二人の出会い
百貨店の催事場はどこもあまり変わらないが、自国でのはじめての個展なので、博樹はうれしかった。
入口のところに、作者紹介のポスターが貼ってある。
山本 博樹
作者紹介 東京都出身。
東京芸術大学在学中に国際芸術祭展に入賞し、卒業後に渡米する。
正確なデッサン力、色の濃淡を使いわけて表現する風景画が広く評判を博す。
ポスターを一通り見てなかに入り、デッサン画、水彩画、油絵と見ていく。
自身が居住している「海の見える家」のところで足を止めた。
絵を見ている少女から目が離せない。言葉が出てこない。
長い時間に感じたが、ほんの数分のこと。
彼女が行こうとしたので、慌てて英語で、
「あっ……あの、ちょっといいですか」
びくっとした彼女が怖がっている様子なので、
「あっ……消して怪しい者ではありません」
あたふたとしていると、日本語で「ヒロ、なにかあったの」「どうしたの、章子ちゃん」と、それぞれの連れが近づいてくる。
章子ちゃんと呼ばれた少女が、あとから来た少女の手を掴んで逃げようとしたとき、ヒロという男の横の女性が、
「待って! 私たち、怖くないから」
と少女たちを止めてくれる。
二人は恐るおそる女性を見る。
女性は、にこっとして「日本語でいいみたいね」と言って、
「ヒロは画家で、この個展の作者なの。私は鈴木美貴。彼のマネージャーよ」
「僕はジェームス・スチュアート。彼の顧問弁護士なんだ。ジィムって呼んで」
女性のあとから来た外国人の男性が英語で挨拶した。それを美貴が日本語で伝える。
「ここでは話しにくいから、事務所に来てもらっていいですか」
博樹の言葉で場所を移す。
事務所の応接室が、彼らの休憩室になっている。
向かいあったソファーに博樹と美貴、二人の少女が座る。
ジィムは横の一人掛けソファーの肘掛けに座る。
博樹が二人に尋ねる。
「名前を聞いてもいいですか」
少女たちが顔を見あわせて「秋山です」と章子がこたえる。
「下の名前もいいですか」と博樹。
「章子です」
博樹がうなずいて、隣の少女を見る。
「里子です」と小さな声でこたえる。
「ご姉妹ですね。よく似ている。お名前からすると、お父様が日本のかたですね」
と博樹が聞いてくる。
二人とも曖昧に笑っていて、「お話しって、なにですか?」と章子。
「僕は風景画を得意とするんだけれど、章子ちゃんを見て、描きたいと思ったんです。モデルになってくれませんか。モデル料もお支払いしますし。章子ちゃんの希望があれば言ってください」
一所懸命に博樹が話すので、「あの少し考えていいですか。それに親が心配するので、私たち、もう帰らないといけないので……」と章子が腰を浮かせて、里子の腕をつかむ。
「あっ……これ、僕の名刺です。携帯へ電話してもらったら助かります」
ジィムがタバコに火をつけようとライターをカチカチいわせるが、つかないので諦めて、ポケットに入れる。
「私が駅まで送っていくわ」と美貴も立ち上がる。
「車なので大丈夫です」
里子が言うが、
「じゃあ駐車場まで。さあ行きましょう」と美貴がうながす。
章子と里子が、博樹とジィムに会釈して、美貴と三人で出ていく。
ジィムがポケットからライターを出して、博樹にウィンクする。それは小型のカメラになっていて、いつも博樹が描こうとする物体や場所を写していた。
スケッチと写真を参考にして、キャンバスに向かうスタイルなのだ。
しばらくして美貴が戻ってきて「神戸ナンバーのミニだったわよ」と笑顔でいう。
「どうしたんだい、二人とも積極的だね」
博樹が怪訝な顔で首をかしげる。
「ヒロが女の子に話しかけるなんてめずらしいから協力しているのよ」
と美貴。
「章子を描きたいんだろう。君が人物画を描くことには賛成だよ。ファン層も広がるだろうし。絵の売れゆきもいいだろうしね」
ジィムが真顔で言う。
「絵はトニーが売ってくれるから、あまり関係ないよ」
博樹は売れゆきにはあまり興味がなさそうだ。
「ねえ、どうして里子ではなく章子なの? 二人ともよく似ているし、声だってそっくりじゃない」
美貴が聞いてくる。
「はじめに章子を見たからじゃないのかな?」
ジィムが代わりにこたえる。
博樹が頭を振って、
「僕は章子ちゃんを描きたいんだ。ただそれだけだよ」
いつもどおり真面目な顔で言う。
「本当に電話してくるかな」
「電話はしてくると思うけれど、OKとはかぎらないわよ」
「アメリカにも、あんな美人はハリウッドに行かないといないよな」
「私ね、彼女を見ていると違和感があるんだけれど……どうしてかしら。あきらかに里子ちゃんが姉で章子ちゃんが妹よね。里子ちゃんは大学生かな、章子ちゃんは高校生でしょうね。でも話してみると章子ちゃんのほうが大人っぽいのよね。人それぞれで、いくら姉妹といっても、大人っぽい子もいれば、子どもっぽい子もいるから、いちがいにこうだと言えないのよね」
ジィムと美貴が二人の少女の話をしている横で、博樹は章子を思いだしていた。
外国の血が入っているわりには小柄で、肩につかないぐらいに切りそろえているが、茶色の髪の毛先は勝手気ままに跳ねている。今年は十月のわりに寒くなるのが早いのか、花柄のワンピースにカーディガン姿は可憐で、西洋人形のようだった。里子のほうが少し背が高く、長い髪が背中の真んなかあたりまで延ばしている。章子はまんま外国人だが、里子はハーフなのかな外国の人かなとわかりづらい。髪の色が章子より黒っぽいせいかもと思ってしまう。
章子の姿が胸のなかに居座って広がっていく。
自分でもどうしたのかわからない。一目惚れという言葉が頭に浮かぶ。三十男がなにを考えているんだと自分のことを笑う。