京都へ
明くる日、ゆめは満たされた思いで目が覚めて隣に寝ている博樹の顔を見て微笑む。
起きようと体をずらしてベッドから出ようとすると博樹の手がゆめを引き戻して、「おはよう」と笑っている。「起こしてしまったわね。ごめんなさい」とゆめははにかみながら博樹の手に口づけをする。博樹が起き上がってゆめを抱き寄せてキスをする。そして、「朝の散歩をする」と聞かれ、「ええ、行きたいわ」と喜んで、二人で身支度をして朝食前に散歩をする。浜を歩いている旅行客も何人かいて、皆、楽しそうであった。このさき、ゆめはハワイを思いだすたびに幸せな気持ちになれた。朝食後、日本へ向けて、再び移動する。
やはりトニーが経営している東京のホテルで、ゆめが博樹の母親に会ったのは夕食をともにしたときだった。とても優しくて、上品な婦人だった。ゆめは会うまえは緊張していたが、ほっとして楽しい時間を過ごせた。母親のほうもアメリカ人のお嫁さんだと言葉が通じないからどうしようかと困っていた。ゆめと博樹はまえもって話しあって博樹が教えたので少しは話せることにしていた。
翌日は新幹線で京都へ行き、ホテルに荷物を預けて、電車とタクシーで神戸の霊園へ行き、お墓参りをする。博樹がお花を買って、お水を用意してくれる。ゆめは父親のお墓に再婚したことを報告する。
母のナンシーと里子はまだアメリカにいるので、京都に戻る博樹がまえに行った料亭を予約しておいたので、そこで昼食をとることにした。ゆめは美味しい食事ができると大喜びだった。女将さんは博樹を覚えていて、博樹の活躍を褒めそやす。そしてゆめを見ると「まあ、かわいいお嬢さんだこと」と感嘆している。博樹は少し照れたように「妻です」とゆめを紹介する。「失礼いたしました。ほんまおきれいな奥さんどすなあ」と、またまた感嘆する。ジィムと美貴は来られないのかと聞いてくれ、今回は二人だけだと告げると、また皆さんでもお越しくださいと、にこやかに話してくれる。部屋に通されゆめがお手洗いに行っているあいだに、まえには舞妓だった子が芸妓になっていて、挨拶に来ていた。入れ替わりに博樹もお手洗いに立ち、ゆめは物珍しそうに舞妓や芸妓に話しかけていた。「日本語がお上手どすなあ」といろいろと答えてくれる。ゆめは喉が渇いていたので、お膳に乗っていた飲み物を持ち上げて、「飲んでもいいかしら」と聞いてみる。「どうぞ」と勧めてくれるので、ぐいと飲み干してしまう。甘くて美味しかったが、しばらくすると目のまえが暗くなって倒れてしまう。まわりの人たちはびっくりして「大丈夫どすか」とあたふたとしているところに博樹が帰ってきて、これまたびっくりする。食前酒の梅酒を飲んで倒れたと聞きホッとした。「はじめてお酒を飲んで、酔って眠ってしまっただけだから、心配いらないと思いますよ」と、ゆめを抱き起こして「目が覚めるまで寝かせたいのですが、よろしいですか」と女将に聞く。「もちろんよろしおす。すぐに床を延べさせるよって」と仲居を呼びにいく。すぐに隣の部屋に布団が敷かれ、ゆめを寝かせると博樹は一人で食事を済ませ、ゆめのぶんは下げてもらった。
九月といってもまだ暑いので、部屋は開け放してあったので、手入れの行き届いた庭がよく見えた。博樹は縁側に座って、庭のスケッチをしながらゆめが目覚めるのを待った。陽が西にまわっても、まだ明るかった。ゆめが目を覚まして「ヒロ」と博樹を呼ぶ。「目が覚めた」と、ゆめの顔を覗きこんで、「大丈夫」と聞くと「ええ」と起き上がろうとするのを助けて抱える。「ホテルへ帰ろうか」と優しくゆめの頭に頬を寄せる。ベルを押して仲井さんを呼んで、お会計をしてくれるように伝え、タクシーを呼んでもらう。女将がやってきて、「お会計はトニー・ブライス様から頂戴していますよって大丈夫どす。前回は秘書さんからお電話いただいたんですけれど、今回はブライス様ご本人からお電話をいただいて恐縮しましたんえ。ほんまいつもご贔屓にしていただきましてありがとうございます。これからもよろしゅうお願いします」と丁寧な挨拶を受ける。そういえばトニーは日本語を話せたんだと二人は思いだした。「帰ったらトニーにお礼を言わないといけないね」と博樹の目が笑っている。「ええ、トニーはどこまでも私たちを子ども扱いにするのね」とゆめも笑って答える。「君のことがそれだけ大切なんだよ」と話していると、タクシーが来たことを仲居が告げにきたので、ゆめを抱き上げて帰る。その後、女将は仲居に「世界で活躍するお人は違うなあ」としみじみ話す。
ホテルへ戻った二人は部屋で軽い食事をして、今日も一緒にお風呂に入り、疲れているゆめはすぐに眠ってしまった。博樹はゆめの頬にキスをして自分も眠る。




