お裁縫をしましょう
しばらくして、スミス医師から半年分はあるかと思われる、ゆめの薬が届いた。
ゆめはトニーにお礼の電話をして、彼に会いたくてたまらない気持ちを胸の奥へ押しやった。
少し落ち着いてから母のナンシーに電話をした。
「ママ、私ね、いまヒロの家にいるの。あっ、山本さんよ」
「えっ……トニーから聞いているの」
「ええ、そうなの。大学がこっちだから。それと私も自立したかったし」
「大丈夫よ、皆本当にいい人なの。私は幸せものよ」
「ええ、クリスマス休暇にはトニーのところよ。だからママも里子ちゃんも来てね」
「里子ちゃん元気そうね。うれしいわ」
「えっ、好きな人って恋人」
「ええ、そうなのね。よかったわ。なにもしてあげられないけれど、幸せになってね。里子ちゃんの幸せが私の幸せなのよ」
電話を切ったあと、そのままソファで泣いているゆめを見て三人は驚いて理由を聞き安堵した。そして、ゆめはお母さんだと改めて思った。
土曜日にいつもの買い出しに四人で出かける。運転はジィムで、助手席に美貴、後ろに博樹とゆめが並んで座っている。
「ヒロ、古いものでいいからミシンを買っていい。それとカーテンにできる布のほしいの」
「僕はいいけれど、ジィム、予算あるかい」
「ああ、大丈夫だよ。出かけるまえにゆめに聞かれたんだけれど、一応、ヒロにも言っておいてって言ったんだ。なんてったって、君がボスなんだから」と笑顔で運転している。
「たしかにカーテンは古くなっているわね。ゆめはびっくりするかもしれないけれど、私が来てから一度も洗ったことないわ」
美貴の告白にゆめの大きな目が見開かれて、ひと呼吸後、笑いだした。
「私がいる意味があるみたいでうれしいわ」
ゆめはここにいても必要とされているようで安心した。
「そうだ。ゆめに家のことをしてもらうなら、収入を四等分にしようよ」と博樹が提案した。
「そうね、それがいいわね」と美貴が賛成した。
ジィムが「僕たちの生活費のことだけれど、ヒロが描いた絵をトニーが高く買ってくれるんだ。そのお金の三分の一が次の製作費で、三分の一が生活費、残りの三分の一を三人で等分に分けているんだ」と言う。
「あら、私が入ったら皆の取りぶんが減るから、私はいらないわよ」
「大丈夫だよ。トニーから多額の援助があるんだ。ゆめが心配することはないよ」と博樹が言ってくれるが、ゆめが困ったような顔をして「やっぱり私はトニーから独立できないんだわ」と言うので、「それは違うよ。ゆめはここで家政婦としての仕事をするんだから、立派に自立しているよ」とゆめの自立を認めてくれている。
「ほんとにそうよ」と美貴も同意見で、ジィムも「そうだよ、ゆめはもう僕たちの仲間だよ」と言ってくれた。
「ありがとう。私も皆のお仲間に入れてもらってうれしいわ。一生のお友達ね」と本当にうれしそうな顔になる。それを見て美貴もジィムもにこにこと笑っていた。博樹も笑顔だが、やはり友達以上の思いがあるので、ゆめに自分のほうを見てもらいたい気持ちが、どうすることもできないので淋しかった。
ミシンも布も一週間ぶんの食料も買いこんで、その日の夕食後、早くにゆめをお風呂に入れて、四人でくつろいでいるとき、ゆめが新しいカーテンの布を広げて楽しそうにしているので、「ゆめって、お裁縫も得意なのよね」美貴が感心している。
「ふふふ、お裁縫はプロですもの。作ってあげる子どもがいないのが残念だわ」
「ヒロのところに男子がいるわよ。ねえ、ヒロ。直樹くん、五才だった」と美貴が博樹に聞くと、「お誕生日が来たら六才かな」と答える。
「あら、ヒロは結婚していたの」
「ああ、そうだけど離婚調停中なんだ」と博樹は困ったような悲しそうな顔をしていた。
「皆幸せに暮らせたらいいのにね。なかなか自分の思いどおりにならないのよね」
遠い昔を思いかえして、ゆめも悲しそうな目になる。
「あらあら、ごめんなさい。ヒロとゆめを悲しませてしまったわね。これからの生活を考えましょう。私たち頑張っているんですもの。きっといいことあるわよ。神様はそんな不公平じゃないわよ」と美貴が慰める。
ジィムは内心、美貴が博樹に妻子がいることをゆめに知らせるために言ったのだとわかっているので、博樹に同情しなかった。




