トニー邸での生活のはじまり
ゆめの部屋は少女の夢が詰まったような美しくかわいい部屋だった。
十二月の寒い日に、ゆめはこれから自宅となるトニーの邸にやってきた。
「おかえりなさいませ」
と全使用人が出迎えた。
トニーの母のエミリーを知る古い使用人たちは驚きと同時に納得した。特にメルはうれしくてたまらない顔になり「ゆめ様のお部屋はこちらです。わたくし、メルがご案内いたします」と先立って、二階の部屋に導いた。
「着替えはクローゼットに用意してあります。まだ、あとからダニエルが送ってきますから」
「ダニエルって?」
「フランス人のデザイナーです。トニー様が援助なさって、いまや売れっ子のデザイナーなんですよ」
ゆめはうなずくが、驚きの連続だった。
「ゆめ様、洗面所はこちらです」
と、窓と反対側のドアを開けて、洗面所のなかにまたドアが二つあり、トイレとお風呂になっている。
一通り案内され、クローゼットを見て唖然とした。コートからワンピース、スーツ、スカート、ブラウス、セーター、マフラー、スカート、手袋、帽子、バック、靴といったい何人分なんだろうと思う数だった。
メルが「お着替えなさるなら、お手伝いいたしましょうか」と尋ねるが、「あっ……大丈夫よ、自分でします」と言うと「ご用がありましたら、いつでもお呼びください」と部屋から下がっていった。
ゆめは一人になるとソファーに座って部屋を見まわした。
「お姫様の部屋みたい」と独り言。
自分はいったい何者なんだろう。これからどうなるんだろうと思わずにいられない。このまま逃げ出したい気持ちになったとき、ドアをノックする音に「はい」と返事する。
「入るわよ」
と美貴が入ってきて「元気そうでよかった」とゆめの隣に座る。
「びっくりした? ふふふ、クリスマス休暇と夏休みはトニーのところで過ごすのよ。一緒に楽しみましょうね」
「ほんと。うれしい」と、ゆめは笑顔で元気になる。
「山本さんとジィムも一緒なの?」
「もちろんよ」
喜びが倍増する。
すぐに階下へ降りていくと、博樹とジィムはトニーと談笑していた。
「こんにちは」と挨拶すると、「やあ、元気そうだね」と博樹。「元気でなにより」とジィムもニコニコ顔で挨拶する。
その日の夕食は賑やかで楽しいものになった。
食後は居間でそれぞれくつろいでいた。トニーは経済新聞を読んでいて、博樹は美術関係の本で、ジィムは小説を読んでいた。ゆめと美貴とジェニーはファッション誌を三人で見ながら、クリスマスパーティのドレスの話に余念がなかった。
「いつも行くお店で買うつもりよ」と美貴。
「私はパーティようのドレスなんてはじめてよ」と、ゆめはわからない顔をするが「大丈夫よ、ダニエルがゆめにピッタリのを送ってくるわ」と答える。
「希望があったら連絡しますから言ってね」
とジェニーが言ってくれる。
「なにもわからないから、ダニエルにおまかせするわ」とゆめは笑顔になる。
しばらくしてダニエルから送られてきた大きな箱が三つ。
ゆめが自室で開けると、コートやワンピースにスカートとセーター、それに小物類と、すでにいっぱいになっているクローゼットのなかと両方を見て溜息をついた。
毎日ちがう服を着ると、メルは「よくお似合いです」と微笑んでくれるし、トニーは「きれいだよ」とハグして頭にキスをしてくれた。ジェニーは「その服には、このバッグがあうわ」とか「このドレスには髪型はこうね」と少し長くなってきた髪の毛を結んで、リボンか髪留めをつけてくれる。
ゆめはジェニーのマンションで暮らしていたときのことを思いだす。あのときもジェニーに髪を結んでもらっていた。
「ねえ、ジェニーはどうしてもいつも髪をお団子にしているの? 眼鏡をコンタクトにして、髪をファッとさせたら似合っているし、ジェニーは美人なんだからもったいないわ」と、夜、シャワーを浴びたジェニーに言っていた。「ふふふ、私はこれでいいのよ」といつも微笑んでいた。
ジェニーは企業家としてのトニーは尊敬していたが、プレイボーイという悪評もあるので目立たないように地味な姿をしていたのだ。
まるで母親のようにゆめの面倒を見た。ゆめもトニーやジェニーと一緒にいると愛情を感じて、満ちたりた気持ちになった。母と里子を思わない日はなかったが、いまの生活の居心地のよさに慣れていった。