章のかわいいお願いごと
五才になるとしっかりおしゃべりができるようになって幼稚園に通いだした。毎日、博樹が送り迎えをする。運転席の後ろにチャイルドシートをつけて座らせていた。
そんなある日の帰宅途中の車中で「ねえ、お父さん。今日はお絵描きしたの。先生に褒められたのよ」とうれしそうに話す。
「えっ、お父さん。章、お父さんって呼んでくれた」
「うん、お父さん。私ね、絵を描くの大好きよ」
博樹は、お父さんと呼ばれたことも、章が絵を描くのが好きということも、うれしくてしかたがなかった。
家に帰りつくと、さっそくゆめに報告した。ゆめも章がお父さんと呼ばないことが気になっていたので、喜んで「章ちゃんはいい子ね。お母さんもお父さんも、章ちゃんのことが大好きよ」と愛娘を抱き上げて、頬にキスをする。章も母親にしがみついて、キスのお返しをする。いまでは本当に引退して家にいるトニーとジェニーのところに走っていって、「ただいま」と二人にもキスしに行く。二人とも章がかわいくてたまらない様子である。彼女は長い黒髪を靡かせて館内や広い庭を駆けまわっていた。ウィルとエミリーが学校から帰ってくると三人で仲よく遊んだ。
クリスマス休暇に入ると、久しぶりに宇宙が帰ってきた。章は宇宙を覚えていなくて、戸惑っていたが、すぐに仲よくなった。
「章が赤ちゃんのころにはよく帰ってきてたんだよ。ここ二〜三年は仕事が忙しくて来れなかったから、章に忘れられたんだね。淋しいな。これからはちょくちょく来るから覚えていてくれる」と宇宙はソファの隣に座っている章にお願いしている。
「うん、たくさん帰ってきてね。ねえ宇宙、私が大きくなったら、お嫁さんにしてくれる」と尋ねる。
何気なく宇宙も「ああ、いいよ」と言うと、「うれしい」と章は大喜びする。
大人たちは小さな子どものたわいない話だと思って気にしなかった。
それにジュニアはウィルの嫁には章がいいと思っていた。その昔、ゆめと結婚するつもりが姉弟ではできないことがわかって悲しかったと、いまでも思いだす。従姉弟なら大丈夫だと思っていたので、ウィルが十三才になると婚約だけでもと思って、博樹とゆめに相談してきたが、二人とも反対だった。章が大きくなって自分の意思で決めた人と結婚させたいと考えていたから。この話はなくなった。そんな大人の胸のうちなど知らない子どもたちは仲よく遊び、イギリスのアレック、エドガー、ルウシィと会ったときは彼らとも兄弟姉弟のように仲よく遊んだ。
章はとにかく元気のいい女の子で、イングラム城へ行ったときは、お城のなかを探検して歩きまわるので、ルウシィとエミリーと男の子たちも一緒に歩きまわった。夜になると疲れた子どもたちは早く寝てしまうので、大人たちは自分たちの時間を楽しんだ。
華は「章が来ると子どもたちが規則正しく生活してくれるので、助かるわ」と喜ぶ。エリザベスも「家にいても、そうよ」と笑っている。
「きっと父さんは淋しがっていると思うよ」とジュニアが父トニーを思いだして言う。高齢のトニーとジェニーは移動が疲れるので、ニューヨークで過ごしている。
「そうね、お父様もお母様も、孫たちと喜んで遊んでくださるのよ」とエリザベスも二人に感謝していた。




