1 初めての恋が、咲き誇る事はなかった
セネット伯爵家の領地は、のどかな気候と豊かな場所。
田舎町で農業が盛んな領地だが、気候同様に穏やかな領民が多く問題事も少ない。セネット伯爵も争い事が苦手な人で、両隣の領地とも良好な関係を築いていた。
そのセネット伯爵には、フィーナという娘がいる。
他家の貴族とは違い、農民に混じり田を耕す事もある彼女は、よく食べよく働いた。
故に、洒落っ気はなく、貴族特有の華やかさはなかった。
その彼女には、仲良くしていた幼馴染みが2人いる。
どちらも同じ伯爵家の男の子で、身分も年齢も一緒のせいか親同士も仲が良く、10歳になった時、その内の1人と婚約する事になったのだ。
両親からそう言われたフィーナは、仲が良かったのもあり、婚約をすんなり受け入れた。まだ愛や恋など分からないが、頑張って彼を支えて行こうと思ったのだ。
だけど、それはフィーナだけだった。
「フィーナ。悪いけど、好きな人が出来た。婚約を破棄しよう」
婚約者だったマックにそうぶっきらぼうに言われたのは、フィーナ12歳の誕生日の楽しい日だった。
朝から仲の良い両家と、もう1人の幼馴染みの一家が集まり、誕生日パーティーを開いて祝われた後、なんとなくマックと庭を散策していた時に悪びれた様子もなくそう言われたのである。
「……いいけど。破棄じゃなくて解消でしょう?」
「え?」
「私が何かした訳ではないのだから、解消でしょう? 破棄じゃまるで私に非があるみたいじゃない」
「はぁぁっ? 俺には非なんかないだろ! 逆にブスと婚約してやっていた俺に感謝して欲しいぐらいだし!?」
フィーナは婚約が破棄と言われたのに、なんで冷静なんだとマックは一瞬思ったが、非がないと言われ頭にきてしまった。
だから、改めてマックはフィーナを指差して怒った様子で言い放つ。
都会育ちではないフィーナは田畑に行く事が多く、外見は他家の令嬢より野暮ったい。
マックは頻繁に都会に行く様になり、華やかな女性達とフィーナを比べる様になったのだ。
そして、綺麗に着飾り化粧を施す令嬢達を見て、自分の婚約者がフィーナでなければいけないのか、考える事が増えた。
そもそも幼馴染みというだけで、婚約する羽目になってしまったのがオカシイ。
そう憤りを感じていたのに、最近では周りからフィーナの服装や外見を揶揄される事もあり、ますます苛立ちを感じる。
パーティーにフィーナを連れて行けば、クスクスと笑われている様に感じ、一緒にいるだけで凄く恥ずかしかった。
他の女性とフィーナを見比べると特にそう感じ、自分にはもっと綺麗な女性が似合うのでは? とマックは常々思っていたのである。
そして、今、それを現実にしようとしていたのだ。
「あっ、そう? そういう事。性格だったら仕方ないと思ってたけど。それもどうでもイイや。私は好かれてもいない男性と結婚する気はないから」
マックからそう言われたフィーナは、悲しみより怒りが先に出る。
仲の良い両家の親が勝手に決めた婚約だし、正直言ってフィーナはどうでも良かった。
セネット伯爵家は、農業で潤っている領地。
視察も兼ねて農民に混じって耕す事もあり、フィーナも当然だと厭わなかった。外に出れば日に焼けるし、肌も荒れる。
動けば食欲も湧くのは当たり前で、あまり気にしていなかった。
「ふん? 強がりなんて言いやがって。俺に破棄されたらお前みたいなブス、貰い手なんか無いだろうよ」
フィーナが余りにも冷静だったために、マックは嫌味の1つでも言ってやりたくなっていた。
泣きつけとまで言わないが、ここまで無関心に言われると腹が立つのだ。
「もう婚約者ではないのだから、そんな心配は必要ないんじゃない? あぁ、まだハーネット家のご両親もいるから私から言っておくわ」
大体、言うにしても誕生日に言うとか、人としてどうなのよ。
そうフィーナは捨て台詞を吐いて、マックの元を去ったのだった。
屋敷にいた両家の両親は事情を知り、マックの暴言には憤慨していたけれど、言われたフィーナの方が可哀想だと嘆き、婚約は解消ではなく白紙となったのである。
フィーナを、まるで娘の様に可愛がっていたマックの両親は、当事者のフィーナより憤慨していた。
フィーナはマックに振られた事はそれ程ショックではなかった……が部屋に戻り1人になると、何故だか涙が頬を伝っていた。
どうやら自分でも気付かない内に、彼の事を好きだったらしい。
その後、マックの両親から改めて、フィーナ宛てに謝罪文と贈り物があり、正式に婚約は白紙になったのだった。
マックの両親は悪くない。いや、正確にいえば、勝手に婚約を決めたのは両家だから、フィーナにしたら悪いのは双方の親だ。
しかし、今後の付き合いもあるので、グッと我慢し気にしなくてイイと、フィーナからも手紙と贈り物をすれば、両家は元の仲の良い関係に戻ったのである。
「マックの事は忘れなよ」
そう言って励ましてくれたのは、もう1人の幼馴染みのクリスだった。
たまに会いに来てくれたり、優しい言葉を掛けてくれる。
そんなクリスのお陰もあり、次第に元気を取り戻していったフィーナ。
一方で、マックとは疎遠になっていた。
その代わりに、もう1人の幼馴染みクリスとの交流が増えた。
一緒にいる事も多くなれば、クリスの優しさに絆されていく。フィーナがクリスを好きになるのは、ごく自然といえた。
王都の学園に通い始め、田畑に行くことはなくなり、肌も本来の美しさを取り戻し始めた頃ーー
心も回復し、マックとの婚約も、過去の話と笑えるくらいになった。
だからこそ、今度はとフィーナは次へと気持ちを切り替える事が出来たのだ。
そしてーー
ーーとある日、フィーナはクリスに告白をした。
フィーナなりにお洒落をしたり、なれない化粧もして頑張ったつもりだ。
「ゴメン。そんなつもりで仲良くしてた訳じゃなかったんだ」
──だが、見事に玉砕。
彼の幼馴染みとしての励ましを、フィーナが勘違いした……ただ、それだけだった。
フィーナは「そっか」と笑って返したが、寮に帰ってからは涙が溢れて止まらなかった。
仲良しだった2人の幼馴染みに振られたのである。
友情と恋は違う様に、幼馴染と恋人は違うのだろう。だから、仕方がないのかもしれない。しかしそれが、無性に悲しくて寂しかった。
この作品は、短編から始まり、感想が嬉しくて生まれた作品です。
皆さまの感想が、パワーとなった証明でもあります。(o^^o)
温かい感想は時に人を動かし、逆に悪質な感想は作者の筆だけでなく
心を傷付けるのだと、神山自身が身に沁みてきました。(╹◡╹)
ただ、この作品は皆様の感想が、ものすっご〜く温かくて温かくて
面倒くさがり屋の神山を、本人もビックリなくらいに動かし、何度も短編としてあげた作品でした。
それを長編としてまとめたものとなりますので、
短編とカブる所があるのをご理解し、お読みいただけたら幸いです。
╰(*´︶`*)╯♡よろしくお願いします!