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第2話/大蠍、大鴉③


 それ以降の時間も、お昼寝モードのウタハを前にカメリアは根気よく学院生活について説いた。

 第一に、魔族が寄宿する〈銀狼館〉は学院の敷地内ではありながら奥まった場所に建てられていること。

 その影響で学院本館とは距離があるものの、自動式回廊(水平式のエスカレーターのようなもの)でつながっているので不便ではないこと。


「意外にハイテクだなあ」

「ハイテク?」

「や、機械とか全然ない世界なのかと思ってぁした。ぜんぶ魔法で解決する的な」

「まほう?」

「ぜんぶ聞き返すじゃん……魔力があんだからあるんじゃないの、魔法」


 食事を終えたウタハは、自力で染めた烏羽色の髪を観察しながら疑問を募らせる。魔法とは言わないのなら、この異能は果たしてなんと呼ぶのだろう。


「魔法……魔の法? 聞いたことがないな。魔界に秩序を持ちこめばあるいは……」

「ないってことでいいすか」

「ああ、はい。概念としては存在しませんね。前提として、魔界に生まれたものが宿すちからを魔力と言い、これを扱う際には魔力を行使する・した、で通じるので」

「へえ。地上のひとは使えないんだ」

「はい。魔力とは基本、破壊のちからです。知力や技量による応用は可能ですが、地上に満ちる神秘とは別種のものなのです」

(この世界、剣と魔法のファンタジー……では通らないんだなあ)


 ウタハは首を巡らせ、精彩の欠いた外の景色を再び観察した。


(神秘かあ。……なんも感じないな)

「そして、神秘とは元々、天界の偉いひとが地上に持ちこんだものでして」

「うわ、登場人物増えた」

「そう難しい構成ではないですよ。この世には天界があり、地上があり、魔界があります。ハイ、おしまい」


 カメリアが話を噛み砕くあまり、単純過ぎる組織図がウタハの頭のなかで出来上がる。まるで赤子に聞かせる夢物語だ。


「空がくすんで見えるのが気になる、ということをおっしゃっていましたよね。それはね、昔、地上世界で神秘が砕け散ってしまったからなのです」


 そのままウトウトし始めるウタハの耳に、物語の続きが編まれる。


「これは、姓名のルールが変わったことにも影響しています。神秘は文字にも宿る。地上の人々は、与えられた名の意味するところを失った。それゆえに解体されたことばを継ぎ合わせ……」

(ねむぅ)


 説教が複雑になってきたところで、気の赴くままにまぶたを閉じる。こういう話のほうがよっぽど子守唄になることを、ウタハはよく知っていた。





「さて……君がよく眠るのでもう夜間です。わかってますか、明日は編入初日なのですよ」

「えー、もう?」


 日がな寝台でごろごろしていたら一日が終わろうとしていた。最高だ。


「お兄さま、何してました」

「手続きをしてきましたよ。これで明日から文門の特別教師です」

「文門……ウタもそこすか」

「ええ、君も文門です。他には武門、星門と領域が分かれております」


 学校のなかの所属学部のようなものなのだろう。ウタハは「ほへー」と納得の意を示し、それから夕飯について考えた。


「詳しいことは通われているうちにわかってくると思います。いま大事なのは……そうですね。君が編入するクラスは一年生なので、間違えないように」

「え、ウタじゅうはちぇすよ」

「十八? それは魂の年齢のことですか。ここでの君はいっそ初等部からやり直したほうがよい知識量なのですから、我慢なさい」

(たしなめられた。まあ、いいかどうでも)


 ぴちぴちピカピカの一年生の教室に入るのは不本意だが、どうせまともに通う必要もないのだ。いまはとりあえず、白米の気分だ。


「あの、おむすびって作れます?」

「おむすび?」

「あ、やっぱないかあ」

「何個ですか」

「あるんだ……逆になんでそれはあるの?」


 結局、ウタハはおむすびを三つ食べた。

 梅味がおいしかった。つまり、梅のようなものも存在した。


「眠っているだけでもお腹は空くんですねえ」

「すきますよ。寝るのも体力使うんで」


 一見皮肉とも捉えられる兄の発言に、ウタハはしゃっきりと答えてみせた。世はそれを開き直りと言う。


「さて……お散歩に行こうかな」

「え、どうされました。ここにきてはじめての行動的な発言ですが」

「意味のない散策はすきなんすよお。日も暮れてちょうどいいんで」


 ウタハが話しながらぽてぽてと扉まで向かうと、なんとカメリアも着いてきた。RPGのパーティメンバーのごとく等間隔な速度で追跡される。


「ひとりでいけぁすよう……」

「いえ、お気になさらず」

(会話になっとらんけども)


 振り切る気力は当然湧かず、ウタハはあきらめて兄をともなって廊下に出た。

 カメリアが後をつけるのはウタハの徘徊ルートを把握するためであったが、ここまで眠ってばかりだった妹の歩行シーンにうっすらと感動を覚える。


「やや猫背気味の、如何にも不健康そうな歩き方……お父様にそっくりです」

「なに、貶されてる?」

「いいえ、真心です」


 アンティーク調の螺旋階段を降りるあいだ、そこそこ騒いでいても他の寮生の気配が感じ取れないことをウタハは疑問に思った。

 ただ、ごく薄いが生活の残滓を嗅ぎとる。寮生が少数しかいないうえ、全員出払っている、と考えていいだろう。


「広ー……なにここ。休憩所?」

「正解です。寮生のためのサロンのようですね」


 螺旋階段を降りきると、そこには大空間の談話室が広がっていた。顔をうえに向けると、天井が遥か遠くに見える。


(吹き抜けか……オーキャンで行った大学でしか見たことないな)


 見上げ過ぎると首が痛いので定位置に視線を下げ、手近なソファのふちに触れた。ふかっと指先がしずむ。


「なんか、部屋にもどるのがだるいときに良さそうっすね」

「ここを根城にし兼ねないなあ……憩いの場ですから、占領したらいけませんよ」

「えー? 魔王の娘なのにぃ?」


 不遜極まりない態度である。

 魔王から求められている振る舞いとしてはこれが正解ではあるのだが、カメリアはただ微苦笑を返した。


「それでも、魔族同士の諍いは避けて通ったほうが面倒ごとが減ります。身内がぶつかることはお父様の本意ではないでしょうし、君も面倒はお嫌いでしょう」

「……まあ」


 またウタハとて、無益な争いをよしとするほど血気盛んなわけがない。ほんの冗談に本気の心配を返され、信用度の低さを思い知った。


(よぉし、この調子でどんどん低みを目指すぞお)


 なけなしの期待値がマイナスになってきてからが本番である。

 ウタハは「やる気」ならぬ「やらない気」パワーを充電すると、休憩所の観察もそこそこにようやく外界へと通じる扉を開錠した。


(……おー)


 途端、一陣の風が吹きこんで、土と草木のにおいが鼻をくすぐる。夜目が効くおかげで建物をぐるりと囲む薔薇の生垣もよく見えた。


(部屋から出る以上の開放感だな、これは)


 アーチの外へ続く石畳の小道を通り、くるりと振り返る。薔薇の生垣に守られるように建つ〈銀狼館〉は、何故だかひどくつめたい印象を受けた。


(つるばらが壁面に巻きついているから? いや……)

「どの薔薇も、色褪せてる……」

「え、今なんと?」

「うわ、急に喋らんでください」


 置き物のように静かだったカメリアが口を開いたことで、ウタハは考えていたことを忘れた。建物の観察よりも、散歩がてらお昼寝スポットを見つけることに余力を割きたいと思った。


「寝続きで眠る気は起きないでしょうが、あまり歩き回ると明日に響きますよ」

「魔族でしょ。夜が本領発揮ぃー、とかないんすか」

「ッくはは、まさか。大昔ならいざ知らず、この現代において時間帯による行動制限は起こり得ません。むしろ、魔界より過ごしやすいくらいです」

(笑い方、怖ー……)


 乾いた笑いに意識を引っ張られたおかげで、肝心な話の内容を理解するのに時間が掛かった。さくさく周辺を練り歩きながら、ゆっくり頭に浸透させてゆく。


「なんだ……夜間学校とかそういうの、ないんだ。日中起きられる気がしないんだけどなあ」

「ほう、それは面白い考えですね。ただ現状、それをする必要性がありませんので、早起きして通いましょう。がんばって」


 兄からの容赦のない声援を受け、ウタハは深呼吸もかくやの盛大なため息を吐き出して空を仰いだ。


(あれ)


 そうしていると、草木も夜空も一向に冴えず、くすんだ色合いであるのに、星だけはチカチカとウタハの知る通りの輝きを放っていることがわかった。淡い吐息が天にのぼるのを不思議な心地で見送る。


「月は……見えないんぇすね」

「天上のお方がお隠しになられたそうです」

「ふうん、独り占めか」


 いつもの通り、大して脳みそを働かせることもなく、ウタハは豪胆にもほどがあるジョークを口にした。


「じゃあ取ってきて、お兄さま」

「……。そんな……」




第2話/大蠍、大鴉 - 了.

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