博樹たちとの暮らしのはじまり
翌朝、鳥のさえずりで目が覚め、開けたままの窓のところへ行って、海を見た。自分の運命はいったいどうなるのかと思うが、「よし」と呟いて着替えると、階下の台所へ行き、冷蔵庫のなかの物で朝食を作り、各部屋を見て歩いた。
台所とドアで繋がっている居間があり、廊下を挟んで博樹の仕事部屋と隣が事務室になっていた。この二つの部屋も繋がっており、ドアがなかった。廊下の突き当たりにトイレとお風呂があった。二階の自分の部屋の他三つの部屋があり、やはり一階と同じ場所にトイレがあり、お風呂の場所はベランダになっていた。
ゆめはベランダに出てみた。海も見えるが、道路があり、向こうに林があって鳥の声が聞こえる。ゆめは毎朝鳥が起こしてくれるなんて楽しいと思って微笑んだ。
足音が聞こえたので振り返ると、博樹が「おはよう」と挨拶しながら出てきた。
「おはよう、空気が美味しいわ」
「うん、僕もそう思うよ。それにしても、ゆめは早起きなんだね」
「睡眠がたりないときは、お昼寝してしまうの。いいかしら」
「もちろん。今日からここがゆめの家だから好きにしていいんだよ」
「ありがとう」
ゆめは博樹と一緒だと穏やかな気持ちでいられた。
「朝食ができているんだけど、ジィムと美貴ちゃんはまだ寝ているのかしら」
「まだみたいだけれど、起こしたほうがいいかな」
「そうね、早起きは体にいいけれど、今日は寝かせてあげましょう」
と母親のような口調だったので、博樹がにこっと笑うので、ゆめもつられて笑う。
二人で食べていると、ジィムと美貴が眠たそうな目をして起きてきた。朝食を見るなりうれしそうにテーブルに着いて、またたくまに完食してしまった。
「家で食べる朝食が美味しかったのは、はじめてじゃないかな」とジィム。
「そうねトニーの家と同じ味がするわ。ゆめはお料理も上手なのね」と美貴も褒めそやす。
ゆめはトニーと聞いて、胸がチクッとしたが、なにもなかったように、
「ありがとう」
と微笑んでいる。
食後、流しまわりと食器戸棚の掃除をして、床の掃除をするため、まえもって聞いていた廊下にある道具入れの戸を開けたとたん、ほうきやモップ類がゆめのうえに倒れてきた。ゆめの悲鳴で三人が部屋から飛びだしてきた。ジィムが道具類をのけてくれて、博樹が助け起こしてくれ、美貴も頭の塵を払ってくれる。
「大丈夫、私たちあまり片づけが得意ではないから」と美貴が心配してくれ、ジィムと博樹も申しわけなさそうな顔をしている。
「大丈夫よ、まずはじめに道具入れの掃除をしたほうがいいわね。それから洗濯物がなかったのだけれど、どこにあるの」
「洗濯は各自、お風呂に入ったときや、土曜日にしたりするの」と美貴。
「これからは私がまとめて洗うわ。そのほうがお水や電気代の節約になるわ」
博樹とジィムが目を見あわせて困っている。
「どうかしたの?」とゆめ。
「ふふふ……二人とも、自分の下着をゆめに洗わせるのは気が引けるのよ」
「どうして。家族の洗濯をするのですもの。遠慮しないで」
ゆめがニコニコと言うので、これからはゆめが洗濯をすることになった。
昼食も手早く用意して、夕方には家のなかが見違えるようにきれいになっていた。
夕食後の片づけは四人でしたので、すぐに終わり、そのあとは居間でくつろいだ。
「ねえ、明日はお庭の草取りをしたいのだけど、一人ではむりそうなので手伝ってくれる」
「もちろん、僕たちも手伝うよ。今日は本当にお疲れ様でした。家のなかが明るくなったよ」と博樹。
美貴も「きれいなところにいると落ち着くのね」と言っている。
「部屋もきれいになって、食事もおいしかったよ。ゆめに来てもらって、本当にうれしいよ」とジィム。
「喜んでもらえて、私もうれしいわ。あのね、私、少し眠くなったのでお風呂に入っていいかしら」
「そうだね。ゆめは寝るのが早かったから、お風呂に入って早く寝るといいよ」
と博樹が言ってくれた。
ゆめがお風呂に入って、皆は自分の好きな本や新聞を読んでいたが「ねえ、ゆめ遅くない」と美貴が心配そうに聞くので、「一度、声を掛けてみたらいいんじゃない」とジィムが答える。
美貴がバスルームに見にいってすぐに「博樹、ジィム、早く来て」と大声で呼ばれた。
二人は駆けだしてバスタブのなかのゆめを見てびっくりした。バスタブのなかでお湯に浸かったまま眠っていたから。
「お湯を抜かないとね」
博樹の言葉に、美貴がバスタブに手を入れて栓を抜く。お湯がなくなったら、ジィムが持ってきたバスタオルを敷いた居間のソファの上に寝かせる。
「眠っているだけでよかった」
博樹は心底安心した。
「なにかあったらトニーに殺されかねないもんな」とジィムもほっとしている。
「それはそうと二人とも向こうへ行ってくれない」と美貴がゆめの体に新しいバスタオルを広げて、手足、髪の毛を拭いている。
「ああ、そうだね」とジィムが博樹を促して、台所へ移動する。
テーブルに向きあって座ると「僕はずっとゆめを見ていたかった」と博樹がとんでもないことを言いだすので、「僕はたまに君がわからなくなるよ。あんなに女性を避けていたのに。それもヌードのゆめをみたいなんて。トニーが知ったら、援助してくれなくなるよ」
呆れ顔のジィムが言うと、
「ほかの女性は嫌だけど、ゆめは描きたい女性なんだ。あんなにきれいな裸婦は一生に一度見れるかどうかだと思うんだ。僕は運がいいよ。ゆめに出会えたんだもの」と答えている。
「ヒロ、いいかい。僕たち二人がゆめのヌードを見たことは秘密だよ。ゆめだって嫌だろうからね」と諭すように言うと、「そうだね」と返事があったが、ジィムは内心、心配していた。
博樹は浮世離れしたところがあって、マイペースで生きているからだ。




