トニーからそそがれる愛情
初夏の風がブライス家の木々を揺らし、咲きみだれるバラの香りを運んでくる。
トニーとジェニーは仕事が忙しく、博樹たちもまだ遊びにこないし、学校がお休みのゆめは馬のディジーと遊んだり、キッチンでシェフのお手伝いか邪魔をしていた。メルも忙しそうなので、一人で本を読んだり、ピアノを弾いたりしていた。ところがメルがお昼の食事に呼びにいくと、どこにもいなくて、大騒ぎになった。すぐにトニーに連絡が入り、トニーとジェニーがすぐに帰宅して、もう一度捜索されたが見つからなかった。
メルが青い顔をして「旦那様、警察に電話したほうがよろしいようですね」と言うと、トニーが「メル、ちょっと待って。昔、僕もいなくなって大騒ぎになったことがあったよね。そうだ……あそこだよ」と言うと、駆けていった。皆呆気に取られている。
そしてトニーのあとを追うと、トニーは邸の裏手の木々を見てまわっていて、急に「アラン、梯子を持ってきて」と言って、アランが押さえている梯子を登ると、ゆめを背負って降りてきた。「低い木でよかったよ」と笑っている。
古い木は枝分かれが多くて、ちょうどその真んなかにゆめがすっぽり入って眠っていた。メルも思いだしたようで「そうですね、トニー様も昔同じことをされましたね。親子で同じことをするなんて……でも、見つかって本当によかった」と涙ぐんでいる。
そろそろおやつの時刻になるころにゆめは目が覚めて、自分が居間のソファに寝ているのに気づいた。
「目が覚めたかい」とトニーの声がする。
横を向くと別のソファに座ってパソコンを見ている。ジェニーは向かい側の椅子に座って、テーブルの上のパソコンを操作しながら、イヤホンと襟元につけたマイクで話をしている。二人とも仕事をしていた。
「どうして二人とも家にいてお仕事しているの」
「君がかわいいからだよ」とトニーが優しく微笑む。
ジェニーは「それじゃ、また明日ね」と仕事を終えて、「ゆめ、お腹空いたでしょ。食堂に行きましょ」と手を繋いで起こしてくれて、二人で食堂へ移動する。
お昼を食べながら、木のうえで本を読んでいたことを思いだした。
「ジェニー、私、木のうえで本を読んでいて、眠くなって……私、眠ってしまったと思うの」
ジェニーは微笑みながら「トニーが背負って降ろしてくれたのよ」
それを聞くなり、ゆめは駆けていって、ソファに座っているトニーに飛びついた。
「トニーごめんなさい。もう木登りはしないわ」
ゆめは自分の不注意で迷惑をかけたことを悔やんでいた。
「大丈夫だよ。ゆめはいまのままでいいからね。ただ怪我をしないように気をつけるんだよ」
ゆめを優しく抱きしめて、彼女の頭に軽くキスする。
あらためて、ゆめはトニーの愛情を感じて、彼の存在が自分にとっていかに大切なのかを知った。