2 それは、奇跡か運命か
ーーそれから、恋というものに硬く蓋をし、数年の月日が流れ……。
仲がよかった2人の幼馴染みとは、会う回数も次第に少なくなり疎遠となっていた。学園でスレ違う事もあったけど、フィーナはどちらかがいると、自然と避けるくらいに。
気にしない様にはしていたが、フィーナは2人の幼馴染みに振られ、男性に対して軽いトラウマになっていたからだ。
しかし、同じ身分で近くの領地のため、夜会では2人の幼馴染みに会う機会は多い。
未だに、自分の心にケリをつけられずにいる中、幼馴染である彼等は色んな女性とダンスを踊っていた。
そんな姿を見ても、もう胸を痛める事はないけど……なんだか無性に寂しく虚しい気持ちだった。お陰ですっかり達観し大人しくなってしまったフィーナは、夜会では決まって壁の花と化す事も多い。
それを見兼ねた両親に、男は幼馴染み2人だけではないのだからと言われる度に、過去をほじくり返されるみたいで嫌な気分になる。
他の結婚相手を勧められても、フィーナは決して結婚する気にはなれなかった。だが、両親はそんなフィーナの気持ちなど察せず、未練があると考えているから面倒だ。
結婚などしたくない。しかし、いつかは誰かと結婚しなければならないだろう。
その現実に今は固く蓋をして、フィーナは今宵も夜会に向かう。
婚約を一度解消したからといって、それを理由に夜会を欠席し続けてもイイ事はない。
何故ならば、噂好きのご令嬢達に好き勝手に言われるからだ。
ただでさえ、こういった噂は広がりやすいのに、当人がいなければなおの事。しかも、否定する者がいなければ、面白可笑しくされるだけだ。
辛いところだが、貴族として毅然とした姿を見せ、自ら払拭しなければならなかった。それでも払拭しきれない事もあるのが嫌なところだ。
仮に、元婚約者がフィーナには非がないと弁明してくれたとしても、彼の株が上がるだけで、傷付いた当人であるフィーナの噂払拭には至らない。
それだけではなく、元婚約者が庇えば庇う程に、今度は違う噂が流れさらに尾鰭背鰭を付け、大量に泳ぎ回るだけであった。
実際、元婚約者が庇ってくれているかは知らないけれど。
「はぁ」
フィーナの口からは、ついため息が漏れる。
当時は元婚約者のマックも、クリスも令嬢達に人気がある方だった。その幼馴染と婚約していた為、令嬢からのやっかみも多く、学園時代はあまり女性達と関わりを持たなかった。
何故なら自分を使って、幼馴染に近付こうと考えている令嬢達が多く、フィーナがウンザリしてしまったからだ。
ミエミエの魂胆に乗る気は起きず、いちいち彼らに紹介はしないと公言すれば、フィーナの心が狭いだの独り占めだのと、逆に妙な噂を流された。
そんな事もあり、未だ人の噂話が好きな令嬢とは、距離を置く事にしている。
今夜フィーナが出席したこの夜会は、交流会も兼ねた夜会のため、パートナーを伴わなくとも気軽に参加可能だ。
だから、婚約者のいないフィーナも参加したのだが、学園時代の同窓生もいて息苦しい。
息抜きも兼ねてパウダールームに向かったのだが、その帰り道でベロンベロンに酔った男に絡まれてしまった。
たまたま、酔いを醒ますために来たのか、男にしたら幸運だがフィーナにしたら不運でしかない。
交流の場である夜会は、様々な人が集まっている。
領地繁栄のために、人脈作りや情報交換の場として、活用している者。婚約者探しに来ている者。夜会を開く家の主旨が変われば、それに合わせて出席者も当然変わる。
それが、夜会の楽しいところであるし、そういった人達との交流は、勉強にもなり有意義だ。
しかし、今回はハズレだった。
「パートナーがいないなら相手をしてやろうか?」
一番面倒くさい相手に絡まれてしまった。
1人でいるフィーナを、勝手に婚活とでも思ったのだろう。だとしても、酒癖の悪い男はお断りである。
フィーナは背中に冷たい汗を掻きつつも、どう対処しようかもの凄い早さで考えた。
悲鳴を上げるのもアリではあるが、こちらが誘ってきたのだと反論しそうだ。冷静に対処したところで腕を掴まれそうだし、走ってパウダールームに逃げ込むのが正解なのだろうか?
いや、ヒールでは逃げられずに捕まる未来しか視えない。
「あっちに休憩室がある。とりあえず、そこへ行こう」
「やっ!」
どうするのが正解なのかと考えている内に、酔った男に腕を掴まれてしまった。
無反応が一番ダメだったのかもしれない。
フィーナが腕を振り離そうとしたが、加減を知らない男の握る力が強くなるだけで、フィーナは堪らず顔を顰めた。
「離して下さい!!」
と言って離す者などいる訳もなく、「可愛い反応だな」と男をますます喜ばせる形となってしまった。
このままでは、人気のない場所に連れ込まれ、人としての尊厳すら汚されてしまう。
「やめーー」
叫ぼうと考えたが、それすら醜聞になるのでは? と急に冷えた頭がフィーナの言葉を止めた。
婚約が白紙になった女性が、今度は男に連れ込まれそうになっていた。
貶めるのが好きな人達に知られれば、本当はフィーナが"誘ったらしい"と面白可笑しく話を変えて広がっていくだろうと、容易に想像出来た。
叫ぼうと連れ込まれようとフィーナにとって嫌な噂話が広がりそうで、思わず涙が出そうになる。
「大丈夫大丈夫。怖いのは初めだけだから」
フィーナの涙の意味を自分勝手に解釈した男は、さらに歩く速度を速めた。
ーー襲われたら終わりだ。
フィーナは、また変な噂になったらどうしようかではなく、今をどうするかに頭を全振りした。
この事を見聞きした誰かが、面白く言うかもしれない。だけど、実際にこんな男に連れ込まれて、心体に傷が付く方がダメに決まっている。
何がなんでも今は逃げる道を探すべきである。
「誰か!」
フィーナが思いっきり声を上げようとした瞬間ーー
背後から声が掛かった。
「シーデル子爵。私の連れをどこへ連れて行くので?」
静まり返った廊下には、男の美声が良く通って聞こえた。
「……っ!」
その声にビクつき、慌てて振り返ったのは、フィーナを掴んでいたシーデル子爵である。
女性を無理矢理、どこかの部屋に連れ込もうとしている場面を、目前で見られてしまって焦ったのだろう。
「いや、き、気分が悪いと言うので……その」
彼の連れと言われては、誘われたと言うには無理があると、瞬時に理解したらしい。
何故なら、フィーナを助けてくれたのは、目が覚めるくらいの美貌の持ち主なのだから。