ラットマン討伐作戦③
犠牲者の女学生にはある共通点がある。美人で誰からも良く知られている人物であるにも関わらず、多くの人間の記憶に残っていないという点だ。
犯人がキャリアを持っているのであれば、その特定には通常の捜査に加えてキャリアの特殊効果を踏まえた推理が必要になる。ここでは精神操作のキャリアを持っているor持っていない、の両面で検証する必要がある。
精神操作のキャリアを持っている場合、その効果は一時的であり、かつ範囲や同時にかけられる人物が限られているケースが多い。今回の場合だと犯人は学園内の人間であり、かつ学園内の情報を操作できる重要な人物である可能性が高まる。
精神操作のキャリアといえども、学園全体の認識を誤認させることなど不可能だからだ。
次に、精神操作を持っていない場合だ。それでいて被害女生徒の共通点をただの偶然として見ることもできる。しかし、一等捜査官である私のカンが、それを否定する。
「ラットマンは肉体を大きく損傷させることができ、くわえて捜査官を返り討ちにしている。戦闘向けのキャリアに、とんでもない知能を持った犯人である可能性もある」
メーレンが若くして一等捜査官に抜擢されたのは、犯人にたどり着くまでの勘どころにある。まずは「怪しい」と感じられた直観を信じる。そこから深堀して被疑者の身辺を徹底的に洗い、理論的に可能性を積み上げていくスタイルだ。
実際、教師のナミカワはこれまでの犠牲者の女生徒の出席を偽装していたことが発覚した。学園に来ていないにも関わらず、出席しているとして報告し、各家庭にもそのように通達していたのだ。
第一印象からして、ヤツの雰囲気はどうにも一般人から感じられる気配ではない。精神操作にかけられた影響であるとみれば、辻褄は合う。
パターン①
犯人はなんらかの精神操作のキャリアを持っており、複数の教員を操って犯行に及んでいる
パターン②
ナミカワが戦闘向けのキャリアを持ち、単独でこれまでの犯行をカモフラージュしてきた。
「まずはこの二つの可能性のいずれかをつぶす。私が囮になり、ナミカワをおびき出す」
---
転校生が来てからというものラピスの様子がおかしい。
まず、なぜか学校に遅刻するようになった。
それも決まった曜日だけ。
それに放課後はいつも私とおしゃべりしてから帰ってたのに、授業が終わるとそそくさと帰宅するようになってしまった。
でも話しかけるといつも通り。最近、何してるの~?となんとなしに聞くと「最近、メーレン様のことを考えていて」なんてうそぶく。
確かに転校生のメーレンが来てからこんな調子になった気がする。
でもラピスは絶対メーレンに話かけたりしないんだよね。なんでだろう。
まぁあれだけの醜態をさらした後なんだから当然かも。
あのラピスが、授業中に卒倒しちゃうんだもんねぇ……。
メーレン、不思議な人だ。とてつもなく美人でありながら優しい雰囲気を持ち、芯の強さを感じさせる女性。淑女を育てる学校に通いながら「女性の在り方」に何の興味も持てなかった私が、ちょっぴり憧れてしまうような感じ。
今だけかもだけど、ラピスにもカトレア学園の美人ランキング上位ホルダーとしての威厳というものがある。長く続くようであれば問題だ。
もしも彼女の両親にまで話がいってしまうと、私にまで火の粉がかかりかねない。
メーレンが原因なのであれば、彼女に相談してみるのもいいかもしれない。
うまく行けばラピスと友達になってくれるかも。
そしたら変な憧れもなくなって、普通に戻れるかもしれないし。
と、そこまで考えてメーレンの後をつけるラピスを見つけた。
またあの子は……。そう思いながら声をかける。
「ラピス、あんたまた何してんの」
「ひゃあ!びっくりしましたわ。エミリー、いきなりどうしたんですの!」
「いや、あんたがまたメーレンの後をつけているから」
ラピス、こんなでっかい声でるんだなあ。
最近は幼馴染の新しい一面をこれでもかと見つけられる。
「ちょっとこちらに!」
小声で空き教室に誘導される。
どうやらメーレンにつけていることをバレたくないらしい。
「つけているなんてとんでもないですわ。これは護衛。まだ事件の解決していないカトレア学園において、あの美しいメーレン様が犠牲になってしまわないように注視しなければ。」
「またそんなこと。あんたも美人なんだから気を付けなっていったばっかじゃん。」
「それはそうですが……。ああメーレン様、私の命を賭しても、お守り差し上げるほどの価値があるお方ですわ。」
重症だ。これは早めにメーレンに話をつけないと、変な方向に親友が行ってしまう気がする。
「ていうか、数学の授業、全然でてないじゃん。大丈夫なの?」
「ああ、数学は私得意ですし」
「そういう問題じゃ…。はぁ、ナミカワ先生怒らせると面倒だからねぇー。」
「わかってますわ、ほどほどに。でもメーレン様の護衛ということであれば、ナミカワ先生もご了承いただけるかと思いますわよ」
ご了承いただくわけねぇだろうが。と思いながらも、これ以上親友の耳には何も入らなさそうだ。
「わかった。じゃあ私がメーレンにも注意するよう言っておくよ。あと、あんたも」
ぐっと腕を引き寄せる
「あたしにとっては大事なんだから。ほんとに気をつけてよね。」
---
一般捜査官から、ナミカワは自分の授業のある日だけ出勤しており、それ以外の日は家からほとんど出ずに過ごしているとの情報が得られた。やはり、状況証拠としては、事件に関与している可能性は非常に高いだろう。しかし、仮に精神操作をされている場合には、ナミカワという尻尾を切ってラットマンに逃げられてしまう可能性がある。
まずは精神操作キャリアであるか、それ以外であるかを検証しなければならない。
検証方法は、学園の屋上にヤツをおびき出し、問題が発生したらアトレスが狙撃するという手順だ。
精神操作のキャリアは二次的にかけることは出来ない。捜査官であることを明かしたあとで、そのまま襲い掛かってくるのであれば、ナミカワが戦闘用のキャリアを有しているという証拠になる。そのまま遠距離からアトレスに打ち抜かせればよい。
(いずれの可能性も考慮し、確実に前へ進める。次の犠牲者は絶対に出さない。)
「メーレンさん、ちょっといい?」
ナミカワを誘い出すため職員室に向かう途中。声をかけられた。
こいつは確か……エミリー=カルバドス?だったか。
「えっと、エミリーさんでしたか。同じクラスの。」
「さっすが!覚えててくれたんだ~!」
このタイミングで女生徒につかまってしまうとは。
アトレスはすでに待機させている。さっさと振りほどいて任務に戻らなければ。
「あのさ~ちょっと折り入って相談が。屋上とかで少しお話できない?」
メーレンの警戒度が一段階あがる。
「ごめんなさい。ちょっと先生に相談したいことがあって、その後で良ければ。」
「あー忙しいよねぇ。でもこっちも結構重要なんだ。3分くらいで済むからさ。」
しつこい。しかしどうも引っかかる。これから決行というタイミングで、ほとんど今まで話をしたことが無い女生徒から相談だと。
……ここは臨機応変に対応すべきか。
「わかりました。屋上ですね。それでは少し。」
「ごめんねぇ~!ありがとう!」
校舎の屋上についた二人はドアから離れ、落下防止の柵の近くまで歩みを進めた。
アトレスは約60m離れた別の校舎屋上に待機させている。こちらからは見えないが、強化されたヤツの視力であればこちらの様子も確認できているだろう。エミリーから見えない角度的で要警戒という指のサインを送る。
「それでお話とは」
「えっとね。私の親友にラピスってのがいるんだけど。覚えているかな、教室でメーレンさんのこと見て卒倒して、医務室に運ばれた子。」
「ラピスさん……」
ラピス=カルテット、名門であるカルテット家の息女で成績優秀。これまで特に問題行動も起こさず、幼少期からエミリー=カルバドスとともにカトレア学園に通う女生徒。
「ラピスがね。メーレンさんが来てからちょっと様子がおかしいというか。なんか舞い上がっちゃってて。ほら、これまでずっと女子しかいない空間でさ、耐性がなかったんだと思うんだけどさ、なんか恋愛?みたいな感情にうとかったんだけど……」
ラピスという女学生については当然覚えている。
しかし、どうにも印象がうすい。卒倒していたことも覚えている。
その後、エミリーが医務室に運んだ、ここまでは覚えているのだが。
名簿。そう、出席名簿だ。
ここに見落としがある気がする。
ラピス=カルテットは成績優秀で、教師・生徒、両方からの信頼も厚い。
「それでね、重症なのがさ、なんか学校に遅刻するようにもなっちゃってて」
ラピス=カルテットはこれまで無遅刻・無欠席。それが私の転校と同時に遅刻をするようになった。
おかしい、私はなぜそれをおかしいと思えなかった。
彼女は確かに遅刻をしていた。
しかし、ナミカワの出席名簿では、無遅刻・無欠席のままになっていた。
「いや、一時の気の迷いだとは思うんだけどさ。親友として見てられないっていうか……。だからお願い!メーレンさん、あの子と普通におしゃべりする友達になってあげてくれないかな」
手遅れ。
いや、まだ間に合うのか。
「アトレス!聞こえるか!?」
大声でアトレスを呼ぶメーレン。突然の目の前の美女の咆哮に、エミリーは面食らう。
「今すぐ私に合流しろ!これは命令だ!」
ヤツのキャリアはまだ完全に把握できていない。しかし、状況から見てラピス=カルテットの命が危ない。
「エミリー!最後にラピスと会ったのはいつだ!?」
「えっ!ちょっ!メーレンさん?どうしたの急に!?」
動揺するエミリーの肩を掴む。
「私は捜査官だ。次に狙われるのはラピス、私はそれを止めたい。もしかしたら、すでに被害に合っている可能性もある!頼む、協力してくれ!」
「ラピスが!?へ!?いや、さっきここに来る前に会ったけど?」
「いつだ!?」
「えっ?ご、五分くらい前かな?」
くそっ、まだ間に合うか。
「これはどういう状況ですか?」
アトレスが到着する。60mは離れた別の校舎の屋上にいたはずだが、ものの数秒でこちらに合流していた。
「アトレス。前に見せた生徒名簿のラピスという女学生の顔は分かるか?長い銀髪で縦ロールの子だ。探し出して、捕獲しろ。抵抗する場合には、少々ケガをさせて構わん。」
「ちょっと!なんでラピスが!ていうかこの子だれ?」
エミリーが割って入るが聞き入れてもらえない。
「ケガさせて良いってことはラットマン本人の可能性もありますか?」
「ある。しかし、これから被害にあう被害者という可能性が最も高い。まずは保護という名目で手元に置いておきたい。」
エミリーは絶句する。
ラピスがラットマン?そんな馬鹿な。
ちょっと最近様子が変だからって、そんなことになる?
「ちょっ」
「行け、アトレス」
アトレスは目で追うのもやっとの猛スピードで駆けていく。
それを呆然と眺めながら、エミリーは口を開いた。
「あの子、あの足の速さ、キャリアね!?ってことはあなたが捜査官っていうのも本当なの!?」
「ああ。その通りだ。私達はラットマンの捜査の任務で派遣された。」
「なんでラピスがラットマンなの?そんなわけないじゃない!」
「あくまでも可能性の話だ」
エミリーはメーレンの肩を掴む。
「あの子は、あんたのこと好きって言ってたわ。だから最近変になっちゃただけだって」
「違う。まず、ナミカワ。彼の授業でラピスの欠席が報告されていない」
「それがなによ。間違えただけじゃないの。」
「そして私はそれを今まで重要なことだと認識できていなかった。」
エミリーの顔に緊張が走る。
「じゃあナミカワ先生がラットマンなの?」
「その可能性が高い。しかしどうも引っかかる。なぜわざわざ自分の授業に参加していない生徒を出席扱いにする?彼が犯人であれば、そのようなことは不要だ。」
「だからって」
「そう、だからといってラピスが犯人とはならない。しかし、相手のキャリアの詳細が不明であり、ラピスに危険が迫っている可能性もある以上、こうなったらどちらも捕獲して検証する必要がある。人命には代えられない。」
メーレンの肩においた手に、エミリーは力を込める。
「あなたは間違えているわ。ラ、ラピスはね……い、いい子なの。ラットマンなんかじゃあないわ……。お願い、さっきのキャリアの子を止めてきて。」
「それは出来ない。ラピスの安全のためにもだ。」
ぎゅっとさらに力が強まる。
「ラ、ラ、ラピスが、がが、そんなわけない。私はあの子のことを、ど、どれだけ大事に。た、大切ななな、な友達。」
力が強い。メーレンの肩に痛みが走る。
痛み……?
「お……お前は、ままま、間違えたわ。い、いま、あ……の子、ララ、ラピスやナナナミカワ先生は、ラララットマンじゃあああ、ない!」
は?
「お、おお、おれだ!」
メーレンの左肩が引きちぎられた。