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53話 ナディナレズレの巨塔 その1

「どこへ行っていた?」


 リュウジョウ様が私に尋ねてきました。てんでバラバラな時代の建築技術を何のこだわりもなく積み上げたような書庫。それが見慣れたナディナレズレの巨塔最上階のコアルームの風景でした。


「勝手ながら前回のダンジョン攻略(アタック)について調べておりました」


 私は神妙な顔でぴくりともせぬまま答えます。それはもちろん嘘だったのですが、そのダンジョン攻略を失敗に導いた人達と知り合いであるという点では調べるよりよい情報を得ていると言っていいでしょう。


「ほう」


「中止になった原因は腹痛(はらいた)だそうですよ。ウチのダンジョンに毒ガスを撒いてくれた方がいたそうで。けれど、死人はいないそうです」


 今だにあの人の命をなんとも思っていないローザローザさんがナディナレズレでただの一人も死人を出していないということが信じられません。それどころか、話題のハンターとして注目を浴びているだなんて。


 しかし、彼の返事は意外なものでした。


「……最近よく楽しそうにしてるな。あいつも、そんな顔をしてよく笑った」


 私はローザローザさんのことを思い出して、自分でも気が付かないうちに思わず笑みが漏れてしまっていたようでした。リュウジョウ様に笑顔を見せるのも久々でしたから、驚いた彼の瞼は、ほんの少しだけ普段より上がっていました。


「……申し訳ございません。自分では思いもよらないツボもあるものですね」


「情報収集もいいが、ダンジョン攻略が前回のもので終わるとも限らない。お前はここに残れ」


 しかし世間話はそこで打ち切りのようです。


「かしこまりました」


 リュウジョウ様は馬鹿ではありません。ダンジョン内には既に警戒態勢が敷かれています。事実彼の勘は当たっていて、翌日の昼には、ウィトさん達がこのダンジョンにやってくるわけですし。


 けれどリュウジョウ様は怯えも戸惑いもせず、ただ淡々と自分の成すべきことをしていました。


(……私に裏切られて、このまま死んでいくんですね。何もかもを知らないまま)


 ふとそんなことを思いました。


 別に200年連れ添った、なんて言うつもりはありません。彼はマスターで私はその下僕。ろくな会話もなかったのですから。しかし、命令を告げるとすぐに私から目を背けたリュウジョウ様がどことなく自らを律しようと頑張っている姿に見えて、私は心に針が刺さったような気がしました。


 XXX


 「うわ。ジャクリーンさんに似せたモンスターか、趣味悪い……って言ったら失礼か。ジャクリーンさんもその一人なんだし」


 ナディナレズレの巨塔に侵入した俺達を迎えうったのは黒髪の女性型という共通点を持ったモンスターの群れだった。黒髪で顔を多いながら向かってくる姿は軽くホラーである。


 けれど動きは怖いというよりはぎこちなく、明るいダンジョン内で見ると幽霊というよりは幽霊役と言われた方がしっくり来るデザインだと思った。


「『心も財産も顔もないデリラは』『ハサミで引き裂かれたような顔』。これで私、ようやくあんたたちを殺せるのね。ああ、腹が立って仕方がない。『熱い。熱いの。主様。憎しみで身体が熱いの』『けれど、私は女神にならないといけないから』。『禁書指定よ。こんな感情』」


 俺が感想を呟くと、左手側に位置するデリラからそんな詠唱が聞こえてくる。『禁書指定』の詠唱だ。人間態では頭から火花が散っている以外に姿の変化のない彼女だが、きっと本の姿の彼女はカバーだけの存在になっているのだろう。


 デリラはさっきまで肘をもう片方の手で抱え、恐る恐るダンジョンを歩いていた。しかし今や彼女に感情はなく、ただただ敵を見つけては焼き払う機械になったようだった。


 しかし劫火に焼き払われたかと思ったモンスター達だったが、幾つかの炎を燃え盛ったまままだ動き続けていた。


「あら、まだ生きてるわよ」


「……やっぱり、縁が細すぎる。『禁書指定』……!」


 デリラのその言葉に制止をかけたのはヘーゼルだった。


「ちょーっと待つっス。デリラちゃん。これから敵が出てくる度範囲攻撃するんスか?そんな連発できるものでもないでスし、群れが来た時でいいっスよ」


「どーしろって言うのよ……」


 デリラが不満げに声を漏らした……彼女の感情は先程(から)になったはずなのだが、その言葉にはもう怒りの感情が籠もっている。どれだけ怒りやすいんだ。


「ウチがやるって言ってんスよ」


 ヘーゼルはそういうと、手をキョンシーのように前に伸ばした。


 そして、彼女自身には何の力みもないまま手首が裂け始めると、敵に向かって彼女の手首から先が飛んでいった。ロケットパンチのようなものだが、コントロールは自由なようで手を開いたまま敵へと突撃していく。


 そして、燃え盛る敵の首を掴むとその手首は爆散した。その威力のせいで壁の広範に飛び散った血がやけに生々しい。


 しかしヘーゼルには何の感情の起伏もない。当然である。次の瞬間にはもう手首が生え変わったかと思うと、またすぐに千切れて飛んでいったのだから。それどころか、手首が爆散する前にはもう既に次の手首が生え始めていた。


 そして、それを続けていくうちに気づくと、虫の群れが這うように俺達の前の廊下を手首が進軍し始めた。


「これで強いやつが出てこない限り、敵と会うこともないっスね」


 ヘーゼルさえいれば格上相手のダンジョン攻略が可能となる理由。それは彼女がナナヤの巫女の中で最強であり、さらに一番便利でもあったからだ。


 計画的な性分ゆえなのか、彼女の種族スキルはユニークスキルのみならずその全てが噛み合いを見せており、こと戦闘において射程も、近距離戦も、持続力も、巫女で一番だった。ま、当然弱点もあるが、身内以外にはそう簡単につかれるものでもない。


 きっとこれからは、デリラの攻撃で弱ったまだ見ぬ敵を、ヘーゼルの手首が先々で倒してくれるのだろう。


 ────それから俺達はほとんど敵と相対することもなく、何十階層もただただ塔をダベリながら昇っていくことになった。なんというか、ダンジョン攻略というより、蜂の巣の駆除に来たみたいだなとか、その時はそんな風に思っていた。

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