てもしやと思った。
「近々、婚約する予定だからね」
とサラリと言ったルーフィス。
正式な手続きも近いらしく、知られても構わないそうだ。なので、サリー達も隠す素振りはなく、距離感が近い。
「まぁ、おめでとうございます!!」
ガルシア伯爵の人柄をほとんど知らないが、ルーフィスが何も言わないのだから、良い人なのだろう。
フィーナも大好きなサリーが婚約すると聞き、素直に嬉しかった。
サリーと婚約すると聞いただけで、フィーナの中でガルシア伯爵の印象は、爆上がりになるくらいに。
「これで少しは落ち着くといいんだけど」
サリーは好奇心が旺盛で、歯に衣着せない子である。
ルーフィスはそういう所がむしろ楽しくて、まったく気にしないが、世間的にはあまり宜しくない。
ガルシア伯爵と婚約するのだから、少しはお淑やかになるかなと笑っていた。
「私はあのままのサリー様が、大好きですわ」
嫌なモノは嫌だとハッキリ言うサリー。
だが、ジーナ達みたいに人を傷つけない様に、ちゃんと考えている。そんなサリーが、フィーナはとても好きだった。
「そうやって皆が甘やかすから……」
「その筆頭はルーフィス様ですよ?」
「そうかな?」
王都に憧れ、王都の学園に通いたいと言うサリーを擁護し、反対するサリーの両親まで説得して、侯爵邸に住む事を許したのだから、ルーフィスが1番の甘やかしだとフィーナは思う。
「サリー様はルーフィス様に大切にされて、幸せですね」
こんな再従兄がいたら、皆に自慢したいし、誰にも渡したくないだろう。サリーが進んで、虫除けになっているのも頷けた。
「フィーナという、可愛らしい友人に愛されている方が幸せだよ」
「ありがとうございます」
サリーの友人として、ルーフィスに認定されたのであれば、それは凄く嬉しい。
彼女との会話は、どこかルーフィスに似ていて、とても楽しかったのだ。




