ラットマン討伐作戦④
「お、おれのキャリアはな、へへ、『変身』だ。く、くくく、喰った人間になることが、でで出来る。」
引きちぎられたメーレンの肩に痛みが走る。
思わずその場に倒れこんでしまった。
「こんな風に」
エミリーはメーレンから千切り取った腕にかぶりついた。エミリーの顔に、みるみる染まる赤い血。
その赤みが深まるに連れて、体形が変化していく。
小柄だったエミリーの身体が、女性らしいものへと変化していく。
「ふう。どうだすごいだろう?これが私のキャリアだ。食った人間の肉をトリガーに、完璧にトレースすることができる。記憶や身体能力もな。」
さっきまでエミリーだったものは、完全にメーレンそのものに変化していた。
「私のキャリアの副次的効果でな。食われた人間について他の人間は上手く認識できなくなる。そうやって複数の人間に変身しながらやり過ごしていたわけだ。」
メーレンの姿になったラットマンは勝ち誇った顔でペラペラと解説を始めた。
メーレン本人はそれを聞きながら、ナミカワもラピスもエミリーも、いや、すでにこの学園の多くの人間がこいつに食われて、認識が弱くなっていることを悟った。
「ラピスを食ったのはいつだ?」
「ん?まだ意識があるのか。流石は私だな。いや、お前が転校してきてすぐにだよ。当時はナミカワだった私をすぐに疑っていたな?捜査官とは思っていなかったがな。美しいお前を喰いたかった。しかし、お前の周りをちょろちょろと動き回るやつがいた。ラ、ラピスだ。なかなか帰ろうとしないラピスから先に、く、、くくく、喰ったほ、ほほうが、ややりやすい、と、おお思ってな。」
「……エミリーは?」
「こ、こここに来る途中だよ。あ、あいつ、と、途中で気づきやがった。」
そういうと、ラットマンはエミリーの顔に戻っていた。
『あたしにとっては大事なんだから。ほんとに気をつけてよね。……ってラピス?あなた……アレ?おかしいな。なんだこれ。ねぇラピス……だよね?あれ、じゃない?え?ラピス…!?ラピスはどこ?あなたは一体誰なn…うげっ』
メーレンの顔がゆがむ。
「く、ククク。再現してやった。エミリーの最後の記憶だ。しし、親友に食われる瞬間の顔はなぁ。ぜ、ぜぜ絶品だぜ。」
ラットマンが地面に倒れていたメーレンを持ち上げる。
「簡単だった。この学校の人間に、へ、変身したのは正解だだった、よ。死体をかか、隠せば、いくらでもみ身代わりで潜伏でできた。」
「く……なぜ3人の犠牲者は見つかった?」
「ん?あ、ああ。く、喰い過ぎたんだ。もうに、認識のこ効果が、う、うすれてきた。そ、捜査官も喰ってから、ナミカワで出席簿をごまかすのも、むむずかしくなった。」
そう言うと、ラットマンはラピスの顔に変化した。
「もうこれで最後。あなたを食べておひらき、二度とこの街には来ませんわ。ただ……久しぶりの大物ですので、あなたはすぐには殺しません。私の家に案内して差し上げます。ああ、愛しのメーレン様、あなたの最後の記憶はどんな味なのかしら。うふふふふふ。」
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アトレス=バルドラはカドキワ王国の僻地で一人、暮らしていた。
ある日、税務官が徴税に街へ来た時、外れに見慣れない家があることに気づく。以前は家畜用の建物であったハズだが人の気配がある。
税務官は未報告の街人がいるのではと、扉を叩きその所在をあらためた。瞬間、税務官の首が飛ぶ。続いて付き人3人も一瞬のうちに殺された。それを遠巻きに見ていた街の案内人は命からがら逃げ、街の組合に報告した。3日後、対キャリア用の部隊が編成され、犯人は逮捕された。逮捕時、彼は打って変わって無抵抗だった。
アトレス=バルドラが捕縛された経緯である。
「あー。こいつはまずいですねぇ。」
まったくラピスが見つけられなかったアトレスは、任務失敗による首輪の効果での死を覚悟しながら屋上へと戻ってきた。
致死量の血痕と、誰もいない屋上。
おそらくはラットマンの襲撃。もしくは、さっきいた女生徒の方がラットマンだったのか。
「犯人の目ぼしはついているとのことでしたが、失敗したようですね。さて、どのように動きましょうか。」
アトラスは考えた。とにかく、メーレンを見つけ出さないとまずい。
このまま放置すると、首輪のルール③【メーレン一等捜査官と常に同行し、命令の順守】に抵触する可能性が高いからだ。
「やはりこのまま逃げるというのは難しそうですね。いやはや、面倒なことになりましたが。」
まだ首輪が発動していないということはメーレンは生きているのだろう。任務失敗とはされていない。
そして先ほどまでラットマンがここにいて、かつ血痕を処理できていないという時間的猶予の無さ。
追跡する方法はある。
トリガーを使うしかない。
「トリガーを使うのはあんまり好きじゃないんですが…。まぁそうも言ってられないからなぁ。」
アトレスはポケットに手を入れて、それを取り出すと。
火をつけた
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メーレンは朦朧とした意識の中で、現実と空想が入り混じった状態になっていた。
「お父様……」
美しい湖畔。屋敷から歩いてすぐにあるそのほとりで、ボートが二隻ある。そのボートに連れられる時、メーレンは父親から折檻にあっていた。
強くありなさい
父親の口癖であった。幼いメーレンはそれを愛情と思っていた。いや、そう思いたいと努力していた。
殴られ、精神的に追い詰められ、挙句朝まで放置される。次の日には執事たちが慌てて迎えに来てくれる。何度もそういう日が続いた。
屋敷の絶対のルール。それは旦那様に逆らってはならない。そして、旦那様がしたことを口外してはならない。
メーレンには特段非があったわけではない。むしろ幼いにも関わらず、完璧に生活をこなしていた。
なのになぜ折檻を受けていたのか?
そこに特に理由はない。
「お父様……私は……」
「あ…?なんかい、言ってる?」
ラットマンは、さきほど引きちぎったメーレンの腕を咀嚼しながら、混濁しているメーレンの方を見た。
「こ、こいつ。まだ生きてる。やややっぱり、捜査官は強い。長生きだ。ちょっとずつ食べて、長く楽しめる。お、おとくだ。」
ずかっ、とメーレンにまたがる。
「やっぱり。生きてるうちに食べたいな。生きながらは、ち注意してないと血がいっぱい出て死ぬけど。」
ズタボロになっている上着を強引に引きちぎる
「お……お父様……。申し訳ありません。」
キョトン。とラットマンは首を傾げる
「おお父様?父親か?お俺が父親と思ってるのか?る服を脱がされてか?」
メーレンは「お父様…」とうわ言を繰り返す。
「あははは、へ変な女だ!ででも、捜査官も学生と、全然かわらない。く食えば、みんな同じだだ。やわかくて弱い。死ぬのも同じ。こいつららら、ほんとよええ女だなぁ。」
刹那
ラットマンは気づく。
誰もいないはずの地下水道、闇の奥から
とんでもなく巨大な生物がこちらを見ていることに。
「はぇ?!」
ブワッ、と全身から汗が出る。
初めて女を食ったときと同じ、いや、それ以上の興奮が体を襲う。
しかし、この興奮は熱くない。寒い。
危険。
逃げろ。
そんな感情が暴風のように身体を突き抜けた。
しかし、身体の信号を脳がキャッチするよりも早く、それは訪れた。
「はぁ……ようやく見つけましたよ」
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「ラットマンで地下水道ですか。ど真ん中すぎて盲点でした。しかし、こんなニオイのキツイところで、よく滞在できますね。」
子供の姿をした男が闇の中から現れた。こいつは見たことがある。この女を攫った時、一緒にいたやつだ。仲間を助けにきたのか。
「お、おまえ、、キ、キャリア、だな?」
しかし、アトレスはその問いに答えない
「それがあなたのキャリアですか。喰った人間に変身できる能力。完全に潜伏していたところを見ると、記憶もトレースできるんですね。」
メーレンの姿をしたラットマンに向かって、アトレスはつかつかと歩を進める。
「身体能力やキャリアのトレースなんかもできるんでしょうか?一時的にでも、複数人の情報をストックできるとしたら驚異的なキャリアですね。モロゾフか知ったら、真っ先に捕獲されてたでしょう。まぁ僕は殺しますが。」
「と、ととまれ!こここの女がしぬぞ!」
ラットマンは手から出した爪をメーレンの喉元に突き立てる。
ほぼ同時に、アトレスは前髪をかき上げ。
タバコを吸った。
「だまれ」
その瞬間、ラットマンの四肢が跡形もなく弾け飛ぶ。
アトレスのキャリアはシンプルな身体強化。
常時発動型だが、キャリアのトリガーとなる物質を摂取することで、能力を一時的に高めることができる。
アトレスのトリガーは、一定以上のニコチンを摂取することだった。
一瞬のうちにゴロリと転がった胴体。頭はまだ胴体に付いている。何が起きたか把握できていない彼の首を掴みとり、アトレスは壁側へドカッと押し付けた。
「てめぇ…誰に口聞いてるんだ?…ああ?許可なくその口開くんじゃねぇ」
遅れて痛みを知覚した。ラットマンは叫び声をあげようと思わず口を開く。すかさず、アトレスはその口内目掛けて彼の元右腕を押し入れた。
「言葉が通じねぇようだなぁ。ザコでも黙るくらいはできると踏んでたんだが……。」
ラットマンは何も考えていない。さっきまで女の首に爪を突き立てた。その後は身体的な反射に身を任せただけだ。その一瞬の間、いつの間にか四肢をもがれ口を塞がれている。
「お前にもう用はないが。人の皮を被っているお前を殺しても元に戻るのかわからん。とりあえず、メーレンが起きるまでおまえは生かしてやる。」
メーレン。さっきまで喰っていた女か。まずい、腕を引きちぎったあと何の処置もしていない。丈夫な捜査官ともいえど、もうすぐあいつは死ぬ。
ラットマンは自分の生死がメーレンにかかっていることを瞬時に理解した。
「ぃぃいいたいこと!あります!!許可!ください!!」
ジロリとアトレスはラットマンを睨む。
「こここの方、もうすぐ死ぬます。ででも、ワタシの持ってるキャリアは、食べたひひとの再現できる。死んでこまるなら、身代わり、できる!」
「……なるほどなぁ。」
ラットマンにへへッと笑みが溢れた。下僕らしい、自分の利益を追求した醜悪な笑み。
「……勝手に私を殺すなよ。こんな程度で死ぬか……」
カッと目を見開く。女の方を振り向くと、天井を見上げたまま、確かに目を覚ましている。
さっきまで朦朧としていた意識。しかし、目はまだぼんやりとはしていたが、確かに正気が戻っている。
「だそうだ。頭と運が悪いな。もう用済みだからそのまま死ね」
「ちょっ!まっ……」
ラットマンの頭と身体を繋ぐ部分は一瞬のうちに切り離された。
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「だいぶ酷くやられてますが、大丈夫なんですか?」
「…これが大丈夫にみえるか?左腕を丸ごと引きちぎられてしまった…早く医者にみせてくれ。私が死ねば…君の証人もいなくなるぞ……」
アトレスはにっこりと笑って。
「それだけ言えれば大丈夫ですよ。大した方だ。とりあえず血止めと、ラットマンの遺体の回収、そのまま軍の医務室に直行します。」
ガチャリとメーレンの拘束が外される。
アトレスが助けに来るまで、夢を見ていた。父親に折檻された翌日、朝日が登る。ボートに置き去りにされた後、執事が迎えに来て、毛布にくるみ、暖かいココアを淹れてくれる。
母親は泣いて私を抱きしめる。ごめんね。と謝る。執事たちもそんな様子を遠巻きに見て、涙を目に溜める。
しかし、そんな優しさは一番きてほしいタイミングでは訪れない。どんなに同情されたとしても、毎日の父親の折檻は終わらないのだ。翌日もまたやってくる。そうした時、彼らは全くあてにならない。
結局、優しさなんてものは大して価値がない。自分の横暴を叶え、他者の尊厳を覆すことができる「強さ」こそが、メーレンにとって最も重要だった。
「あのまま私が死んでたら……君はラットマンを利用したか…?」
一瞬、アトレスはきょとんとした顔をする。その後、ああなるほど、といった感じでにっこりと笑い。
「まさか!そんな訳ないじゃないですか。」
ガチャリと拘束を外れた拍子に、メーレンの身体はアトレスに寄りかかる。
「おっと。大丈夫ですか?」
「…ああ、もう大丈夫だ。ふふ……君は……強いな」
メーレンは目を閉じ、再度、深い眠りについた。
【アトレス=バルドラ】
キャリア①:肉体強化。トリガーはニコチンの接種。素手で捜査官の電磁鞭を防御できる頑強さを持ち、馬のように素早いスピード、筋力は常人の3~5倍ほど。トリガーを使用すると、ひと呼吸ごとに能力をブーストできるが、使用時はめちゃくちゃイライラするのであまり使いたくない。最長で1本分。嗅覚も上昇するため、メーレンの血の匂いを辿ってラットマンを追跡した。
キャリア②:不明
キャリア③:?????
【ラットマン(メーレンver)】
キャリア:変身。人肉をトリガーに、喰った人間の記憶・形状・能力、全てをトレースしてコピーできる。5人までストック可能。始めの1人目の犠牲者は、身体から爪を出し入れすることができるキャリアであったため、以降はこの能力を使って獲物を仕留めていた。
副次的効果:ラットマンに喰われた人間は、他の人から認識されずらくなる。また、最初の食人から人肉を食べずにいられなくなり、徐々に精神の異常をきたしてしまう。