エリザベスの想い人
イギリスのエリザベスの城に着くと、家政婦の女性が出迎えてくれ、すぐにエリザベスの部屋へゆめが案内された。
エリザベスは窓辺の椅子に座ってぼんやりと空を見ていた。
ゆめに気がつくと立ち上がって近づき、ゆめに抱きついて泣きだした。ゆめはエリザベスをソファに座らせ、自分も横に腰かけた。いつも凛として高貴な佇まいのエリザベスが可憐な少女になっていることに驚いたが、彼女が話すまで待った。
しばらくして、涙を拭いてぽつりぽつりと話しはじめる。
「ゆめはケントのこと知っているでしょう」
「お会いしたことはないけれど、エルの話のなかにたびたび登場してたわ」
「あのね、私、彼のことが好きなの。はじめはただの大学の先輩だったの。彼は剣の名手で私に剣を教えてくれたのよ。私が許嫁の貴族の男性が嫌いで困っていることを知って『自分の身は自分で守れ』って言って鍛えてくれたの。それはもう一生懸命、頑張ったのよ。許嫁に試合を申しこんで、私が勝ったら婚約は解消という取り決めをしたの」
「それで勝ったのね」
「ええ、もちろんよ。それからしばらくして彼を好きになっているのに気がついたの」
「ケントにそのことを伝えたの」
ゆめの言葉にエリザベスはこくんとうなずいて、また涙ぐむ。
「私とは結婚できないって」と涙で濡れた顔を曇らせる。
ゆめは好きな人と添えない辛さを知っているので、エリザベスの気持ちがよくわかった。
「しばらく西海岸にあるヒロの家で一緒に暮らさない。気持ちが落ち着いたら、もう一度考えてみましょう」と言って博樹にエリザベスの同居を打診した。
「ジィムと美貴がよければいいよ」との返事なので、二人の承諾を得て、エリザベスの荷造りを手伝ったが、これでは解決しないと、なんとなく胸のうちがもやもやとする。
その夜、ゆめは博樹と二人になったときに相談した。
博樹は翌日、一人でケントを尋ねていた。
ケントは彼がエリザベスの友達だと知っていたので、はじめて会った気がしなかった。
「僕が二人のことに口だしするのは、筋違いかもしれないけれど、あえて、あなたに伝えたいと思ったので」
「どうぞお話しください」
博樹に話を促して聞いてくれる。
「どうしてエリザベスに断ったのですか。それほど好きではないならわかりますが、これまでエルに聞いた話からと、いまのあなたの様子から察すると、あなたもエルが好きなんじゃないのですか」
博樹の真っ直ぐに見つめてくる目を眩しそうに見返して、
「あなたはイギリス人じゃないからわからないと思うけれど、この国はいまだに貴族とそうではない人間がいる。彼女が伯爵でなければ、僕も彼女と暮らしたい」とケントは悲しそうな目になる。
「エリザベスは古い慣習に逆らって、あなたに告白したのですよ。彼女の勇気と愛情は、あなたの心を動かすことはできないのでしょうか」
「少し考えさせてほしい。ありがとう」とケントが家に入ってしまったので、博樹はよけいなことをしたかなと思いながら、エリザベスの城へ帰った。
二日後、ケントのもとへエリザベスから手紙が届き、開けてみると、試合の申しこみだった。その日付を見て、ハッとしたが、了承した旨、返信する。
エリザベスはケントに手紙を出した日から、フェンシングのジムへまた通いだした。
一年まえにケントに勧められて、そのジムで先生に代わってケントが教えてくれたのだが、今度は先生に直接指導を受けた。いまも先生と一緒に教えているケントはなにも言わなかった。
ゆめたち四人は一年後に来る約束をして、アメリカへ、トニーのもとへ帰っていった。ジィムと美貴はゆめがエリザベスとなにを話しあったのか、博樹がケントになにを言ったのか知りたがった。
ゆめは「私はただなにもしないで後悔するより、自分の思いどおりに精一杯してだめだったら、それはそれで自分で納得できるんではないかなと言っただけよ」と言うが、美貴が「ゆめの言うとおりよ。きっとエリザベスはどんな結果になっても立ち直れるわよ」と信じて疑わない。ジィムも「ケントってどんな人だろう。エルの話を聞いていると、なんだかヒロに似ているような気もするんだよね。性格の話だよ」
「そうかな。自分ではわからないよ」と博樹はケントを思いだしていた。
背が高く、意思の強そうな顔で、もしかしたら、とても頑固な性格かな。僕もそうかな……いや違うよな……。博樹は自分のことはわからないという思いにいたった。彼はケントとの話の内容は語らなかったが、二人がうまくいくことを願った。
ゆめはトニーとジェニーにジュニアという家族に囲まれて、楽しいクリスマスを過ごした。
博樹とジィムと美貴とも四人で出かけて、幸せな時間を満喫した。
いつもは車での移動だったけれど、今回はイギリスへ行ってからなので、トニーのプライベートジェットで送ってもらった。
トニーのところも大好きだけれど、博樹の家に帰ると、我が家に帰ってきたと思えた。やはり卒業後もここで暮らしたいなと考えることが多くなった。そして博樹と話したり笑いあったりしたときのことを思いだしている自分に気がついているのに、自分で自分に言いわけをしていた。一番仲のよい友達だからと。




