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ゆめの時間  作者: 秋山章子
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トニー邸へ

 西海岸の家を閉めて、ニューヨークへ帰ったのは、ブライス邸の桜が咲き誇るころだった。

 トニーはジュニアと一緒に出社して、自社ビルの一室でゴルフ場を経営していた。博樹は仕事部屋で絵を描き、その部屋を衝立でしきって、ジィムと美貴が仕事をしている。

 博樹の初期の絵は社屋にある美術室に飾っているが、最近の絵はブライス邸の大広間に飾っている。

 ゆめはジェニーと話をしたり、エリザベスにお料理を教えたり、甥と姪の相手をして遊んで過ごしていたが、このごろ体調が変だった。食の細い彼女が、それ以上に食べれなかった。ある臭いが気持ち悪かったりしていた。なにより眠い。毎日早く寝て、お昼寝もするが眠い。まえにもこんなことがあったと思いかえしてみて、ハッとする。ゆめはまさかと思ったが、確認するために出かけることにした。そしてジェニーに車を出してほしいと頼み、博樹にジェニーと一緒にお出かけすると伝えて出かける。

「ヒロ、ゆめと一緒に行ったら」と美貴が勧めるが、「いや、ジェニーが一緒だから僕がいなくても大丈夫だと思うよ」と仕事に勤しむ。

 ゆめがジェニーに頼んだ行きさきはスミス医師のもとだった。

 診察後、老医師は「ゆめ、おめでとう。体に気をつけるんだよ。来週来るときは、ヒロと一緒に来るんだよ」と笑顔で懐妊を祝ってくれる。待合室ではメアリーがジェニーにお祝いを告げていた。ジェニーの喜びも大きく、帰りの車のなかでは「ヒロもトニーも大喜びするわよ。ジュニアもそうよ。ゆめ、体を冷やさないようにね。重いものも持たないでね」と母親の顔になっていた。

 帰宅して、博樹の仕事部屋に行き、いつものソファに腰掛けると、夫の仕事をしている姿を眺めた。「ヒロも年をとったけれど、あいかわらず男前な人だわ」と考えていると博樹が振り向いて「おかえり」と言いながら、ゆめの隣に座る。

「なんだかうれしそうだね。どうかしたの」と頬にキスしながら聞いてくる。

「あのね、できたの」とゆめが答えると、博樹にはなにができたのかわからず困っていると、ゆめが耳もとで囁く。

「ヒロと私の子どもよ」とうれしくて笑顔になる。

 博樹は妻の顔をまじまじ見つめて、「僕の子ども。僕とゆめの子ども。ゆめ、ありがとう。ありがとう……」と感極まって、ゆめを抱きしめている。

 その様子を見ていたジィムも喜んで「おめでとう」と祝福し、美貴もうれし泣きになって、「二人とも、おめでとう。よかったわね。私もうれしいわ」と祝ってくれた。

 その日の夕食時に皆に祝福された二人は幸せに包まれていた。

 トニーは孫が一人増えると大喜びで「ゆめたちの部屋の隣を子ども部屋にしよう。明日さっそく取りかからせよう」と大張りきりである。

 次の診察日には博樹が車で送っていき、診察後にスミス医師に呼ばれて一人で医師と向かいあった。

「ヒロ、おめでとう。いまになって子どもができるなんて想像もしなかったよ。なにが起きるか神のみぞ知る、だね」

「先生、ゆめと赤ちゃんはどうでしょうか」と博樹は真剣に聞く。

「ああ、異常ないよ。すこぶる順調だよ。しかし、ゆめの場合なにが起きるかわからない。もしも、もしもの場合だよ。僕は、ゆめを助けるほうを選ぶよ。ヒロにも承知していてほしいんだ」と老医師は博樹の顔を見る。

 一瞬、博樹の動きが止まる。「危険がともなうということですか」

「いやいや、もしも我々の考えの外にあるようなことが起きたときだけだよ。いまの状態だったらなんら問題もないよ。そして我々は無事に生まれることを神に祈るしかないようだね」

 博樹はいままで以上にゆめのそばにいて、彼女の体調や精神面にも気を配った。

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