トニーの思い
トニーは出社すると今日の会議は副社長に任せて、空港に行きプライベートジェットで日本へ向かった。
ハワイで一泊して、次の日の昼過ぎには秋山家の玄関に立っていた。
ベルに応えてナンシーが出てきた。前もって電話をしてあるので、すぐに迎え入れられ、テーブルを挟んで話しあっている。
「いまお話したように、僕は章子を大切に育てるつもりです。お母さんのお考えもお聞かせください」
「私は章子を手放したくないというのが本心です。でも、あの子の病気のことを考えると……私では章子を助けてあげられない。ブライスさんにお願いするしかありません。放っておくとあと数年で死んでしまうということは、章子は知らないのですね」
「そうです。スミス先生は僕にだけ本当のことを言ってくれて、援助を頼んできたのです。お薬を飲んでいるかぎり、激しい運動はできなくてもふつうに暮らせるそうです」
「よかった。ありがとうございます。あのひとつお聞きしてもいいですか」
ナンシーの問いに「どうぞ」と答えるトニー。
「あなたはどうしても私たちに親切にしてくださるのですか。章子を娘にするなんて、ふつうでは考えられません」
うなずくと、トニーは一枚の写真を取りだしてみせた。
「えっ……章子。いえ、章子じゃないわ」
「僕の母です。僕が大学生のときに父が飛行機事故で亡くなってショックだったんだと思います。その後、体調を崩して、あとを追うように亡くなったんです。母を助けられなかったという思いがいつまでもありましてね。章子と会ったとき、どうしても彼女を助けたいと思ったのです」
「そうですか、納得できました。ブライスさん、あらためて章子のこと、よろしくお願いします。いえ、孫のゆめですね。たまには日本に会いにきてくれるとうれしいです」
「いつでも会えますよ。よければこれからアメリカへ行きますか」
「いえ、少し時間を空けて心が落ち着いたらにします。ブライスさんに来ていただいてよかったです。あなたが私たちに親切にしてくださる理由もわかって安心しましたし、章子をゆめと思うことも、すぐには慣れないでしょうが、大丈夫です。あの子のためを思えば、どんなこともできます」
「そうですね」
トニーが優しく応える。
「ゆめは愛情をもって育てます。お約束します。里子は責任をもって無事に送り届けますから安心してください」
「ありがとうございます」
トニーは秋山家を辞して、アメリカへ帰る。
ナンシーはずっと心配していた。自分が死んだら章子はどうなるのだろう。だれが守ってくれるのだろうと思い悩んでいた。そのこともあって、トニーに愛娘を託す気持ちになったのでした。
アメリカに帰ってからのトニーはジェニーと一緒に退社して、彼女のマンションへ行き、ゆめと里子と一緒に過ごしてから、帰宅する毎日だった。
里子が日本へ帰るときは、若い社長秘書に家まで送らせた。
それからはゆめが一人になると淋しくないようにと長く一緒にいたりもした。
しかし章子は一人の淋しさと里子に負担をかけなくて済むという安緒がないまぜに胸に広がり、母ナンシーと娘里子を思い、ベッドのなかで泣いていた。
容姿の美しさだけではなく、純真な人柄や優しく思いやりのある性格に接して、トニーとジェニーは一層ゆめを愛した。彼女は章子からゆめに生まれ変わったことを受け入れようと自分に言い聞かせて、努力していた。いまの自分の生きる術はそれしかなかったから。
土、日曜日は一緒に出かけたりもした。どこへ行っても親子三人に見られた。