13 カーリーの婚約 (前編)
「「「……」」」
そんなカーリーに、何と声を掛けていいか分からないフィーナ達。
ここで何を言っても、ただの慰めにもならない。
そう思いつつ、ルーフィスをチラッと見た。
家で聞くかココで聞くかの多少の違いはあるが、わざわざ来て確認するのだから、彼には何か意図がありそうだ。
視線を感じたルーフィスは、目が合うとニコリと笑い返して来た。
「そこで……なんだけど」
と前置きし、ルーフィスはカーリーを見る。
「とある人と一度会ってみない?」
「……え?」
ルーフィスの言葉に、カーリーは顔を上げた。
"とある人"というのだから、キャリー家のビルではないだろう。
何故、どうして自分に、その人と会わせたいか分からない。
漠然と、その人を勧める気なのだろうか? と頭を掠めたが、ビルの話を先に聞いていた為、カーリーの顔色は良くなかった。
そんなカーリーを安心させるかの様に、ルーフィスは優しい笑顔を見せる。
「キミは貴族という身分に拘るタイプ?」
「……いえ」
貴族でなくなれば、サリー達と接点が少なくなるだろう。
それは寂しいが、貴族に拘った事はない。むしろ拘っているのは両親だ。
だからこそ、爵位は男子のみという古い風習に拘り、自分ではなく弟に爵位を譲るのである。
まだ父本人に確かめてはいないが、父が選んだ結婚相手がビルならば、ああやっぱりなと納得しかない。
とにかく、自分や弟より身分の高い家に、カーリーを嫁がせるつもりはないのだろう。
利益重視に娘を売る父親がいる様に、何がなんでも女が自分の上に立つのが嫌な父親もいる。カーリーの父は後者だった。
「サリーの話だと、ロムタガ語を話せるとか?」
「え、あ、はい」
ロムタガ語とは、隣国サウドーナで話されている言語の事だ。
女が出しゃばる事を嫌う父が知れば、何を言われるか分からない。しかし、"知識は時に武器"になる。
そうサリーに言われ、学園の語学選考でしっかり学んでいた言語だった。
『どの程度、話せるの?』
冷めた紅茶を飲みながら、流暢な言葉で話すルーフィス。
カーリーは一瞬、何を言われのか分からず目を見張ったが、すぐさま頭を切り替えた。
『あ、えっと、日常生活に……支障がないくらいには』
きっと今、自分は試されているのだと察したカーリーは、少したどたどしくも答える。
ルーフィスの評価がどうなのか?
カーリーが恐る恐るルーフィスを見れば、ドキリと胸が跳ね上がるくらいの笑顔を見せてくれた。
『今着ているドレスは、自分で?』
『え!?』
『少し生地が古い感じがするから、リメイクかな』
『……』
何もかも見透かされている様で、カーリーは驚愕と共に唖然となっていた。
今着ているドレスをリメイクかどうかなんて、サリーとマーガレットは勿論、男性であるルーフィスに見抜かれるなんて思わなかったのだ。
「そのドレス、カーリーが自分でリメイクしたの!?」
行儀悪くも、音を立てながら椅子から立ったのはサリーだ。
ロムタガ語で話していたのにも関わらず、そう声を上げたのだから、彼女も理解しているのだろう。
「……新しいドレスなんて……作って貰えないから」
恥ずかしそうに俯くカーリー。
可愛がってもらえるサリーとは違い、カーリーは父に蔑ろにされている。そんなカーリーが新しいドレスなど誂えてもらえる訳がない。
母が捨てる予定のドレスや、お情けで買って貰えたドレスをリメイクしていたのだ。
「ごめんなさい!! 私、配慮が足りなかったわ!!」
そこまで酷いとは想像していなかったサリーは、カーリーに謝った。
サリーが始めたこの女子会も、無理強いさせていたのではと思ったのだ。
「ううん! そうじゃない。私、凄く楽しかったから」
「言ってくれたらーー」
良かったのに、とサリーはそう言おうとして押し黙った。
自分がその立場なら言うだろうかと思ったのだ。たとえ、正直に言われたとして、自分のお古のドレスをあげるのも違うし、誂えてあげるのも違う。
結局、互いに気を使うだけかもしれない。
「中々見事なリメイクだけど、趣味? それとも仕方なく?」
気の知れた令嬢達の集まりや、お茶会程度なら軽装でイイが、夜会は別だ。
毎回新しいドレスで来る必要はない。だが、そこは意地や見栄の張り合いの場でもある。
財力をひけらかし、どれだけ我が家が凄いのかの御披露目の場なのだ。
勿論、皆が皆、毎回新しいドレスを新調出来る訳はなく、着古したドレスや服を、着て来る令嬢も少なくない。だが、マウントを取りたい者達の、嘲笑の的になる可能性がある。
だからこそ、大切な娘が笑われない様に気遣い、せめてもとリメイクしてあげるのが母や侍女達の仕事だ。
だが、弟第一主義のサマセット男爵には、そんな配慮すらないだろう。
話を聞いている限りカーリーには、サリーに無理矢理付き合わされた感はない。しかし、ドレスが新調出来ないのが恥ずかしい事に変わりはない。
なら、恥から仕方がないとも考えられる。
ルーフィスはどちらなのかと、優しく問う。
「しゅ、趣味というか……こういうのをやるのは、嫌いじゃないというか」
確かに初めは、毎回同じドレスでは恥ずかしいと、自分で手を加えた。
だけど、やり始めたら楽しくて、安いドレスを買ったりしてリメイクしてきたのだ。
サリーが開くこの女子会だって、誰にも文句を言われずに着たい服やドレスを、目一杯着れて楽しいくらいだった。
ここに着る服をリメイクする時間すら楽しい時間だ。
「仕事にしたいくらいには好き?」
「は、はい!」
仕方なくで始めた裁縫だけど、段々楽しくなっていたと、今ハッキリ気付いたのだ。
「うん。なら、良かった」
とルーフィスは改めてニコリと笑った。
だが、ルーフィスの考えがまったく分からないサリー達は、顔を見合わせる。
フィーナも漠然としか分からず、ルーフィスを見るだけであった。
ルーフィスはさて本題だとばかりに、再び紅茶をひと口飲む。
「キミに会わせたい人がいる」
「それって、縁談の話?」
目を見張るカーリーに代わり、横から訊いたのはサリーだ。
この話の流れからしてそうなのではと、推測したらしい。
「そうなるかな?」
「なるかなって、何で疑問系なのよ!」
ルーフィスのそのハッキリしない言い草が、サリーは気に入らない。
サリー的に今は先に結果が知りたいので、ルーフィスとの言葉遊びに付き合いたくないのだ。
「カーリー嬢が会わないと言えば、縁談にはならないからだよ」
「でも見合いでしょう!?」
「まぁ、そうだけど……」
とまだ濁すルーフィスに、とうとうサリーは怒り出した。
「ハッキリ言って!!」と。
どうどうとルーフィスは、そんなサリーの怒りを収める。
「まず、相手は貴族ではないけど、大きな商家の跡取りで、歳は20歳」
「「貴族ではなく商人」」
「20歳」
身分を確認したのはサリーとマーガレットで、年齢を気にしたのがカーリーだ。
相手の身分はともかく、年齢も20歳なら4歳しか違わず、マザコンのビルより全然イイ。先程とはまったく違い、悲壮感は生まれなかった。