トニーとジェニーの関係
そして夏休みに入り、博樹たちがやってきて、ゆめと四人で休暇を満喫していた。
トニーとジェニーは仕事が忙しいのか帰宅が遅くなる日が多くなった。そんな日々の昼食時にトニーがジェニーを連れて、海岸近くのレストランへ行った。
「まあ、素敵なレストランね。窓から海が見えるわ」
「ここのところ忙しくて君に無理させていたからね。仕事も一息ついたから、僕たちも美味しいものを食べて、英気を養おう」
食後、トニーはジェニーを海に面した庭へ誘い、木陰のベンチに腰掛けて、風に吹かれながら、ぽつりと話しだす。
「ジェニー、君にお願いがあるんだけれど」
「はい、なんでしょう」
「いまから僕の話すことを断らないでほしいんだ」
「いままで社長、いえ、トニーの言われることで断ったことは一度もなかったと思います。どうぞおっしゃってください」
「よかった。それでは指輪を買いに行こう。ドレスはダニーに急がせるから、結婚式は二週間後にしよう」
「えっ……?」
ジェニーはわけがわからず、
「あの……だれの結婚式ですか?」
「僕たちの結婚式だよ。旅行はヨーロッパがいいんだけど、仕事の都合もあるので、ハワイでいいかな」
「こんな大事なこと、勝手に決めないでください。第一、私、プロポーズもされていないし、お返事もしていません」
ジェニーは困った顔になって怒っている。
トニーは優しくジェニーを抱きしめて、
「僕の妻になってほしい。一生、君と一緒にいたい。僕は長いあいだ理想の女性を探していたけれど、そんな女性はいないんだと思いはじめていたんだ。でもね、君という女性を知れば知るほど僕に必要な女性だとわかったんだ」
「あの……私を愛しているのですか」
「もちろん、そのうえでの話だよ。それに君ならゆめのよいお母さんだしね」
「私がトニー・ブライスの妻に……ゆめの母親に……私でよければ喜んでお受けいたします」
ジェニーは夢見心地で返事をした。トニーはジェニーに口付けをして、安堵していた。
その日の夕食後にトニーから二人の婚約が発表された。皆に驚かれたあと、祝福の嵐になった。ゆめもうれしそうに二人に飛びついて、その頬にキスをした。
二週間は瞬く間に過ぎて、ドレスも間にあい、結婚式は邸の裏のチャペルで取り行われた。
出席者はゆめと博樹たち三人とジェニーの両親に弟夫婦だった。ジェニーの父と弟夫婦の三人は高校と小学校の教師だった。ジェニーの性格を知っていれば、なるほどなとその家庭環境を思い描けた。ゆめは章子の両親が教師だったこともあって、なおさらジェニーが好きになった。
そして二人はハワイへ新婚旅行へ旅立った。
慌ただしさから静かな時間が戻ってきた。夕方の陽のなかを博樹は池のほとりでゆめを見つけて近づいていき、声をかけた。返事がない。おやっと思って草のうえに座っているゆめの横に座って驚いた。ゆめが静かに泣いている。涙が大きな目から頬を伝わっている。博樹はなにも言わずにハンカチをゆめに渡してしばらく一緒に座っていた。
ゆめの涙が止まったころに「皆が心配するから帰ろうか」とゆめの手を取って立たせて、その背にそっと手を当てて歩きはじめる。ゆめはおとなしく博樹と歩きはじめて、彼のシャツのはしを握りしめると、なんだか安心した。邸のドアの前で「ありがとう」と言って、なかに入って、ゆめはいつものゆめになった。