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第3話/火刑王子は風紀を取り締まる②


 かくして、魔王の娘の貴重な初登壇は、大食堂の入り口と相なった。

 ウタハがその場に足を踏み入れた途端、それまで気楽に語らっていた生徒諸君は蜘蛛の子を散らすように席を立ち、物陰に身を潜めてしまった。


「あんなに濃ゆい黒の髪、見たことがない……」

「おそろしい……脚が長い……」

「ヒッ……あの赤目、間違いなく魔眼だ」

「こわい……顔がちいさい……」

(めんどくさー)


 こちらに筒抜けな彼ら彼女らのヒソヒソ話を聞き取り、ウタハは辟易とした気分になる。なかには非凡な容姿への羨望も混じっていたが、元の「ウタハ」本人の肉体が健在であったのならまだしも、今となっては他人が褒められているような心地がする。

 外見に無頓着なわけではないのだ。ただ、未だ地に足がついている感じがしない。まるで、造りものの世界をとろとろ歩かされているような錯覚。


「……黒髪は失敗だったかあ」


 隠れているつもりの生徒をちらりと観察して、ひとりごとをつぶやく。くすんだ色の茶髪……どうやら、鮮やかさを奪われたのは自然の景観だけではないらしい。


「さっき引き返していった男も、血のような赤髪をしていたぞ……」

(お兄さまも鮮烈って感じの色味じゃあないけど。そこそこ目立っちゃうんだなあ)


 カメリアの、臙脂色の長髪を思い浮かべる。大食堂の近くまで来て、雑務があるとかで立ち去ってしまった兄の。


「矢面に立たせよって……まあいいか。ごはんだごはん」


 ウタハは周囲を気にしないことにして、給仕が立つカウンターに向かった。お金が掛かっているからか、高級ホテルの従業員くらいかしこまっている。肩がピクピク震えているところが少々気の毒だ。


「あのお」

「は、はひっ」

「注文ってどうしたらいいぇすか」

「ああああちらのテーブルからご自由に取る形式となっておりまする」

「なる、バイキングか」


 数も多く、育ち盛りの学生の注文をいちいち受けていたら効率が悪いのだろう。ウタハはひと知れず納得し、料理が並ぶ無人の長テーブルへと向かった。


(冷製スープ、大根っぽいサラダ、パン……冷製……いまの季節って、もしかして夏?)


 編入と聞いて、先入観からウタハはてっきり春をイメージしていたが、どうやら海外のパブリックスクール準拠らしい。となると、時期は九月の周辺……夏なんだか秋なんだかの微妙な期間とみた。


「ってか、なに食べるか選ぶのって……めんどくさあー」


 怠惰極まる発言のあと、ウタハはひとつの答えを得る。この肉体が膨大な魔力を擁しているというのであれば、なにも手足を扱う必要はないのだ。

 ウタハは指鳴らし一回で〈季節のワンプレート〉を完成させると、スカスカの長テーブルの適当な席に腰掛けた。

 ……怠惰、極みに極まる。


「いたらきぁす」


 行儀よく手を合わせてみるが、手づかみで食べられないラインナップの料理にすでに不満を持つ。それで先に白パンだけ頬張っていると、ざわめきのあとに周囲の注意がウタハから逸れた。


「……?」


 注目が外れるのは喜ばしいが、そのターゲットが徐々にウタハへ近づいてくる気配を感じ取り、ふと顔をあげる。


(おー、美形)


 そこには、例えるならば真珠に近い髪色をした、美少年が立っていた。肩口で切り揃えられた直線的なボブヘアーが「良いとこのお坊ちゃん」を想起させる。


(白っぽい髪って……めずらしいんじゃないっけ? どちらかといえば灰色寄りだけど)

「……ダークネス」

「は」

「ダークネス! ああ、なんということだろう。見たかい、お前たち」


 脳内翻訳の都合か、急に「邪悪だ」と声高に叫んだ少年を、ウタハはぽかんと眺めた。手元では白パンをちぎるのをやめない。


「は、はい、殿下……なんとも、ぐ、愚鈍そうなヤツです。拍子抜けしちゃったよ」


 殿下、と呼ばれた少年にはどうやら引き立て役の生徒が約二名はべっているようで、まるまると上品に太っている少年が率先して発言する。では、次点は厚ぼったいメガネを掛けた背の低い少年かと目を向けると、「ピィ」と鳴かれた。


「そこのお前は、どう思う?」


 「殿下」は逃してくれないご様子で、メガネの少年はうつむきがちに早口でまくし立てる。


「が、学徒の平均から考えてもれれれれいせつに欠けた野蛮な女に見えますゥ!」

「は」

「またしゃべった!」

「ヒィ!」


 一音発しただけでも「話した」ことになるらしく、コスパの良い幼気(いたいけ)な少年たちはそれだけで怯んだ。正直なところ、面倒くさい。


「うむ。そこの白パンをパクついている娘、貴殿は魔界からの迷惑な来訪者で間違いはないね」

「……あ、これうま」


 ウタハの興味はあくまで食事に向いており、「殿下」のご高説そっちのけでパンにつけるホワイトソースへと関心を寄せる。パングラタンの味だ、と思う。


「ダークネス!」


 殿下は両うでを広げ、大げさな動作で嘆いてみせると、ウタハから正面のイスに着席した。大概粘り強い。


「これまでの大幅な日取りのズレ、加えて本日の無断欠席。よくもまあ堂々とすがたを見せたものだよ、それも私を見て食事の手を止めない。いただきます」

「さすが殿下! 魔王の娘を前にして食事を!」

「すばらしい殿下! 〈朝焼けの剣戟〉さま! ナイフさばきが鮮やかだ!」

「ぶっほ」


 ……朝焼けの、けんげき。

 おそらくそれは彼の氏名なのだろうが、フレーズの壮大さについ咽せる。名前負けしているというか、なかなか勇気のあるネーミングセンスだ。

 それを動揺と取ったのか、〈朝焼けの剣戟〉は勝ち誇った笑みを浮かべて鉄板のうえのステーキを優雅な動作で切り分けていく。見覚えのないメニューだから、特別裏メニューといったところだろうか。


「私のいる学院で無礼を働こうなど、考えないほうがよいね。あんまり好き勝手に振る舞うようなら、そのハリボテのかんばせを焼いて差しあげよう。いいかな、気ままな魔族令嬢殿」

「出た! 殿下の炎上発言だ!」

「殿下は本気で燃やしに来るぞ!」

(最悪の放火魔じゃん)


 少年らは身に覚えでもあるのか、それとも実際に現場を目撃した経験でもあるのか、冷や汗を垂らしながら「殿下」を持ちあげた。少々異様な興奮具合だ。


「返答如何では、今ここで……神に代わって、貴殿に罰を与えよう」

「あのー、朝焼けくん」

「……発言を許可した覚えはないし、不敬な呼び方も控えたほうがいい」

「これ、食べちゃってください」


 耽美な王子さまから変身系女児アニメの過激版みたいなセリフを吐かれようが、どうにも恐怖は湧かなかった。今後ともウタハの後ろ盾には魔王がいるのだし、こちらの予定は「くっちゃね」「豪遊」以外にない。


(ってか、いちいち絡まれちゃウザいし。彼らに罪はないけど、無視がいちばんかな)


 ……と、いうことで、ウタハはその場にあった白パンだけ宙に浮かせると、ほかの料理を残して席を立った。


「おやすみなさい」


 三者三様の呆気に取られた表情を見るともなく見回して、大食堂を出る。背中越しにつたわる熱気が、煩わしいことこのうえなかった。



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