12 カーリーの父サマセット男爵
「ところで、ルーフィス様も女子会に参加ですか?」
空気を読めない者ならまだしも、誰よりも読めるルーフィスが、用もないのに、わざわざ女性限定のお茶会に現れる訳がない。
だから、誰かに用があるのかなと、フィーナはチラッとルーフィスを見た。
「まさか。可憐な花に付く害虫に、成り下がるつもりはないよ」
ルーフィスはそう言って、皆にガゼボの椅子に座る様に促した。
フィーナが思った通り、見に来ただけでも、邪魔しに来た訳でもない様だ。
促す際、ルーフィスは椅子に置いてあるブランケットをフィーナの肩に掛け、椅子を後ろに引くのも忘れない。
「ありがとうございます」
「サリーお嬢様、どうぞ」
フィーナだけなの? という視線を感じたルーフィスはクスリと笑って、まだ立っていたサリーの椅子も引いてあげる。
「あら、ありがとう」
鼻をツンとしお澄まし気味でお礼を言うサリーが、なんだか可愛らしいなと、フィーナは思った。
「「あ、ありがとうございます!!」」
ルーフィスのスマートな仕草に、身惚れていたマーガレットとカーリー。
サリーと同じく椅子を引かれて、恐縮そうではあるが凄く嬉しそうに笑っていた。
爵位や年齢など関係なく、女性達が喜ぶ事をスマートにする。だから、女性達の圧倒的な支持があるのだろう。彼女達は、もはやルーフィスの信者と言っても過言ではない。
ルーフィスの願いなら、何でも叶えてしまいそうだ。
ルーフィスが皆を椅子に促したところで、控えていた侍女達が、温かい紅茶を淹れてくれる。
その侍女達にも、小さく礼を言うのを忘れないのだから、フィーナは感心しきりであった。
この細やかな気遣いは、高位貴族になればなる程、中々出来ない。
ましてや、立場の低い女性に礼や態度で示すだなんてと、フィーナはルーフィスへの好感度をさらに上げたのであった。
「申し訳ないね。キミ達のお茶会を、邪魔するつもりはなかったのだけど……」
ルーフィスは本題に入る前に、淹れてくれた紅茶をひと口飲んだ。
話す前に口を潤わせただけかもしれない。しかし、ルーフィスの事だから、せっかく淹れてくれた侍女達への配慮なのでは? とさえフィーナは思った。
そう思わせるくらいに、ルーフィスの気遣いは細かいのだ。
皆も同じ様に、紅茶に口を付けたところで、ルーフィスはカーリーを見た。
「サマセット男爵が、最近カーリー嬢の婚約者を選考している……という話を耳にしたものだから」
ちょっとツリ目の令嬢であるカーリー。
その父であるサマセット男爵が、長女カーリーの婚約者を探していると、ルーフィスは小耳に挟んだのだ。
サリーの友人だという事もあり、気になったのだろう。
「え? わ、私……知りません!!」
そう言われたカーリーだったが、まさかの本人が初耳だったのか、ガタリと椅子を鳴らし立ち上がってしまっていた。
あまりの事に、行儀がどうこうだなんて気にしていられない。
「本当なの!? ルー兄様」
ルーフィスがそんなくだらない嘘を吐くとは思わないが、カーリーが知らない事を何故知っているのかと、フィーナは目を見張る。
「信頼筋からの情報だから、本当だと思うよ」
情報元について説明する予定はないが、ルーフィスが信頼する者から聞いた話らしい。
「ど、どんな人なんですか!?」
カーリーは男爵家の長女ではあるが、3歳年下の弟がいる。
父はその弟に爵位を継がせる予定なので、娘に微塵も興味はない。
だから、もうすぐ16になるというのに、婚約者の話題すら上がらなかったのだ。それが、急にともなれば、カーリーは喜びより怖さの方が強い。
「キャリー準男爵家の嫡男ビル殿」
「「「ビル?」」」
聞いた事がないのか、カーリーだけでなく、サリーとマーガレットも首を傾げていた。
フィーナも記憶を辿ってみたものの、周りで話題に上がった事すらなかった人物だ。
「歳は30ーー」
とルーフィスが言ったところで、サリーとマーガレットは「「30ーーっ!?」」と驚愕し声を上げ、カーリーは身をブルリと震わせた。
ごくごく普通の16歳の令嬢からしたら、30歳の男は立派なオジサンだ。
令嬢側が、年齢など気にしないと言うのなら、勿論関係ないが、大抵の場合は年齢を補う程の魅力が必要だ。
例えば身分や地位がある。見目や性格がよい。周りの環境がどうかなど、諸々含めて可と判断したら……という話。
多少の例外はあるものの、ほとんどは恋愛対象には至らない。
ちなみに、目の前にいるルーフィスも30代なのだが、超絶美貌なだけでなく身分や性格も極良なので、誰も同じ括りにしない。
カーリーもやはり30歳は対象外なのか、力なく倒れる様に椅子に座った。
歳が離れていてもルーフィスみたいな人であれば大歓迎だが、彼みたいな人がそうそういる訳がない。たとえいたとしても、何の旨みのない男爵家の娘に、話が来る可能性は低いだろう。
となれば、相手がどんな人かと想像するだけで、カーリーは身体がカタカタと震えた。
そもそも、カーリーの父サマセット男爵は、化石みたいな考えの持ち主で、女は男より前に出るな、勉強も必要ないと常に言っている人だ。
なので、今や女性とて爵位は継げるというのに、女に身分は必要ない。カーリーの弟に、男爵家は継がせると豪語しているそうだ。
男尊女卑を絵に描いた様な父な為、ちょっとでも大事な息子より、いらない娘の方に秀でた様子が見えれば、理不尽な叱責がある程だった。
その為、カーリーは実家でなるべく目立たぬ様、ひっそりと暮らしていたくらいだ。
その父が、急に探し始めた婚約者ともなれば、碌な縁談ではないと容易に考えられる。
もう人生すら終わったとばかりに、カーリーの顔面は青を通り越して真っ白。もはや絶望感しかない。
「良い方なのですか?」
カーリーは真っ白になっているが、意外と良い方なのかもしれないと、フィーナは一縷の望みをルーフィスに託した。
だが、ルーフィスは困った様な笑みを返してきたのだから、良い縁談ではないのだろう。
元より、カーリーの縁談が良縁なら、この場にルーフィスは来ない気がする。
それが、わざわざ来た上に「おめでとう」すらないという事は……。
「ルー兄様!!」
言わないルーフィスに焦れたサリーが、教えてと声を上げる。
嫌な予感はするが、ルーフィスの口から"良い方"だと聞きたかった。
「ビル殿に会った事はないから、私が直接何か言える事は少ないけど……」
「けど何!?」
「ビル殿の母親、いわゆる姑になる方がかなり苛烈な方らしい」
「「「……」」」
あぁとばかりに、サリー達は押し黙っていた。
爵位が継げる長子ともなれば、性格が多少のアレでもそれなりに縁談はくる。なのに、その歳で未婚。本人に難がないなら親だなと、悟ったらしい。
ルーフィスがかなりと言うのだから、相当な姑なのだとフィーナは推測する。
「でも、その……ビル様は、イイ人なんでしょうか?」
母が苛烈だとしても、息子が良い人なら? とカーリーは、なるべく良い方に考えを変え様とした。
だが、ルーフィスの表情は微妙だ。
「う〜ん、良く言えば母親思い? 悪く言えばーー」
「「「マザコン」」」
サリー達がルーフィスの言葉を紡いだ。
ただでさえ、貴族は爵位を継がせる男に甘い傾向がある。いくら女性も爵位が継げる世の中といっても、内心はやはり男に継がせたいらしく、男は産まれただけでヨシとされる事が多い。
サマセット男爵家と同じく、キャリー準男爵家はその典型例な家。その上、両親には僕ちゃん僕ちゃんと大事に育てられ、マザコンでありファザコンだそうだ。
要は、両親至上主義のビルは、嫁など二の次三の次に違いない。蔑ろにされる未来が目に浮かぶ様だ。
そんな家に孫が出来たら、どうなるか想像もしたくなかった。
ちなみに、貴族の娘は真逆に、厳しく教育する傾向にある。
それは、男に舐められぬ様にと、愛情をもって育てているから……とも言えるのだが、過度にやれば立派な虐待だ。
しかも、結局は生まれた男に甘いのだからどうしようもない。
次女以下に至っては、バカ可愛がりするか完全放置の二極化の傾向があり、これまた優しい虐待と言える。
……と話は逸れたが、姑が苛烈の上に息子はマザコンと知り、カーリーはもはや廃人の様になっていた。