残り少ない学生生活
春になり初夏になって四年生の卒業パーティを三年生が催すのにゆめも駆りだされた。メグとニックといつものメンバーと一緒だった。
ゆめがピアノを弾けることがわかると生演奏も入れようという話になった。
体育館が綺麗に飾りつけられて、飲み物と軽食も用意された。ピアノがあり、バンド活動している人たちも演奏するために集まってくれた。事前に音あわせをして、皆、昔からの知りあいのように和気あいあいとしていた。ゆめも楽しくて、ピアノが弾けてよかったと喜んでいた。メグたちがそばに来てリクエスするので、指が馴れてしばらく弾いていなかったのに、とても動きがよくなった。
パーティは大成功のうちに終わった。
そしてうれしい夏休みに入り、ゆめたちはニューヨークへ帰るまえに日本へ帰り、里子の結婚式に出席した。
お相手は恋人の原田賢太郎で挙式は神社で行い、披露宴はその近くの小さな料亭であった。ゆめは父親の違う妹で、博樹たちは亡くなった母親章子の友人ということで出席した。
ゆめの心配は杞憂にすぎなかった。ゆめは二十年という時間を感じずにはいられなかった。外国人やハーフに対しての差別がなくなったとは思えないが、昔に比べると和らいでいるように思った。
賢太郎本人も、その家族も、気持ちよい人たちだった。
ゆめは安心してアメリカへ帰ることができた。
博樹も美貴も外国人に対しても偏見がなかった。博樹と美貴と一緒に仕事をしていることでもわかるように、ジィムも東洋人に好意的だった。
ニューヨークに戻ると、ゆめはジュニアが元気に走りまわっているのに感激して、ニューヨークにいるあいだ、ジュニアの育児係を引き受けていた。
博樹たちとジュニアを連れてお散歩したり、プールに水を少しだけ入れて、ジュニアがバシャバシャして遊ぶのにも四人で一緒に楽しんだ。ジュニアはゆめに懐き、西海岸へ帰るときは泣いて離れないので、ジュニアがお昼寝をしているときに帰ったが、ゆめも淋しくて彼の写真を何度も見ていた。




