6話 それからの日々
「つまり、ナバルビ女神様のお嬢様をお守りすればいいということですね」
それは俺の決意の日から三日後に、森の木々の新芽を観察していたときに受け取った啓示だった。といっても、俺に植物鑑賞の趣味があるわけではなく、女神様から啓示を受け取るために監察していただけである。どうもあんな分かりやすくペンダントなどに啓示をくださるのは一回のみだったようで、それからは鳥の群れの動きや星の配置、植物の芽吹きなんかに啓示をしてくれるようになった。
そこから読み取れる情報をまとめると、ナバルビ女神が俺を呼び寄せた理由は、娘さんの政争の手助けをしてほしいからという理由だったようだ。準備ができたら娘さん……ナナヤ女神というらしいが、彼女の神殿に向かえばいいそうだ。
「かしこまりました。惚れた女性の娘さんを守れるなんて男冥利に尽きますよ。けど、うちのモンスターがもう少し成長するまで待っていてください。このままじゃ、何のお役にもたてないと思うので」
そういうと、それから啓示は来ないようになった。普段の何気ないことも知らせたりしてくれてもいいんだけど、やっぱり女神様ともなると、忙しいのだろう。
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それからの毎日は、モンスター達とかけがえのない日常を過ごした。といっても、半分くらいの時間は森で死体漁りをしていたが。
自分で戦闘しなかった理由は、やはりモンスターとはいえ生き物殺してまわることはしたくなかったからだ。
けれど、俺は彼女達の一生を背負うことに決めたのだし、既にあの魔牛を殺してしまっている。だから、俺は幾つかのルールを定めて戦闘を制限することにした。
・ダンジョンに攻めてきた生物であれば殺してもよい。これは自己防衛のためである。
・自分を捕縛しようとしてくる生物は殺してもよい。ダンジョンのモンスターがリポップするためには死ぬ必要があるため、それを妨げるために何かしてくる敵に対しては、自己防衛として反撃をしてもよいことにした。
・他の生物を助けるためであれば、敵を殺してもよい。今はダンジョンの仲間たちしかいないからみんなリポップできるが、ダンジョン外に味方ができた場合はその人を守る必要がある。だから攻撃することを許可した。
・お互いに合意がある場合。うちのダンジョンは後腐れがなければ決闘も歓迎である。
これらのルールは、徹底してモンスター達に教えこんだ。もちろんそれは俺の前世日本での経験が殺しを許容しないというのもあったが、一番大きな理由は、将来今より知力が上がったときに殺しに対して忌避感を負うモンスターがいるかもしれないからだ。そういった場合に備えて、知力のパラメーターが低いうちは他者の命に必要以上に責任を負わないように生きていってほしかった。
特に俺は人間だが、彼女達はモンスター同士になる。そんなことを命令したくはなかった。
それと、彼女達に対するモンスター強化は全員が平等に知力を重点的に伸ばしており、その知力が俺を上回ったら、自分でルールを作ってもいいと言ってある。地球でいう成人だな。ずっと知力を伸ばして、俺のCという知力ステータスを超えたら、ダンジョンに居残るのも出ていくのも、契約を切るのも自由にしていいということにした。もちろん、できれば残ってほしいが。
そういうわけもあって、モンスター達には制限のある暮らしをさせてしまったし、襲われても反撃するななんて最低の指令もしてしまっている。けれど、彼女達は健気にそのルールを守って頑張っていてくれたので、俺も何度森で殺されたって、頑張ることができた。
それと、モンスター強化とダンジョンマスター強化を駆使して、この星(地球に該当する単語はエティナらしいので、エティナと呼ぶ)の主流の言語を習得した。地球でいうところの英語だろうか。
そのため、なんと彼女達に俺の言葉が通じるのだ。その感動がどれほどのものか。モンスター達は口のない子も多いので誰も喋れないのだが、肯定否定の表現や、喜怒哀楽であれば問題なく伝えることができた。
するとそれぞれの個性もだいたい分かるようになってきた。
例えば、一番最初に召喚した不死族のクロウリーハンドであるヘーゼルは怠惰な性格をしている。
「おーい。ヘーゼル。ダンジョン開放の時間だけど、行かなくていいのか」
基本的に規則正しい生活をしてほしいので、午前の時間は勉強……戦闘以外のことを教えて、午後はダンジョン開放して外で素材漁り、夜は自由時間にしてある。眠らないモンスターもいるので、就寝時間にはしなかった。
みんなは外に出るのが好きだから、開放の時間になるとさっさと出ていくのだが、ヘーゼルだけなかなか出ていこうとしなかった。内部には一応見張り用の罠が設置してあるので、居座る必要はないのだが、どうやら外に出るのが面倒くさいようだった。
ヘーゼルは器用に指先を動かして、疲れた感じを表現した。グターッとして動こうとしない。
「外に出ないとランクアップできないぞー」
そういうと、ヘーゼルは嫌々とでもいうように、ゴロゴロと床を転がった。ヘーゼルがあまりにも動かないせいもあって、13人のなかで一番絡みが多いのもこのヘーゼルである。
「かわいいなぁ。ヘーゼルは。こんな可愛かったら自分で動く必要ないもんなー。でもさ、ヘーゼルはかわいい装備集めるの好きだろ?」
以前DPをそれなりに消費して全員の好みを確かめたことがあったのだが、彼女はゴシックロリータ系の装備品や家具が好きなようだった。
「今は確かに苦労して得たDPを引き換えに手に入れるしかないかもしれないけど、今のうちに頑張ってランクをあげると、将来はここに居ながらだって何でも手に入るようになるんだぞ」
今は手だけだからその魅力に気づいているのは俺しかいないが、いずれ成長すれば、彼女の美貌に気づき誰もが貢物をしてくれるようになるに違いない。
そういってヘーゼルを撫でると、賢い彼女は渋々外に出ていくのだった。
そんな彼女は数日後に、Fランクにランクアップした。実は契約のこと調べる際にどうすればランクアップをするかは調べてしまっていたのだが、ランクアップした結果はモンスターの性格や育成方針によって変わるらしくどうなるかは分からなかった。
ヘーゼルはモンスター強化によるステータス強化を六回した後にランクアップが可能となった。
Fランクになったヘーゼルはチョンチョンというモンスターになり、飛び回る女性の生首となった。その首からは臓器がぶら下がっており、器用に臓器を操作することで本体が動くことなく日々の用事をこなしていた。生首はゾンビのようなドロドロの顔をしていたせいで、またもや会話ができなかったことは残念だが。
まさか俺のランクアップすれば手間がなくなるという言葉を受けてそんな予想外な方向に進むとは思わず、その発想に感心するとともに、彼女達の無限の可能性に感動したのだった。
他にもこんなことがあった。
植物族のローザローザ・ヴィンシーは、ヴェノムヴァインという種類のGランクのモンスターで、棘のある蔦の形をしている。
知力を上げてから、彼女はずっと俺の周囲に近づこうとしなかった。
最初は恥ずがしがり屋なのかなと思って馴染んでくれるまで待とうと思っていたのだが、何故かずっと俺のいる部屋の隅でうろちょろしているのだ。だからといって声をかけてみると、ピューっと逃げていってしまう。そこで俺は、ようやくピンときた。
「ローザローザ。大丈夫だぞ。愛があれば毒なんて気にならない」
そう彼女は、自分が持つ毒のことを気にしていたのだ。
俺は、ローザローザを抱きしめた。確かに棘が刺さり、身体が冷えていく感覚があった。しかし今の俺は不死身である。毒の持つ少女と、不死身の男。一本映画が取れそうなほどぴったりな出会いじゃないか。
「いいか。ローザローザ。確かにお前には毒がある。だけどな、俺はお前のマスターだ。命を落とす辛さよりも、側にいられることの嬉しさがずっと勝ってるぞ」
それからは、ローザローザは一番の甘えん坊さんになった。それからキル率もぐんぐん上がって、最終的には侵入者のモンスターよりもローザローザに殺される回数の方がずっと多くなった。
そんな彼女は、進化するとより毒が増して、代わりに赤黒い薔薇が咲いた。それを見て、俺はその薔薇の美しさに涙したのだった。
それと、もちろん上手くいくことばかりではなく、ダンジョンに攻められることも多々あった。
そういう時に活躍してくれたのはサリュだった。サリュは獣族のラットというGランクのモンスターであったのだが、よく相手の動きを読んで立ち回りで敵を制することがあった。最初、それは獣族の特徴だと思っていたのだが、どうやらそうではないようだった。
彼女は、普段ダンジョンを開放した際、近場のモンスターの捕食や戦闘をつぶさに観察して、その弱点を分析していたのだ。
当然褒めまくって、美味しい料理を幾つも用意した。
こんな風に、長く過ごすうちにそれぞれの個性が明確に理解できるようになり、最終的には戦闘が趣味になり模擬戦を繰り返す戦闘組、傍で俺の活動を助けることが趣味となったお世話組、勉強が好きな勉強組、俺が教えた絵や文学に興味を持ち、のめり込んでいる芸術組、ダンジョンの強化に価値を見出し、ダンジョンをいつも見て回っているダンジョン組の5組に分かれるようになった。
といってもそれぞれ仲が悪いわけではなく、お互い交流はするし、ご飯は毎日一緒に食べた。全員に個室を用意したのだが、お互いの部屋を行き来することもあるようだ。
そんな日々の一番の楽しみはやはり、モンスター強化やランクアップだった。13人で毎日、地道に落ちた素材を拾っていれば、年間徴収される500DPを差し引いても余りが出たから、それを使ってモンスター達を強化することができた。
その強化の度に行ったお祝いの会が、生活にメリハリを与えてくれ、新たな発見だらけの毎日だった。今は皆、それぞれの身体の特徴を活かして色んなことを表現してくれており、絵の描けるアニマとは、ほぼ会話が可能な状況となったことも嬉しい。
ダンジョン組のクラリモンドとピルリパートのおかげで、ダンジョンがピラミッドの外周を下から辿るような一本道になったことで、森の獣に負けることもなくなった。
そうして、気づけば10年が経ち、部下のモンスター達があの魔牛を一対一で倒せるまでに成長してくれたのだが、人里に降りることも、大規模なモンスター狩りをすることもなく、俺達は力を蓄え続けたのだった。