15 カーリーの婚約 (後編)
「わ、私、その方にお会いしてみたいです!!」
この機会を逃したら、ビルと結婚させられる気しかない。
なんなら、今日これから家に帰ったら、「お前の婚約が決まった」と言われそうだ。
もはや、考える猶予などなかった。
「だそうだ。ルビー、イブリン、彼女をお願い出来るかな?」
「「分かりました。ルーフィス様」」
カーリーが意を決して言えば、ルーフィスは心得たとばかりに、控えていた侍女2人に声を掛ける。
「え?」
すぐさま、ルーフィスの侍女に促されたカーリー。
会うと言ったが、それが今からだなんて聞いていない。状況が理解出来ず、オロオロとなすがままである。
その連れて行かれる姿が、何だか可愛らしくて、フィーナはつい笑ってしまった。
「ジェシー様がいらしているのですか?」
そんなカーリーを見ながら、もしかしてとルーフィスに問う。
ルーフィスの口振りから、テーラー家のジェシーが侯爵家に来ている感じだ。
「ちょうどね?」
と満面の笑みを浮かべるルーフィス。
何がどうちょうどなのか、フィーナは首を傾げたくなる。そんな上手い話があるものだろうか?
サリーがカーリーを呼ぶ事は、事前に分かっていたのだから、示し合わせた気がする。
付き合いの長いサリーすら、その対応の速さにあんぐりとしていた。
「早くない!?」
話を聞いて1時間も経っていない。
この急展開にサリーの頭はフル回転でも、まったく追い付けなかった。
「私がこの話を聞いたのは、一昨日なのだから、もう遅いくらいだよ。サリー」
「……え、でも、え?」
「婚約は、その日の内に決まる事もあるんだよ? 正式な手続きの前に手を打っておかないと、困るのはカーリー嬢だ」
「そうだけど……」
確かに、意にそぐわない婚約が成立すれば、泣くのはカーリーだ。
万が一、決まってしまったとしても、侯爵家がモノを申す事も出来る。だが、他家の縁談に口を出すのは王族とて、滅多にないくらいに憚る話だ。
なら、侯爵家が単なる情だけで、動いてくれる訳などないだろう。
だから、早いに越した事はないし、友人としてありがたい話だが、あまりの速さに、サリーは目を丸くさせたままである。
マーガレットに至っては、とりあえず微笑んでおけとばかりだ。
「母上のドレスの事で、ちょうど今日来る予定だったから……これも縁だよね」
と笑うルーフィス。
それを聞いたフィーナは、その"縁"すら"計算"の様に感じた。
どこから計算か分からないが、一昨日カーリーの噂を聴いた瞬間から、即時動き今があるのだ。すべてルーフィスの手の平の上、盤上の駒なのだろう。
のんびりとした口調と、柔らかい笑顔とはまったく違い、即断即決かつスピーディー過ぎて、逆に怖さすら感じて身震いする。
* * *
ーー後日。
カーリーとジェシーの婚約が成立した。
贅沢を知らずに育ったカーリーは、貴族でありながら傲慢さがなく、むしろ平民寄り。
少しキツイ性格ではあるが、商家でやって行くには必要な要素だろう。
あの後、ジェシーと急な顔合わせとなったものの、ジェシーのふんわりとした雰囲気に、カーリーはすぐに気にいったそうだ。
そこから、服やドレスの話に花が咲き、あっという間に意気投合したらしい。
ジェシーの実家に挨拶に行った時も、あの口下手なジェシーが自ら、カーリーの素晴らしさを熱く語る程に。
その暑苦しいジェシーに、家族は若干ドン引きしたが、カーリー自身も裁縫が得意な事もあり会話が弾み、すぐに商家に溶け込めたそうだ。
そして、カーリーが隣国サウドーナのロムタガ語が話せると知り、ますますジェシーとの結婚に、誰も待ったをかける者は出なかった。
ジェシーは職人を連れ、生地の買い付けや商談でサウドーナに行く事も多く、そこで会食なんて事も多々ある。
相手側が夫婦で、自分が一人でとなると気を使われる事もしばしば。最近では、見合い相手を紹介されて困るくらいだった。
だが、これからは妻となるカーリーが同行してくれる。
ロムタガ語が話せれば、通訳の必要もないし、カーリー自身が困る事もないだろう。
そして何より、カーリーが可愛い過ぎて困るのだと、ジェシーはデレデレだそうである。
結婚式の日取りすらまだ決まってないのに、ウェディングドレスを今から作ってあげるのだと、興奮した様子で報告があったそうだ。
きっと2人仲良く、ウェディングドレスやモーニングコートを作るに違いない。
ーーその一方。
サマセット男爵は、カーリーの結婚相手が平民と分かり、ご満悦の様子だったそうだ。しかも、カーリーとの結婚をと望んだジェシーの事を、相当小馬鹿にした態度だったとか。
おかげで、ルーフィスの読み通りに、すんなり結婚の許可が下りただけでなく、なんと除籍までしてくれたのだからありがたい。
どうやら、平民と結婚した娘と家族でいるのが恥だと、カーリーを男爵家から抹消したかったらしい。
もはや、彼の思考は古い以前に、性根がひん曲がっている。
しかし、そのおかげで事はすんなり収まったのだから、良かったのだろう。
結局、サマセット男爵は自分の与かり知らぬところで、ルーフィスに踊らされたのだった。
近い未来、散々馬鹿にしていた娘の嫁ぎ先が、サマセット男爵家より裕福になった時、彼は一体どういう反応するのだろうか?
手の平返しをして、擦り寄るタイプではなさそうだから、悔しさに顔を歪めそうだ。
その顔をちょっと見たいと思う私は、彼と同じく性格が歪んでいるのだろうかと、フィーナは思った。
だが、その顔を見る日は近そうだ。
なにせテーラー家は、ハウルベック侯爵家が融資だけでなく、知恵も貸しているのだから、業績が上向きになる事はあっても、下向きになる事は絶対にない。
自分が見下した娘やその夫が、サマセット男爵家より裕福だと知った時に、彼が何を騒ごうがもう遅いのだろうなとフィーナは思う。
万が一にでも、カーリー達に何かしようものなら、ハウルベック家が黙ってはいないだろう。むしろ、サマセット男爵家が消える事態になるかもしれない。
もはや、ハウルベック家が付いている限り、テーラー家は安泰だ。
たとえ、ルーフィスの手の平の上だったとしても、あのままビルと結婚しても、不幸しかないのだから結果的に良かったのだろう。
カーリーは今まで苦労してきたのだ。その分これからは、幸せになって欲しいなと、フィーナは心からそう願うのだった。