知ってるゲーム内に転生したのでシナリオを書き換えてみた 応募Ver
どうも!ラドロです!今回は以前連載した小説を一本にまとめ、賞に応募させていただきます
それでは、どうぞ!
20XX年、都内某所。一人の科学者が一つの室内に立ち入る。その室内は無機質なデザインで、奥には人の数倍の大きさはあろう黒色の機械がある。量子型のスーパーコンピュータ
―ザ・ファウストと呼ぶ―だ。そしてその手前には三つのベッドが並べられている。それぞれには二人の女子高校生と一人の男子高校生が寝ている。彼らは今日交通事故に巻き込まれ病院で手術を受けた者たちなのだが神経の一部が傷ついておりこのままでは半身不随になってしまう。そこで精神をコンピュータが作成した仮想世界の中に移し―正確には本当に移すわけではない―疑似的な日常生活を送り脳に何度も神経に電気信号を送らせることで神経の機能を回復させようというのだ。長らくこのプロジェクトには適した治験者がおらず機器はそろっていながら足踏みする状態が続いていたが幸というべきか不幸というべきか今日治験者が三人もそろったのだ。ついに始まるプロジェクトを前に第一人者である彼は確認に来たのだ。彼は不備がないのを確認すると
「頼むぞ…」
と呟いた。その声は少し上ずっていた
そしてコンピュータと治験者を接続しコンピュータを起動すると彼は
「プロジェクト、スタート」
と宣言した。
これが俺たちの異世界生活の始まりの瞬間だった。
「厚大。起きて…」
暗闇の中でそんな声が響き俺の意識は覚醒していく。次にそれを自覚した俺はそれまでの状況も何となく思い出す。確か車がこちらに衝突しはねられたのだったなと思うと彼は違和感を覚えた。体に痛みはなく、横たわっている地面は固く冷たいアスファルトのはずなのに暖かく柔らかい。
目を開けるとそこにはこちらをしゃがみながら見下げる幼馴染―楓―がいた。先ほどの声の正体も彼女の声なのだろう。
「おう、おはよう」
などとのんきなことを言いながら起き上がると自分の体、そして周りに視線をめぐらす。違和感の正体はすぐに分かった。激しく衝突したはずの体は傷一つなく、黒いレザージャケット、灰色のシャツとスラックスに包まれていた。もちろん事故直前にはこんな服を着ていなかった。そして地面は緑一色の草原。とても事故があった場所、状況とは程遠い。彼女に状況を聞くと彼女もわからない、と答えた。そしてそんな彼女も服装が意識を失う前と大きく変わっている。白シャツにスカートという制服姿だったはずの彼女は上下藍色のTシャツに短パンという姿だった。―もっともこの気温と男勝りな彼女の立ち振舞からしたらこちらのほうがぴったりなのだろうがーとここまで考えたところでひとつ忘れていたことがあるのに気づいた。
「…そうだ。優愛は?!」
優愛は俺たちともに事故に巻き込まれたのだ。もしここにいる原因が事故に遭遇したことなら…
「ああ。周りを観察しに少し探索しに行ったよ。時期に戻るはず…ああ、戻ってきた。優愛〜!」
楓が声のかける方に顔を向けるとそこにはたしかに優愛の姿があった。だがしかし予想通り服装が彼女もまた記憶していたのと全く違う。白い下地に緋色のラインが施されたワンピースに身を包み、手には白い指ぬきグローブをつけた彼女は多少ぎこちないながらもこちらへ駆け寄ると
「あ、厚大くんも起きたの。おはよう」
「あ、ああ。おはよう」
その可憐な服装に少しドキマギしながらも、そう返すと息をつくまもなく俺たち三人のそれぞれの前に水色の光が流れ、横の細長い透明な板になった。そして
「全プレーヤーノ対面ヲ確認。チュートリアル二移行シマス。」
と機械じみた音声が聞こえてきた。
俺たちを包んだ水色の光の上に白い文字が表示されたと思うと、謎の機械音はそれを読み上げた。その内容は簡潔極まりないものだった。
「左手ノ甲二右手ノ人差シ指ト中指ヲ載セテ、手先側二スライドシテクダサイ。」
俺たちは指示通りにすると右手の指に連動しているかのように紫のパネルが現れた。
すると
「チュートリアルヲ終了シマス」
という音声が流れ、水色のパネルも消えた。
「な、何だったんだ…」
とつぶやく俺に対し
「チュートリアルにしては短すぎない?」
と楓はコメント。すると優愛が一つ、重大なことに気付く。
「というか、チュートリアルってことはここはゲームか何かの中ってことですかね?」
それを聞いた俺たちは呼び出したばかりの紫のパネルに目を向けた。そこには左上にアルファベットでKOUDAI:レベル1とかかれており、その右にはHP:69/69 とも表示されていた。左にはこの近辺のマップとここの地名と思しきものが書かれていた。そして右下には黄色の「持ち物」と書かれたボタン、赤色の「閉じる」というボタンがあった。
「…ホントだ。何から何までゲームのそれに見えるね…」
と楓。しかし俺は2つのことに驚愕を隠せないでいた。それに気づいたのだろう楓が
「どうかした?」と尋ねてきた。俺は気づいたことをそのまま口にする。
「ゲームなのにゲーム自体の終了ボタンがない…それに右下にあるこの地名は…」
「地名?…アーチス草原のことですか?」
そう返したのは優愛だ。
「ええ!?嘘?!」
と、楓。しかし驚くのも無理はない。なぜなら
「あたしと厚大がプレイしたゲームに出てくる地名じゃない…」
そう。ここは俺たちがかつてプレイしたゲームを再現されている可能性が高いということだ。
数ヶ月前、俺と楓は一つのゲームをプレイしていた。特段グラフィックがきれいなわけでも人気があるわけでもないがその独特の世界観と何よりソフトの安さに気に入った俺達は中古屋で、とはいえ即買いしたのだ。そしてそのゲームも最初にプレイする地名こそが、アーチス草原だったのだ。そしてそのことを伝えた俺達は現段階でわかっている情報を 整理することにした。列挙するとこうだ。
・ここアーチス平原では敵は出ない代わりに何もアイテムを回収することができない
・もしここが例のゲームと同じならこの先他の人物(NPC)と遭遇するはずだがどこへ行くべきかはわからない。
・厚大…剣士、所持品:鉄の剣(耐久値35/35)、HP:69/69、
・楓…兵士、所持品:鉄の槍(耐久値40/40),HP:65/65
・優愛…修道士、所持品:回復の杖(耐久値20/20),HP:60/60
・共通点…レベル1、特殊スキルなし
「こうしてみるとほんっとにゲームだよね。」
「そうなると、一体誰がなんのためにこんなことしたんでしょう…」
と楓と優愛は話し合う。だがそれを言い出したらきりがない。こういう形でプレイできるゲームハードなんてしらないし、できていたとしてもここまでリアルのグラフィックや挙動は現代の電子コンピュータでは不可能だろう。ならばとにかく生き残るために動くのが先決だろう。
そう結論づけて考察を無理やり止めると、楓がじっとこちらをみているのに気付いた。
「…ど、どうしたんだ?」
「厚大、どうせここから動くのが先、とか考えてるんでしょ」
「そ、その通りです。」
これだから楓には頭が上がらない。そう思っていると突然楓の前に水色のパネルが浮かび上がった。少しの間をおいて楓はその内容を読み上げた。
「す、すごい…なになに?特殊スキル洞察(レベル1)を習得しました…って出てる」
「ええ!?ホント?!すごいじゃん楓ちゃん!」
そういって優愛は楓に抱き着く(おそらく内容はわかっていない)。しかし、ということは何かの行動をするだけでスキルが獲得できるということだ(たいていはそうだろうが)。もっと仕組みが気になった俺は質問を投げかける。
「そのスキルで何ができるとかある?」
「調べてみるね。…えっと隠れ身(レベル1)による特殊効果を無効化できる、だって」
「なるほど、それは強いな…」
すると優愛がおずおずと
「えっと、つまりどういうことなの?」
と聞くので
「隠れ身のスキルを使って姿を見えなくしても楓の目にはそのキャラははっきりと映るってことだ。」
(やっぱり知らなかったのね…)
と思いつつ俺が説明する。隠れ身のスキルを持った敵に序盤は苦しめられた思い出があるからありがたい…と思うとまた気づく。
「ますます例のゲームに似ているね…」
と楓がそのまま(意図せず)代弁。
「うんまあ、このままだと同じ会話繰り返して日が暮れちゃうからとりま動こうか」
と提案。まさかこの一言で状況が大きく変わるとは露とも思わなかった俺達だった。
俺たちはまず森の方を目印に動き始めた。なぜなら平原の方に人工物らしきものがないのは最初に優愛が調べてきてくれていたからだ。道中そのことに礼を言うと
「ええ。そんな礼なんていいのにぃ…」
と『嬉しいけど恥ずかしい』感がめちゃくちゃ出ていた。ちなみにその反応に楓がメロメロだったのは別の話。そうこうして森に入ると一気に薄暗くなり、
(何か出そうだな…)
などとおもいつつしばらく歩いていると案の定というべきか言うまいか
「ギィー!!」
と鳴き声らしきものが聞こえてきた。直後前方に2つの物影が木々から地面に降り立った。茶色い体毛に覆われており猫背気味。長く柔軟そうなシッポ。指や爪が少し長いがこれは…
「…厚大。猿だね。」
「ああ。…楓は優愛を。」
「OK。気をつけて」
短い情報のやり取りの後、俺と楓はそれぞれ武器を取り出す。某RPG のように攻撃のコマンドがあるわけではなさそうだから、いまのところ完全に自分の剣技のみで戦うこととなる。俺は剣道を祖父に軽く叩き込まれたため戦闘に自信はあるが、楓は武術自体はまだしも槍術はもちろん未経験だ。よってほぼ戦闘能力が皆無であろう優愛の護衛のほうが適任なはず…と自分の戦略にミスがないかだけ脳内で確認するとすぐに戦闘モードに切り替える。実質この場では1対2と攻めに行くには少し不利だ。そこで下段の構え(防御主体)を取ると相手方はそれを攻撃の準備と認識したのか、いきなり飛びかかってくる。普通なら避けれるかも怪しい奇襲。しかしその行動パターンはすでに知っていた。なんせ一度プレイしたゲームである。それを見た俺は剣先を左に向けると、
「…サァア!」
と言う声とともに素早く対角線を描くように右腕を振るった。すると剣先は見事に猿の腹に吸い込まれ、
「ギィアア!!」
という叫びとともに赤い体液がほとばしる。服にかかるのも気に留めずに剣を前方向に向け、腕を真っ直ぐ突いた。するとそこに斬撃によってよろめいた猿の首がヒット。何も言わずに地面に倒れた。そしてすぐにもう一体の姿を追おうとしたが
(見当たらない!?どこに)
と視線を迷わせた刹那、
「上に隠れてる!!」
と楓が叫ぶ。瞬時でかつ的確なサポートは頼もしい限りだった。しかし洞察スキルを持っていたのは彼女のみだったため姿を捉えられず完全に剣の軌道が定まらない。そもそも剣を振れない。その一瞬の隙を待っていたかのように
「ギシャシャ!」
と猿が急降下。とっさに攻撃するだと思い両手を頭上に交差させガードの構えを取ったが猿の目的はなんと
「っな!!剣を!?」
そう。猿の狙いは剣を奪うことだったのだ。剣を俺からむしり取った猿は俺を踏み台に跳躍する。そして猿の持った剣先は俺と楓を超え、優愛の方に向かった。一連の誰も予測できなかった行動に俺たちは何もできなかった。悪あがきといわんばかりに楓が優愛に向かって叫ぶがなんの意味を持たない。自分の無力さを恨んだその時、
ガキィン!!
という想定していた音とは全く違う音が反響した。音源の方に目を向けると、後ろの茂みから飛び出したと思しき人物が猿の攻撃をはねかえしたのだ。ガードした剣をよく見ると装飾が施されていながら剛性を感じさせるデザイン。何者かはわからないが助っ人になってくれれば心強いことは間違いないだろう。そう判断した俺は脊髄反射的に
「追撃を!」
と叫ぶと同時に人影はもう動いていた。ダッシュしながら振りかぶった剣を迷わず猿の喉元へ振り下ろす。当たったのは根本だったが何しろ勢いが凄まじい。一撃で猿は沈黙してしまった。しばらくの間をおいて
「優愛!」
と叫びながら楓は駆け出した。俺も優愛へ足を運びつつ突如として現れた助っ人に目を向けると穏やかに微笑んでいる見覚えのある人物の顔が俺の視界には映っていた。
「優愛!」
再びそう叫びながら楓は座り込んでしまった優愛へ抱きついた。
「…ごめんね。ほんとごめんね…」
そう何度も嗚咽混じりに謝罪する楓。優愛は何も言わずに彼女を受け止めているが、ものすごく怖い思いをさせてしまっただろう。申し訳ないと思う一方やらなければいけないことが別にあることを思い出し、なんとかこらえると先程の剣士に俺は向き合った。
「先程は危ないところをありがとう…」
「いいよ、礼なんて。その子が助かったんだからさ。」
と遮る男性。彼は水色を基調とした豪奢ながらも動きやすそうな服装をしており武器のたぐいは彼の右手に握られた例の剣のみ。どうやらこれはもしかしなくても…
「あの、もしかしてランプシィ様ですか?」
「うん。そうだよ。ところで君たちは…」
と聞かれ、まずい。どう答えたものか、と悩んでいると
「ラン様!」
と声が響いた。声のした方へ振り向くとランプシィとは対照的な見た目をしたー紫を基調にした防具をきっちり身につけ背中には高身長な彼の背丈をも上回る大きさの槍が携えられているー初老のしかし年齢を感じさせない雰囲気をまとった男性がこちらへと歩いてきている。“ラン”と呼ばれた本人はわかりやすく頬が引きつらせている。
「や、やあアフォシ…」
「なにがやあ、ですか!休憩中だったとはいえリーダーであろうあなたが警備団から勝手に抜け出して!今度は一体何事です!」
「今回はちゃんとした理由があるんだよ。ホラ、この子たちがオオデザルに襲われていたから助太刀したんだよ。」
と返す。するとアフォシと呼ばれた男性は訝しむような視線をこちらに向けると、
「君たちはいったい何があってここに来たのだ?見かけない服装をしているが」
とランプシィと同じ問いをかけてきた。ここでなんとかしてこの人達の仲間になれないかと必死に頭を回転させる。もしここで彼らと別れてしまえば例のゲームと大きく進行にずれが生じ、この先どうなるか全くわからなくなる。先程まではある程度の予備知識があったから何とかやってこれたがそれらがなくなるとあっというまに死を迎えるだろう。それだけは避けたい(無論死ぬと元の世界に戻れるのかもしれないが試す気には当然なれない)。とりあえず少しだけでも先延ばしにするために「話すかどうかは内容が内容なので連れと相談させてほしい」と返答した。
改めて彼女たちに目をやると彼女たちはもう落ち着いているみたいだった。そして彼女たちへ歩み寄ろうとした刹那、あるアイデアが浮かび早速彼女たちにそれを実行すべく必要事項だけを伝達した。もちろんその前に猿の件の謝罪もしたが「もういいよ。」と許してくれた。
「あらためまして先程は助けていただきいただきありがとうございました。」
と切り出した厚大に一体私達のことをどう説明するんだろう、と不安になりながら私は一行ー厚大、ランプシィ、アフォシオシ(アフォシと呼ばれている)、彼らの部下と思しき者たち、私、優愛ーのやりとりを見守っていた。彼から念を押されたのは「俺の説明には極力介入せず、肯定だけしてほしい」とのこと。少し前のことを思い出していると
「礼はいいよ。それよりも君たちがなんであんなことになったかを教えてほしいんだ。もしこちらにできる対策があるならすぐにでもしたいからね。」
と彼の向かいに座ったランプシィは返答する。ここは彼らが休憩用に木々を切り開いた場所らしい。あたりには切り株が点在している。
「ありがとうございます。…では早速僕らの出自についてお話させていただきますが、結論を言うと…
僕達は捨てられたのです。」
は?と耳を疑った。しかしそんなこちらの様子に目もくれず彼は続ける。
「僕らは同じ地域で生まれ同じ地域で育ちましたが…そこは貧困がはびこっていました。子供は生計を立てるための道具でした。すこしでも不満を漏らそうものなら虐待は当たり前でした。そんな生活を続けて16年たった一週間前のことです。突然僕らの親が僕らを連れて旅に出る、といったのです。そこでいま僕らが着ている衣服や武具を揃えてもらい、船に乗せられました。怪しいとはわかっていたのですが従わざるを得ませんでした。そしてこの地方につき、すぐ近くの草原につくやいなや彼らは姿をくらましました…」
と語った。
(よくもまあそんなに嘘がペラッペラと出てくるわね…)
と呆れていると
「君たち、それは本当かい?」
とランプシィがこちらを向いて尋ねてきた。ところがただ彼の指示にしたがうのも癪な気がしたので私も少し語ることにした。
「…事実です。むしろそれだけではありません。」
更に続ける。
「私達の親はルームシェアという形で共住していたのですが私達のための場所はなくて、私達は家事・仕事の時以外はつねにせまい押し入れのような部屋に押し入れられていました。それこそ道具みたいな扱いで…」
厚大と違い嘘がそれ以上出てこなくなったので言葉を続けられないかのようにうつむいたが、それが功を奏したのかもしれない。相手達は皆、信じ切っているようでランプシィに至っては悲痛な表情をしていた。厚大が再び口を開く。
「急で信じてもらえないかもしれませんがこれが僕達の今までです。…そこでなんですが、僕が言うのはおこがましいというか、厚かましいかもしれませんが、皆さんのもとで暮らさせてもらえませんか?右も左もわからないこのままでは生きていける気がしません。先程の会話から察するにあなたがたは警備団を営んでいらっしゃるようですし、可能なら住み込みでそこに働かせていただくことができればと思うのですが…だめでしょうか?」
ここまで来てやっと彼に嘘の意図を察する。ストーリーの展開通りに進めつつ生き残るために彼らに保護してもらうようにするための先程までの嘘だった、というわけだ。これがうまく行けばこの先かなり安定して生存できるが…祈るようにランプシィをみると
「もちろん答えはイエスさ。そんな困っている人を放って置くなんて警備団のリーダーはもちろんこの国の王子すら務まらないよ。」
と答えた。しかし真っ先に反応したのは意外にも優愛だった。
「え、ええ?!ランプシィさんって王子様だったんですか?!」
「うん、そうだよ。けど今からはあくまで警備団のリーダーと一員って関係だからね。変に様とか王子とかつけずにランって呼んでくれたら嬉しいよ。」
と彼はほほえみながら続ける。もちろん、そこに待ったをかけるものがいた。しかし
「お待ち下さい、ラン様。どこの国かもわからない者達を嘘かもしれない理由で警備団に入れるというのですか?」
「ああ。そうだとも。疑うことが大事なのは君に何度も言われたからわかっているさ。アフォシ。けど僕は疑って後悔するより信じて後悔したいからね。万が一裏切りがあったら即刻法に基づいて制裁を加えるから。疑うのは構わないけれどとりあえず受け入れはしてくれないかい?」
「まあ、そこまで言うのなら…」
という会話を経て一応納得してもらっていた。
そして移動し街に出てくると思わず嘆息してしまった。あの時プレイした景色がよりきれいになって視界に現れたからだ。レンガ造りの町並みには所々に屋台らしきものも出ている。人々も現実世界と錯覚してしまうぐらいリアルだ。また、意外だったのは仮にも王子が歩いているわけなのに誰も騒ぎ立てないことだった。更に歩いて警備団の寮らしきところに案内してもらうとそこには普通の家より多くのガラス窓が施された建物があった。中に入ってから設備の説明を受けたが長く、最後の方には聞くことにすら疲れてしまったので省く。そして一階にある広場のようなところで警備団の皆と食事をした(警備団全員揃っての食事だったが人数は20名程度だった)。そのあと厚大に
「2階の突き当たりにあるテラスに来てくれ。話がある。」
と呼び出された。そしてそこで衝撃の通告がされた。
「はぁー。美味しかったぁ…」
と優愛はつぶやきながら食べ終えた食器を返し終え、寝室として割り振られた部屋へつながる廊下を歩いていた。すると
「そう?よかったー!あれいつも私達が作ってるんだけど、お口にあったようで安心だわぁ」
と隣の少女は返してくる。彼女は食事中に仲良くなった、警備団のシスターの一人、エリーゼだ。同じ16歳、同じ回復担当ということでランに指導してもらうよう彼女が指名されたのだが、互いの思った以上に打ち解けられて結果的に優愛も安心していた。ルームメイトも彼女らしい。それからも話は尽きず入浴や洗面を済ませた後もはなしこんでしまい、その日眠りについたのは零時を少し回っていた。
翌日から私、厚大君、楓ちゃんの三人はエリーゼさん、ランさん、アフォシさんから実戦形式の指導を受けていた。それぞれをまとめるとこうだ。
・私は回復を含む全ての魔法の使い方を習得できていないので基礎から学び直し
→エリーゼちゃんと特訓!
・厚大くんはかなり技術、スピードはある→筋力増加をメインに特訓
・楓ちゃんは槍術は初心者ではあるが素質はある
→アフォシさんが教えこんでくれる
とのこと。最初は自分だけ遅れていて不安だなと思いつつ早速特訓に励むことにした。そして一ヶ月。特訓とたまにあった実戦を経て全員が遜色ないレベルにまで成長した。みんなで近況報告をし、改めて各々のステータスをまとめるとこうなった。
・厚大→レベル15、傭兵、HP:150/150 特殊スキル 剛腕、叩き割り
・楓→レベル13、ソシアルナイト、HP:145/145 特殊スキル 貫通、正確
・優愛→レベル14、メイジ HP:120/120 特殊スキル 幸運、回復(正確には技)
この時、最近私は厚大がおかしいことに気づいた。寝不足なのか時々ふらつくし、他の人から誰かが毎晩ここから出ていくのが確認されるのを聞いているのでどうやら彼は夜にこっそり抜け出しているようだ。しかし詳しく聞こうにも彼自身はもちろん楓ちゃんも言葉を濁した。
(何があるんだろう…)
と報告からの帰り。厚大君と楓ちゃんはランさんが隣国と会議に行くのでその護衛に出かけるとのことでしばらく一人で悩んでいると
「ユアちゃん、ユアちゃん!」
と聞こえてきた。振り向くとエリーゼがこちらに息を弾ませながらこちらに駆け寄ってきた。どうしたのかを聞く前に彼女は衝撃の用件を伝えた。
「みんな、今すぐ国境前に来てくれって…まずい状況らしいの!」
ここから現場の国境まではあまり遠くなかったものの走って息を切らしながら駆けつけるとそこには一触即発の四文字を体現したかのような光景が広がっていた。話し合う場所だったはずの建物の手前にはランさん達と隣国の首脳とその護衛と思しき集団が睨み合っている。その奥には一人の男性が倒れている。すると沈黙を破るようにランが声を上げる。
「スキロ!もう一度確認する!お前は何を言っているのかわかっているのか!」
「もちろんだとも。たしかに刃物を持って割り込んできたのは私の国民だが実際に先に斬ったのはラン、お前のところのソシアルナイトだろう?国民への攻撃は国全体への攻撃、そしてそれは戦争の開始を意味する!」
スキロと呼ばれた男は宣言する。ソシアルナイトである楓ちゃんを見やると彼女は思い詰めた表情をして黙っている。自責の念すらも感じられることから彼女がやったのは間違いないだろう。つまり相手の国民が刃物を持って攻撃しようとしたので楓ちゃんが先制攻撃した。その結果戦争が始まるという…とそこまで考えて気づいた。どう考えてもそれはおかしいだろう、と。しかしこの雰囲気はそれを認めるどころか言うことすら拒否している。そして再び訪れた数秒の沈黙の末、
「…だんまりか。ならばよかろう。ここで…」
スキロはそう呟いてサーベルを取り出す。それにコンマ一秒遅れてランさんも勢いよく抜刀する。そして二人同時に
「「開戦…!」」
直後、スキロとランさんは目にも留まらぬスピードで突進し斬撃を繰り出す。
前者は斬り上げ、後者はそれを相殺するかのように下向きに同じ動作をし、互いの剣が衝突するとサーベルが跳ね返された。多くの者たちが固唾をのんで見守る中、彼らはそれが見えていないかのように互いをだけ見て、剣技を出し動き回る。しかしすこしスキロが押されている。それをみたランさんは少し距離を取ったかと思うと、再び一気に距離を詰め、厚大くんとの訓練でもみせた八連撃を繰り出す。しかしさすが一国王とも言うべきか何とかすべてスキロは防ぎきった。だが最後の一撃で後ろに軽く弾かれ一瞬の、しかし決定的な隙が生まれた。そしてこの勝負を決するべく渾身の一撃を放った。ところがその一撃が放たれると同時に何者かが動いていた。右手に剣をもった、厚大だ。彼らの方へダッシュするやいなや剣技を放った。今まさにスキロを仕留めようとしていた、ランさんの方へ。予想外の動きにランさんは動きが止まってしまった。そこに叩き込まれた容赦ない一撃はレベルが彼と5ほども違うはずのランさんを軽く弾き飛ばした。誰も状況が飲み込めない中、彼はなんとこう続けた。
「お怪我はございませんか、スキロチタ様。」
「うむ。ひどくはない。」
彼らはやり取りを続ける。
「コウダイ…?どういうことだい…」
と信じられないかのようにつぶやくランさん。そこにさらなる衝撃が彼に伝えられる。
「見てのとおりです。主人を守ったまでです。」
すると瞬時に状況を理解した者たちから間髪入れずに怒声が上がる。
「貴様!!ラン様に助けていただきながら、その仕打ちとはどういうことだ!」
「そうよ!厚大、あいつは戦争を勝手に宣言したのよ!?そんなやつを主人だなんて一体何のつもりなの!?」
それらを聞いた彼は少し哀愁を感じさせる表情を顔にすると
「…うん。まあそうだよね。僕も救ってもらった恩を忘れたわけではないよ。むしろ今でも感謝してる。けれど彼と僕の信じる正義は違っていたからね。仕方ないとも思っているよ。」
「信じる正義…?」
呆然としながら口にすると彼は無言で首肯した。
「ランやこの国は極力戦争を避け、万が一起こっても防衛のみを中心とする。これは倫理面的には正しい一方何度でも戦争が起こりうることを意味する。が、スキロ様たちは争いが起こると、その国とは一つになると表明している。これは言い方によっては占領とも取れるし、批判されても仕方のないことだろう。だがこうすることにより、長い目で見ると最低限の争い、最低限の犠牲ですむ。どちらがいいかとなったときに僕は後者を選んだというわけさ」
皆が唖然とする中、彼はそう言い切った。いや、二人だけ例外がいた。一人目はもちろんスキロだ。作戦通りに行って、さぞ気分のいいことだろう。そしてもうひとりとは、ほかでもない私だ。
「…許せない…」
小さな、しかし確固たる怒気のこもったつぶやきだった。
「ユアちゃん?」
「許さない。絶対厚大の思い通りにはさせない…!」
「けど私達には攻撃方法なんてないじゃない。どうするの」
どうすれいいの…そう胸の内でつぶやきながら脳を必死に働かせていると、急に水色のパネルが表示された。この一ヶ月の間で何度も見た、技の習得を知らせる表示だ。そこに書かれた内容をみて、私は驚愕する。そして一つの決心をする。
(普段、誰かに引っ張られてばかり、助けられてばかりの私。けど今だけは厚大君を引っ張り戻して見せる…)
スッと立ち上がるやいなや習得したばかりの、しかし発動方法だけは何度も練習した技を発動させる。
「エクスプロージョン!!」
魔法使いのなかで初心者を除いた殆どが扱えるような技だが、シスターが回復魔法と同時に扱えることはめったに無い技だ。習得したばかりでまだ不安定だろうが素早く威力の高い爆風を起こせるこの技は奇襲にはもってこいの技だ。私の叫び声に彼が振り向いた。刹那、その顔が驚愕にそまる。そして彼の体が反応するよりも前に
ドドーン!
彼らと私達の間に大爆発が起きた。位置的にも死にはしないだろうが足止めにはなるだろうし、もしかしたら二人して地面に倒れ込んでいるかもしれない。もしそうなれば確保及び処罰等は簡単だろう。そう思って爆炎が消えるまで見つめていたがその炎が消えると見えてきた景色は私が予想したどちらでもなかった。
「…誰もいない?」
「…逃げたね。」
いつの間にか隣に来ていた楓がそう呟いた。途端、視界がぼやけてくる。力が抜け、立っていられなくなる。
「…かえでちゃん…!」
周りの目も気にせず思いっきり抱きついた。顔を彼女の体に埋めて思いっきり泣いた。なんでかはわからない。たった十数分の間の出来事なのに思い当たる節がありすぎる。すると楓ちゃんも嗚咽を漏らしているのに気がついた。互いに固く抱擁し、十分ほど泣き続けた。
「…どういうことだ?彼女は攻撃してこないと聞いていたが。」
「申し訳ありません。スキロチタ様。ですが状況等から推測するに彼女の激情が本来できない攻撃すら可能にしたのかもしれません。」
戦線から離れながら俺はそう報告する。
(…しかし、本当になぜなんだ?)
たしかに優愛が数少ない不確定要素であったのは確かだがここまでとは。自分の姿に改めて目をやると、ひどい有様だ。ところどころ服や髪は焦げてるし、HPバーを確認すると20ほども減少している。
「…作戦の実行を急ぎましょう。さもなくば犠牲が増えます。」
「ああ。そうしよう。例の部隊は?」
「もうすでに動いています。おそらく戦闘能力に長けた者は先程の戦線に集中しているはずです。後は彼らが丁寧に実行してくれるかにかかっています。」
「…成功すれば彼らをも私のものに…フハハ…」
スキロのその狂人じみた発言には密かに言葉を失う俺だった。
そして、作戦はあっさり成功した。拠点に戻って小一時間もしないうちにランの姉である女王の身柄を確保し、こちらに連れてきた、という報告があった。すぐさま
「スキロ様。明日の正午ごろに例の場所に来るように連絡願います。」
「良かろう。コウダイは客をもてなしておけ。」
「はっ。」
そうやり取りすると部屋を出て、さっそく女王を収容したという地下牢へとむかった。
「…フウ」
スキロは部屋を去る少年を見送り息をついた。彼がこの国へ来てもう一ヶ月が経った。はじめ来たときには当然不審者としてみていたが彼は向こうの国の情報を提供する、スパイとして動くのでぜひ雇ってほしいといわれ半信半疑ながらはじめは監視をつけるのを条件に雇うと確かに情報は正しいらしかった。彼が情報を元に作戦を作成したときははじめは軍部から多くの批判があったが、今回このように成功し、多くの者は彼に絶対的な信頼を向けた。しかしそれは自分の王座に暗雲が垂れ込めていることを意味する。
(この戦が終わったらやつは処刑するしかないか…)
そう目論むスキロだった。
翌日。草一本すら生えていない荒野に人が集まった。崖の上には女王が立たされており、そのすぐ下には崖を背負うようにスキロ、厚大が立っていた。そしてそれに対峙するかのように立つのはラン、楓、優愛、アフォシなどだ。他の軍がいないのは既に国境付近で闘いが始まっているからだ。
「本日はどうも我が国との併合の会議にご足労いただきありがとう。」
そう切り出したスキロに対し
「ふざけるな!なにが併合だ!今すぐ姉さんを返せ!」
厚大たちは初めて見るランの激怒。しかしそれに一切の反応を見せず、
「君は状況を把握できているのかい?君が従うか次第でその姉さんの運命を大きく左右するのだぞ?」
スキロは淡々と告げる。
「…!!」
言葉を失うラン。しかしスキロは追撃をやめない。
「まずは剣を捨てろ。後ろの者共、降伏と従順を示せ。そうすれば君たちの女王様は助けよう。…さあ、国を捨てるのか、姉を捨てるのか、ラン。どっちを選ぶのだい?」
「………」
ランは遠く離れたこちらから確認できるほど憔悴しきっている。
「…わかった。…すまない。みんな、武器を…」
ランがそこまで言ったその時だった。
「待ちなさい、ラン!」
そう叫んだのは他でもない女王だった。
「あなたは多くの民よりもたった一人の家族を優先するのですか!それは国を任された者としてどうなのですか!…スキロ殿。私がここから飛び降りれば併合をやめてもらえますか?」
「それは闘いが続くことに他なりませんが、それでも構わないのですね?」
「構いません。国が存続すれば闘いを経て本当に意味であるべき状態に収まるでしょう。」
それが女王の答えだった。ランたちが必死に止めようとするが聞き入れる素振りはない。
「…姉さん!」
その叫び声を合図とするように彼女は地面を蹴った。頭から落下を始める。そしてそれと同時に俺も動いた。剣を抜き出し、地面に向かって一振り。すると剣が明るい緑色に発光し通常ならありえないほどの突風を生み出した。
「ダブルウインド!」
実はこれは密かに用意していた技なのだ。直接魔法を発動させるのは俺には不可能だが武器を媒介にして発動させるなら予め魔力を武器に仕込みさえすれば可能。つまり武器を扱うものなら誰でも魔法をも一度限りなら発動できるということだ。
そうしてそのまま上昇し、落下していた彼女を受け止めた。それぞれの動きが相殺されたのでそう一度剣を振り、ランたちの元へ飛び、着地する。
「ラン様、彼女に怪我がないかを調べてください。楓、行くぞ」
「やっとね。やるわよ。」
久々に楓と言葉を交えた俺はまだ状況が飲み込めていないらしいスキロへと振り向いた。
「…貴様、どういうことだ。」
彼は怒りに血走りした目でこちらを睨めつける。
「別に?主人の命を助けたまでです。」
「ふざけるな!!第一貴様!寝返ったのではないのか!」
おそらく楓と俺を除いたほとんどの者たちの疑問だろう。俺はただ淡々と告げる。
「単純ですよ。あくまで僕は寝返ったふりをしただけで結局僕とあなたは敵だったのですよ。言い換えるとあなたはスパイをさせていたのではなく、されていたのですよ。おかげで今こうして簡単に追い詰められた。」
「う…うあああ!」
すべてを理解してそう叫んで斬り掛かってきたスキロだったが理性を失った者の剣技など、そこらのモンスターの攻撃と大差ない。まず俺が剣を受け止め、そこに楓が槍で敵を一突きした。ひびこそはいったが厚い防具は完全には割れず、双方を跳ね返した。しかしそれこそが狙いだった。完全な隙が生じたスキロに俺は
「やああああ!!」
と叫びながら渾身の突きを防具のヒビに放った。
ビキッ!
音を立て装甲は砕け、剣は腹部を穿った。しかし攻撃は終わらない。斜めに突き刺した剣をそのまま右に薙ぎ払う。激しく真紅の液体が吹き出す。そしてスキロは倒れた。衣服に包まれた肉塊となって。
「…終わったのか」
少しの静寂を経てランはつぶやく。
「…いえ…まだです。」
そう俺は荒く呼吸をしながらそう返すと血に濡れた剣を右手に握ったままランの方へ振り向く。
「俺は演技だったとはいえ王子であるあなたに剣を振るい、女王の身柄を拘束するようにも指示しました。そんな者がどうしてなんの処罰もなくのうのうと帰れましょうか。」
一同は黙る。当然だろう、とこの時俺は思った。仮に警備団の皆が俺の一連の行動の理由に納得したところで開戦の事実とともに俺の裏切りは国民中に知れ渡っている。警備団に戻ったことを彼らが知れば批判は避けられない。すると今度はランの姉である女王が沈黙を破った。
「…ならばあなたが処罰を受ければ良い話です。そうすれば彼らも納得するでしょう。そしてその内容を決めるのは被害者であり国の長である私です。…違いますか?」
自信たっぷりな言動に
「い、いえ…違わないですが…」
と間抜けな返答をしてしまった。すると女王は
「ならば罰として我が国に再び忠誠を誓い、その証明として警備団に尽くしなさい。」
俺はハッとして女王を見つめた。勝ち誇った口調ながらも彼女は慈愛に満ちた表情をしていた。
(かなわないな…)
と思った。ランや楓、その他もやれやれという表情をしていておそらく気持ちは同じなのだろう。俺はその好意を甘んじて受け入れるべく片膝を床について宣言した。
「私厚大、罰を受け、罪を償います。また、再び忠誠を誓い、必ずや警備団に尽くします!」
その日の夜。俺、楓、優愛は警備団の寮の二階にあるテラスへと来ていた。
その日の夜。厚大君、楓ちゃん、私は警備団の寮の二階にあるテラスへと来ていた。
「…それで?結局何のための演技でなんで楓ちゃんは知ってたの?」
つくやいなや私は切り出す。
「…知ってたんだよ。シナリオ通り行くとランが戦争の末スキロに処刑されるのを。」
「え・・・」
言葉を失う私に楓ちゃんが補足する。
「もしあのまま戦争を続けてたら彼の罠にハマってたってこと。剣の腕はともかく話術はある程度巧みだったでしょう?それに騙された彼は本来なら殺されてたのってこと」
「そんな…だからってあんなことを?下手したら死んでいたかもしれないのに?」
「ああ。知っていながら知らないふりなんてできないからね。楓にだけ教えた上でああしたんだよ。」
「…私にも教えて欲しかったな…」
ポツリと呟いた私の発言に沈黙が訪れる
「…黙ってたのは謝るよ。けど知っている人数は極力減らしたかった。情報が漏れるリスクを減らしたかった。それに優愛、俺が言ってたらは絶対止めただろ」
苦笑しながら彼はそう言った。確かにその通りだ。つられて笑ってしまう。
「けど、ほんとに辛かったんだからね!」
「すまんすまん。…そういえば優愛、俺に一回だけ爆発魔法を発動していたよな。あれって今でも出せるのか?」
そう聞かれ思い出す。あのときのことはおぼろげであるが、エリーゼちゃんから聞いたところうわ言を呟いた後未習得だったはずの爆発魔法を放ったとのこと。
「…あれから色々と確認したけどやっぱり例の技は発動できないのよね…」
「そうか…こんな世界にも奇跡は存在するということか?いや、ならバグだってことだもんな…」
「…ま!奇跡ってことにしておきましょう!それはそうと、厚大!あんた忠誠誓ったばっかりなんだから明日から真面目に働くために早く寝なさい!」
「いや、お母さんじゃねえんだからよ!」
そんなやり取りをきっかけに空気が軽くなり、どこからともなく三人で笑ったその時。
感じたことない浮遊感とともに視界がホワイト・アウトしてくる。最後に見た景色は私達が消滅していく、というものだった。
次に目を覚ましたときに視界に入った光景は石造りの建造物ではなくコンクリート特有の無機質さを感じる灰色の天井だった。そこまで考えて意識が急浮上する。テラスで話し合っていると突然意識が体から引っ張られるような感覚を感じた後声を発するまもなく意識を失ったのだがこれはどういうことなのか。跳ね起きるとガラスを隔てて白衣を着た男性たちが一斉にこちらを見ている。するとその中のひとりが
「…起きた。」
と声を発しそれがきっかけとなり男たちは「成功だ!」とか「やった!」と喜びあう。それを唖然と見ているしかない俺たちだった。
互いが落ち着き、説明を聞いた所、こういうことらしい。
以前から脊髄損傷患者にはmRNAを利用した注射、点滴で治療が行われていたのだが製作にかなりの技術と材料を要したり課題が多いのは俺たちでも知っているくらい有名なことだ。そこで新治療法が模索された結果、完全没入型VR世界での治療が開発された。臨床試験に事故により脊髄を損傷した俺たちが選ばれたというわけだ。すると新たな疑問が生まれる。それは
「あの、だったら私達が寝ている間1ヶ月が経過した、ということですか?だったら今までどうやって生命や筋肉等体の状態を維持したのですか?」
俺も感じた疑問を優愛が発言する。そう、1ヶ月も飲まず食わずの寝たきりだったのなら体の筋肉や胃が衰えてくるだろうし、それ以前に俺たちは見た所水以外の点滴は受けていなかった。どうやって生命を維持してきたのか。その答えは驚くべきものだった。
「実は君たちがここに運ばれてから1日しかここでは経過していないんだ。あくまであの世界では1ヶ月だったってだけで」
「ええ!?ってことは向こうの世界はここの30倍のスピードで時間が経過しているってことですか!?」
そう反応したのは楓だ。俺も驚きに目を見開く。彼ら研究員はそれに無言で首肯した。
「ちなみに今はあの機械はシャットダウンしたから君たちがここに戻る直前の状態で保存されているよ。」
と丁寧に補足してくれた。
そしてその後、初の治験成功者として取材を受けたり親に再会を果たしたりして俺たちの治療は終わった。これをきっかけに医学と完全没入型VRが大きく発展することを俺たちが知るのはもうしばらくあとのことだ。
少し手を加えてみたのでしたがどうでしたか?
読んでいただきありがとうございました。もし本作品を高く評価してくだされば嬉しいです。それでは!