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ゆめの時間  作者: 秋山章子
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ディジーとの出会い

 クリスマスも過ぎ新年になると、博樹たち三人は帰っていき、トニーとジェニーも通常の仕事に戻った。

 出勤したジェニーを見た人は彼女だとわからず、社長が新しい秘書を雇ったのだと思った。ジェニーが後輩の秘書の女性たちに朝の挨拶をしたときに、その声でジェニーだとわかったようである。会社の多くの人たちはジェニーと社長のあいだになにかあったのではないかと疑っていた。社長が秘書に手を出したか、秘書がその美貌で誘惑したのかと。その後、社長の邸宅に同居して娘の世話もしていることがわかり、ゆめの母親ではないかと疑われている。

 ゆめは一日、本を読んだり、広い庭を探検して遊んだ。

 邸の裏手の木々の奥に小さな池があり、その日は馬が水を飲んでいた。

 ゆめは恐々近づいて「あなたはどこの子」と話しかけてみる。まだ大人になりきっていない若い馬だったが、ゆめにはわからない。ただ毛並みのきれいな馬だなと思った。

 そこへトニーぐらいの年の男性が走ってきて、「また勝手に散歩して、ほら、帰るよ」と馬の首を撫でている。そして「ゆめ様ですね。トニー様から、お話は聞いています。馬ははじめてですか。触ってみますか」と聞いてくれる。

 ゆめが「ええ」とうなずいたので「この子はまだ子どもでおとなしいから、どうぞ」と言ってくれるので、ゆめはそっと触れてみる。思ったよりもたてがみは硬かった。ゆめがにこっとしたので、「私はジョシュアといいます。あそこに見える馬屋で働いていますから、いつでも馬を見にきてください」と言って、馬を連れて帰っていった。

 その日の夕食のときに、ゆめが馬に会って触ったことをトニーとジェニーに楽しそうに話した。「それはよかった。ゆめは馬が好きかい」とトニーが聞くので「ええ、ちょっと恐いけれどかわいかったわ。また会いたいな」と言うので、「土曜日に一緒に会いにいこう」と約束してくれた。

 土曜日は朝早くから馬屋に行きたくて、ゆめは興奮気味だった。

 朝食後に、トニーが「ゆめ、馬を見にいくから、ズボンを履いておいて」と言うので「はーい」と返事と共に自室へ駆けていった。

 するとジェニーが「トニー、まさかゆめを馬に乗せるつもりなの」と聞く。

「まだわからないよ。大丈夫そうだったら乗馬させても良いかな、と思っているけれどね」

「そんな……だめよ」

 困った顔のジェニーが必死に止める。ゆめが怪我をするのではないかと心配でたまらないのだ。

「そんなに心配ならジェニーも来るといいよ」と、トニーはいたって平気にしている。

 馬の名前はディジーといった。ゆめはディジーに乗って、手綱はジョシュアが引いてくれている。トニーは自分の愛馬に跨って、ゆめの隣をゆっくり進む。ジェニーは木陰のベンチで三人を見ながら、少し安心した。

 慣れてくると自分で手綱を持って歩いてまわり、徐々に速くなっていく。お昼になるとふつうに乗馬ができていた。

 それからはディジーに会いたくなると、遠乗りを楽しんだ。

 戸外で遊ぶときに木登りもできるようになったり、図書室で本や新聞を読んで過ごした。新聞は知らないアメリカのことを教えてくれる。わからないところに赤線を引いておき、夜にトニーに聞くことが日課になった。

 それからしばらくして「ゆめ、家庭教師に来てもらおうと思うんだが、どう思う」と聞かれた。

「家庭教師って、私の?」とびっくりする。

「そうだよ、君は勉強熱心だから先生からたくさん学べるよ」とにこにこしている。

 そして、家庭教師とピアノの先生が来るようになり、ゆめの朝の時間は忙しくなった。それはゆめにとって充実した日々だった。

 トニーの母校の元教授はゆめの学力の高さに驚いていた。ゆめにしたら忘れていることもあるが、その昔に勉強したことであった。

 そんなことは知らない老紳士はトニーに、

「君の娘さんはとても優秀だよ。ただ小さな子どもでも知っていることを知らなかったりするんだ。君が僕に電話をくれたときに言っていた、最近まで病院にいたことと関係しているんではないかな」

「そうかもしれません。基礎的なことは僕が教えたのですが、それ以上は時間がなくて……」

 トニーは冷や汗をかきながら恩師にまたも作り話をするはめになった。

「いやいや大丈夫だよ。それで一つ提案なんだが。ゆめを高校に行かせたらいいんじゃないかな。同じ年の子どもと話したり遊んだりすることは大事だと思うんだ。ゆめと話しあってみてはどうかな」

 家庭教師は忙しいトニーのために、わざわざ会社まで訪ねてきて話しをした。

「ありがとうございます。そうしてみます」

 その日の夕食後、トニーの話にゆめは戸惑っている。

「ゆめ、君の好きにしていいんだよ」とトニーはゆめの気持ちを尊重してくれる。

「私……私……行きたい気持ちもあるけれど恐いわ」

「恐い?」

 トニーが聞きかえしてくる。

「あの……トニーは私のことをよく知っているわ。そのうえで私を受け入れてくれた。ここにいるかぎり私は幸せに暮らせるわ。ここから一歩外に出ると魔法が解けるんじゃないかと思えて」

 はじめきょとんとしていたトニーが笑顔でゆめを引き寄せて抱きしめる。

「大丈夫だよ。なにがあっても君は僕の娘で、僕が守るよ」

「ありがとう。私、高校に行ってみます。トニー・ブライスの娘ですもの。頑張るわ」

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