19 マウント合戦?
誰がなんて訊くまでもない。サリーの再従兄のルーフィスである。
社交デビューもまだのサリーが、夜会に1人で来れる訳がないのだから、保護者がいるに決まっていた。
サリーの父である子爵も考えられるが、今の保護者はハウルベック侯爵。となれば、付き添いはルーフィスの可能性が高かった。
「「ル、ルーフィス様!!」」
ジーナ達は、ルーフィスが現れた途端に頬を赤らめ、両手を胸元に充てモジモジ恥じらいを見せている。
この変わり様に、フィーナがため息を吐けば、同じため息を吐いていたサリーと目が合った。彼女はフィーナよりも、さらに呆れ顔だ。
「どうかしましたか?」
何があったかなんて、ルーフィスなら訊かなくても、お見通しの様な気がする。
きっとこの言葉も、一応言い分を聞いてあげるだけのパフォーマンスだ。
「この子が酷いんですよぉ」
「私達の事を"ゴリラ"だなんてぇ」
だが、そんな事を知らないジーナ達は、憧れのルーフィスに話し掛けられ、ここぞとばかりに涙目になって見せていた。
ルーフィスが何も知らないと思って、同情を掛けてもらおうという魂胆なのだろうが、ルーフィスが彼女達のそんな安い演技に、騙される訳がない。
むしろ、ルーフィスが1番嫌いなタイプである。
少しでもルーフィスを知れば、そんな見え透いた言動は意味がないと分かるのだが、男は皆同じだと思い込み、考えもしないのだろう。
「そう言ったのかい? サリー」
「えぇ言ったわよ? だってこの人達、ゴリラみたいにマウンティングしてたんだもの」
ルーフィスに問われたサリーは、悪びれた様子もなく、むしろ堂々としていた。
その例えが逸材過ぎて、フィーナは笑いを堪えるので精一杯だ。
「サリー、女性をゴリラに例えるのはどうなのかな?」
「人の過去をほじくり返して笑う人間を、ゴリラに例えて何が悪いのよ?」
やだ、比べられるゴリラの方が可哀想よね? とさらに言うから、フィーナは笑いを堪えるのに必死だ。
この状況を何となく理解しつつ、一応ルーフィスは咎めるが、サリーはなんのその、逆に清々しいくらいの態度である。
「え、あの?」
空気を読めないジーナ達でも、流石にこの2人のやり取りを見て、身近な関係だと気付いた様だった。
2人を見比べては、あからさまに動揺している。
「あらぁ、知らなかった? ルー兄様は私の再従兄なの。嫌だわぁ、そんな事も知らないで突っかかっていらしたのぉ?」
「「……っ!」」
ルーフィスの腕を、これ見よがしに掴んでサリーが嘲笑すれば、ジーナ達の顔は真っ青になっていた。
フィーナに突っかかっていただけなのに、余計な人が釣れてしまったのだ。しかも、憧れの人の再従妹だなんて、最悪である。
色々と言い訳しようと考えては見たものの、どう考えても分が悪い。
「「し、失礼します!!」」
逃げた方がイイと判断したらしく、ジーナ達はルーフィスに断りを入れると、退散したのであった。
そのあからさまな態度に、フィーナは呆れ顔である。
たとえ、ルーフィスがこの場にいなくとも、フィーナの噂が人知れず歩く様に、彼女の事とて誰かから耳に入る事もあるのだ。
いなければ、何をしていても大丈夫だなんて思わない方がイイ。
「フィーナもフィーナよ! 何を黙っていたのよ!」
「え?」
「あんなのに、いつまでも言わせておかないでよね!?」
ジーナ達が去って行くのを見ていれば、サリーに怒られてしまった。
黙って言いたい放題にしていたのを、相当ご立腹らしい。
「ごめんなさい。言い返そうと思っていたのだけど……つい彼女のドレスが気になってしまって」
サリーが先に言ってくれたので、反論出来なかったも理由だが、ジーナのドレスに気を取られていたせいである。
自分が売ったドレスをそのままで、誰かが着て現れれば、つい目がいってしまうのは仕方がない事だと思う。
別にフィーナが売った物を、ジーナが買って着ていても悪い訳ではない。むしろ、そういう話はよくある事だ。
何故なら、ドレスや装飾品はお金が掛かる。余程、裕福な貴族でもない限り、毎回既製品を購入したりオーダーメイドしたりと、出来る訳がない。
なので、ある程度期間を空けて、以前と同じドレスを着て来る者も多くいる為、わざわざそれを指摘する者はいない。
それは暗黙の了解であり、一応タブーとされているからだ。
精々、ジーナ達みたいに相手を馬鹿にしたい者が、わざと口にするぐらいである。
ちなみに、オーダーメイドしない貴族や裕福層など、色々なニーズに合わせた、ドレス専門のリユースショップがある。
フィーナとて、毎回は新調出来ないので、そこで購入する事があった。
そういった店では、そのままの形で売っているだけではなく、分解し生地としても売っているので、安く作る事も出来る。
当然、作り直すのも腕の見せ所だ。お茶会などでは、店の情報だけでなくやり方や工夫などを意見交換する事もあり、またそれが自慢話として挙がるくらいだ。
だから、決して悪い事でも、驚く事でもない。
しかし、ジーナのドレスは、フィーナが着た時と大して変わりがなかった。
普通は、デザインがまったく同じだと恥ずかしいので、なるべくアレンジを効かせ、元のドレスを察せない様にするのが通例だ。
店によっては専門の職人もいるので、そのまま買い取ったその店で、アレンジやリメイクしてもらったり、違う専門店にお願いしたりする。
なんなら、予算をそこまで掛けられないからと、侍女にやってもらうなんて事も普通にある。
……なのに、ジーナが着ていたドレスは、パッと見てアレ? と思うくらいそのままだった。
花のコサージュが、リボンに変わっていたり、丈を直した程度。
フィーナは、それが気になって仕方がなかったのだ。