17 未来を決めたフィーナ
「これからは、ラビーに伯爵としての教育をなさってください」
ルーフィスに愚痴ったあの夜会から、しばらく経った日。
書斎にいた父に、そう言ったのはフィーナだ。
フィーナが嫁ぐか婿を貰うか、2つの選択権を残してくれたのは、父セネット伯爵の温情なのかもしれない。
だけど、いつまでも宙ぶらりんでは、弟に悪いなとフィーナは決断したのだ。
「いいのか? フィーナ」
伯爵の座を譲ると言ったフィーナに、セネット伯爵は心底驚いていた。
きっと父の頭の中は、やっと結婚する気になってくれたのかと、安堵している事だろう。なので、"爵位を継がない=他家へ嫁ぐ"が直結したに違いない。
だが、フィーナは爵位を弟に譲ると言っただけで、どこかへ嫁ぐなんて一言も言ってはいない。
しかし、母同様に父も、娘が結婚しない選択肢など、存在しないのだ。だから、伯爵を継ぐにしろ継がないにしろ、両親の頭に"未婚"の二文字は存在しない。
現に、フィーナに爵位を継ぐ継がない、その選択権を残しておけば、長男でも次男でも、フィーナの好きに選ぶ事が出来ると、考えていたのだ。だから、婚約が白紙となった時も弟に継がせず、保留にしたのだろう。
それは、両親なりの愛情なのだろうが、恋に蓋をしたフィーナにとって、重荷でしかない。
「ラビーは優秀です。継がせるなら、教育は早めがイイでしょう」
フィーナがマックと婚約解消した後、ラビーは農業科のある郊外の学園寮に入っていた。
そのラビーこそ、爵位を継ぐ継がないで1番翻弄された人物だ。
なにせ、爵位問題があやふやなままでは、婚約者だって出来ない。結婚相手が、伯爵か補佐かではまったく違い、相手の家も渋るからだ。
なら、早々に決めてあげた方が弟の為にイイに決まっている。
結婚する気のないフィーナより弟ラビー。
ラビーにしたら、振り回されて迷惑だろうが、爵位を貰ったところで彼に損はない。農業科に行っているのも、爵位関係なく役に立つと考えての事だった。
高等部に入る前にハッキリと決めた方が、ラビーも安心するだろう。
フィーナはそう思い、決断したのだ。
「なら、お前の嫁ぎ先も早く決めないとな……」
もう遅いかもしれない。
だが、探さない訳にはいかないだろうと、父はため息混じりにそう言った。
そのため息は面倒だからなのか、これから探すのは大変だからなのか、フィーナは両方かなと思う。
どの道、"結婚"から逃れられないのかと、フィーナは胃がチクリと痛んだ。両親にとって、結婚するのは当たり前なのだろう。
「許可していただけるなら、"今度"は自分で探したいのですが?」
今度という言葉を強調したフィーナ。
1度目は、貴方達が勝手に決めて破談になりましたよね? と暗に匂わせ、自分に選択権を要求したのだ。
そうでもしなければ、勝手に婚約者を決めてしまいそうだった。
「うむ……いや、しかし」
フィーナはもうすぐ19である。
学園の同窓生は軒並み婚約者がいるし、残り者もいるだろうが、大抵は問題あり物件だ。
どうしたものかと、父は顎を撫でていた。
フィーナが自ら探すというのは、結婚に前向きでイイ事だが、一体どうやって探すのか、そして選ぶ男がどんな男なのか父は不安らしい。
だが、その不安は"何"に対してだろうかと、フィーナはふと思う。
自分の知らない相手に、嫁ぐかもしれない娘が心配なのか、それとも自分がこれから付き合っていく相手が、知らないのが不安なのか……。
これも両方かなと、渋る父を見てフィーナは思った。
父は周りに仲の良い貴族がいたせいで、視野が狭い。
新しい事は苦手なところがあり、それは人間関係に限っても同じだ。だからこそ、幼馴染の息子をフィーナの婚約者に選んだのだから。
「20歳までに探せなかった場合には、お父様に委ねます」
「うむ、分かった」
父にあまり渋られて、母が出張って来たら、ややこしい。
結婚は女の幸せと信じてやまない母が、「私が探すわ」と絶対に言い出すに決まっている。ならば、こちらが譲歩した風にして、期限を設ければイイ。
そう思って口にすれば案の定で、頷いてくれた。
そうは言っても、フィーナは結婚相手など探す気は毛頭なく、修道院にでも入ろうかなと、ボンヤリ考えていたのだ。
幼い時の恋をいつまでも気にしてと、バカにする人もいるだろうが、どう感じるかは人それぞれである。
幼さ故に、深い傷となって残る事もあるのだ。
フィーナも、その2回の失恋で心が擦り減り、削りに削れた。
割れた陶器が元には戻らない様に、2度も割れたフィーナの心の修復は、まだまだ遠いどころか不可能に近い。多少修復したところとて、完治する事はないのである。
これで、約1年の猶予を貰えた。
後は、探すフリをしつつこれからの事を考えよう。平民になるのを両親が嫌がるのであれば、適当な理由を作り、修道院に入ってしまおうと、心に決めたフィーナなのであった。