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ゆめの時間  作者: 秋山章子
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〝ゆめ〟として生きていく

 その夜、秋山家のキッチンテーブルについた親子三人が章子のアメリカ行きの相談をしていた。

「私は章子ちゃんの体の具合がよくなるなら、行ったほうがいいと思うわ。あの山本さんって信用できそうだし、なにかあれば領事館へ行くこともできるし」

 里子はアメリカ行きに賛成である。

「私も章子ちゃんがよくなるのはうれしいけれど、塾の生徒さんのことがあるから。受験生の子が何人かいるのよね」

「大丈夫よママ。私は見かけはこうだけど、大人だし。本当に健康になれるのなら一人で行きます」

「あら私がついて行ってあげる」

「ふふふ……里子ちゃんが一緒なら安心ね」

 と章子が微笑む。

 翌日の昼過ぎに章子から博樹に返事の電話をかける。

 その日からアメリカ行きの準備に追われていて、出発できたのは十月末日だった。

 プライベートジェットは快適だった。ハワイで給油し、トニーのホテルで一泊して、翌日、ニューヨークまで飛んだ。空港に黒塗りの大型車が迎えに来ていた。

 そのままスミス医師が待つ病院へ向かった。

 博樹たち三人は章子と里子が不安がらないように、いろいろと気を遣って話しかけてくれた。スミス医師も妻のメアリーも明るくやさしい人柄だった。メアリーは入院患者のために看護師でありながら美容学校へ通った。そんなメアリーをスミス医師は愛して妻に迎えた。そして病院内に美容室を作ったのだ。

 ただ、はじめに会ったときに驚いた顔をしたことが気になった。

 広い敷地内に五階建ての大きな病院だった。

 検査、診察を終えて、スミス医師が結果を皆に告げる。

「章子が時間が止まっている理由は、いまの医学では解明できない。これは神の領域の話かもしれない。それから疲れやすいのは心臓の働きが弱くなっているんだ。しかし、こちらは薬で治せると思うんだよ。そのためには多額の治療費と時間がかかる。でも心配いらないよ。すべてトニーが引き受けてくれるからね。それでトニーが来ることになっているんだ。ほらっ、来た」

 と言ったとたん、エレベーターホールから人の歩いてくる靴音が聞こえてきた。

 部屋に入ってきたトニーは、

「お久しぶり、スミス先生。お帰りヒロ、元気そうでよかった」

 とスミス医師と握手して、博樹とハグした。

 そして章子を見たとたん、動きが止まった。

「エミリィー」とつぶやいて、凝視した。

 スミス医師が、

「トニー、こちらが章子だよ。僕が会わせたがったのがわかっただろう」

 と意味ありげに言う。

「章子。トニー・ブライスです。君のことはすべて僕に任せて大丈夫だよ」

 やさしい笑顔で話す。

 横にいた秘書のジェニーが、

「あらっ、かわいい。社長、私がお預かりするお話、喜んでお引き受けします。章子、私はトニー・ブライス社長の秘書のジェニーです。よろしくね。仲よく楽しんで暮らしましょうね」

「お世話になります。よろしくお願いします」

 章子は自分の環境が目まぐるしく変わっていくのについていけなくて、里子と一緒に逃げだしたくなっていた。

 そのとき章子の手を握って、

「困ったときは、いつでも呼んでくれたらすぐに行くから、大丈夫だよ」

 と博樹が言ってくれる。

 博樹の目を見ると、なぜか落ち着いてくる。

 それからメアリーが、

「章子は年齢と見た目がちがいすぎて生活しにくいと思うのだけど……。そこで私の提案なんだけど、章子の年を見た目にあわせて、十七歳としたらどうかしら」

「言うだけなら簡単だけど、年齢詐称にならない」

 と美貴がジィムに聞く。

「公の場所や文章はまずいね」

「だから本当に十七歳になるのよ」

 とメアリー。

 皆が怪訝な顔になるのを見て、

「トニーの実子にするの。母親は章子で十八年まえに日本で知りあって女の子が生まれた。今回アメリカに来た章子は、体調不良で亡くなり、十七年まえから私たちが預かっていた女の子をトニーが引き取ることになるの。章子は離婚していたし、トニーは独身だから問題ないし。お役所仕事だから出生届けが紛失することもあるかもね。トニー・ブライスの娘のことですもの。向こうもミスを隠したいと思うでしょうし、うまくいくと思うから。章子は安心してアメリカで暮らせるわよ」

 とメアリーが微笑む。

「そんな……私は嫌です。章子ちゃんがいなくなるなんて……」

 里子は涙ぐんでいる。章子がそっと肩を抱く。

「私は里子ちゃんと日本に帰ります。私のためにありがとうございました」

 と頭を下げて感謝した。

「あっ……待ってください。里子、こう考えたらどうだろう。このままでは章子はどこへ行っても本当のことが言えない。言ってわかってくれる人ばかりではないから、辛い思いをすることも多いと思う。それよりも見た目で生活したほうが章子にはやさしいと思うよ。理不尽なことだけど人は自分の目で見たことで判断しがちなんだ。人の思いは変えられないから、本人が楽しく生きていけたら一番なんじゃないかな」

 トニーが里子の目を見つめる。

 俯いて考えていた里子が、真っ直ぐトニーを見つめ返して、

「章子ちゃんのこと、よろしくお願いします。絶対章子ちゃんを幸せにしてくださいね。章子ちゃん、私ね、章子ちゃんが幸せなら一人で、いえ、ママと頑張れるよ。ママには私から説明しておくから大丈夫だよ。章子ちゃんのぶんもママを大切にするね」

 今度は章子の大きな目から涙が溢れだす。章子はこのままでは自分が里子の重荷になると、ずっと考えていた。この機会に里子から離れたほうがよいのではないかと思った。

 メアリーが二人にやさしく「章子の娘で里子の妹の名前は、なににしますか?」と尋ねる。

「名前……」

 章子が考えあぐねる。

「ね、夢があるように、日本語の〝ゆめ〟ってどうかしら」

 と里子が提案してくる。

 一同賛成で、トニーと章子の娘はゆめに決まった。

 里子は母を取られるような思いに囚われて、せめて、名前だけでも日本名にしたかった。それが自分と母を繋いでいてくれるように思えた。

「それでは、ゆめと里子は私が連れて帰りますね。さあ、行きましょう。皆さん、ごきげんよう。社長、明日の会議は十時からです。私はいつもどおり九時出社します」

 とジェニーが娘二人を連れて帰っていった。

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