表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/27

第1話/魔界を質に入れましょう②


「おはようございます。さて、昨日の続きと参りましょうか」

「……。なんか毎回律儀にあいさつから入ってるけど、ここ朝とかあるんすか……」


 翌日、眠り続けるのにも飽きたウタハが気まぐれに半身を起こしたタイミングを見計らって、兄たる青年は赤い髪をサソリのしっぽのように揺らしながら再び石室を訪ねてきた。


(まあ好みの美形……なんだけどなー)


 男の顔には、相変わらずうさんくさい微笑が絶えない。なにより毎日変わらない服装がウタハの胸中をざわつかせた。

 喪服を思わせる、ゆったりとした布地の、真っ黒な服。


「おっしゃる通り、魔界に昼夜はございません」


 狂おしいほどの白銀の世界では、異郷の兄だけがいっそ鮮やかで、どこかさびしい。


「しかし、地上には、あります。それを知った以上、僕は一日のあいさつをせずにはおれないのです。……ところで、見つめ過ぎでは」

「え、なんすか? 顔しか見てなかったや」

「ひどい……その集中力をわずかでも聴力に分けていただきたい」


 がっくしと肩を落とす美丈夫を前に、ウタハはちっとも悪びれずに「てぃひひ」とおどけてみせた。それどころか、「アドバンテージの高い顔と声に気を払うと、肝心の話の内容が素通りしていってしまう」罪は見逃されてしかるべきだとすら考えていた。


「コホン。次は、よく聞いていてください。すぐ済みますから」

「えー……でも、がっこは嫌ぇす。しけんもなんにもない世界だと思ってたのにぃ」

「それが、学校には通ってもらいますが、お父様の作戦によるとまじめに取り組んでもらう必要はないそうなのです」

「ン?」

「はい、ここでお父様」


 ふいに、兄がパンと音高く手を叩く。

 あわせてズシンズシンと重たい足どりが石室の外から響きだし、巨像がニュッとすがたをあらわした。どうやら、この部屋の天井がありえないほど高いのは、居住者の身長に合わせた造りであるから、らしい。


「わ、我が娘よ!」

「おー……自称魔王さん」

「そのまま泣きつくのです、感情に訴えて」

「指示丸聞こえっすけど……」


 魔王は警戒する――否、敬愛する息子の指示通り、ウタハに取りすがろうとして……瞬間、思いとどまった。

 冷静になったのだ。自分の両うでを愕然と見下ろす。

 こんな巨きなからだでは、華奢で可憐なつくりの娘など、いともたやすく壊してしまう。ああ、なんとたよりない両うでだろう……。


「ちょっと芝居に真剣過ぎますね。お父様、しっかりなさって」

「カメリア、いつも迷惑をかけるね」

「いいから、説得」

「うむ、うむ」

(これが、魔王……)


 ウタハには、うっとうしいノリの巨像にしか見えない。

 しかし、少しかわいそうだなあと思って、ウタハは棺からよっこいせと降り立った。兄が呆然とウタハを見る。おおかた、「ウタハが立った!」とでも考えているはずだ。


「えーっと、なんだっけか……おとーさま? は、実はか弱い乙女になりたいって話だったっけぇ」

「言ってないよ」

「再三話しておりますが、お父様はウタハさんに学院へ通ってもらいたいのです」


 ふぅん、と興味なさげにウタハは腕を組んだ。そこで、ぽよよんとしたものに触れる。


「うわ、おっぱいデカ」

「慎みをお持ちなさい」

(あるんだ……魔界につつしみ)

「そこね、こだわりポイント」

(ないっぽいな)


 魔界のトップが胸の大きさにこだわっているのだ、やはり兄のほうが変わっているのだろう。

 ウタハはふと、見た目をきちんと確認していなかったことに思い至った。身だしなみに気を遣わないなど、元の世界ではありえなかったことだ。ふん、とここにきてはじめて自嘲じみた吐息をこぼす。


「あのぉ、ここに鏡ってありませんかね。できれば全身が見れるやつ」

「鏡……いえ、説明どころじゃなくなりそうなので、それは終わったらお出ししましょう」


 なにか思うところがあるらしいカメリアはウタハを見て数秒黙考し、鏡台の用意を拒んだ。仮にも妹……いや、淑女に対して失礼ではなかろうか。

 脳内ではそう反抗してみせるものの、ウタハも食らいつくほどの気力は擁していない。反抗はおろか反応もせず、巨大な父親を見上げる。


「ぐッ……やめよ、要件だけを求める無関心な瞳で我を見つめるのをやめよ。古傷が疼いちゃうから」

「…………」

「うん、言う言う。言うから、無言の圧はやめようか。……ェッホン、まあね? 学院には通ってもらうよ。もらうんだけど……我が娘には、その学院でめちゃくちゃやってほしいんだよね」

「……めちゃくちゃ?」


 うむ、と魔王はうなずいた。

 その挙動だけでゴウンゴウンガッタガッタミシミシッと石室の柱が揺れ、騒々しい。一方、早々に魔王を見上げるのに疲れたウタハは兄のほうに視線を差し向けた。


「え、僕? ……あー、お父様のお考えに関しては、僕も戻ってきてから伺ったのですが。どうもこの通り、君は試験を受ける必要がないというわけです。お父様の望むべくは」

「にっくき下界でひと暴れしてきてほしいッ! 学院に籍を置きながら授業も試験もバックれ、邪智暴虐のかぎりを尽くしてもらいたいッ! 籍といっても狼藉のセキを置くのだー! ワーッハッハッハッハッ、ハッ! げほっ」


 咳きこむほど興奮する魔王のかたわら、目配せでウタハへ理解をうながす兄。まるで優秀な宰相のようだ。いつか裏切るタイプの。


「……オッホン! 実のところ、すでに編入手続きは済んでいてな。現状起きてる遅延行為も褒めてつかわしたいんだけど、そろそろタチの悪いイタズラだと思われそうだから、娘ちゃんには早々に出立してもらいたいのだよ」

「いや、それってぇ……そもそも、ウタの存在がイタズラってことぇすよね。え、じゃあよくない。そういうイタズラってことにすりゃあさ」

「むりむり、嫌に決まっておろう。イタ電レベルのイタズラなんぞ、魔王が仕掛ける悪事にしてはショボ過ぎるだろ」


 ウタハは、それを聞いてぶるぶると震えた。

 些細な理由でウタハを異世界に呼び寄せた魔王の傍若無人っぷりに怒りを覚えて、ではない。魔王の卑劣なやり口に正義感が湧き上がった……わけでもない。

 ウタハはスッと巨像の王に向きなおると、ただひと言、異を唱えた。


「メリットは」

「うむ?」

「ウタの、メリットは」

「ああ、褒美か……うむ、考えてな」

「考えてない、わけがない。そうおっしゃりたいのですよね、お父様」


 魔王によりすべてのお膳立てが無に帰そうとしたその一歩手前、賢明な息子はなんとか軌道修正をはかりにかかった。

 ここ数週間、ウタハのようすをつぶさに観察していたおかげで勘が働き、最悪のシナリオ――「振り出しに戻る」事態を避けてみせたのだ。


「う、うむうむ。そうよな、褒美な。まずアレだ、金に糸目はつけんから、下界でぞんぶんに豪遊するとよい」

「ごうゆう」


 現金な少女の瞳がきらりと光る。釣り糸にかかったと見て、魔王は一気に調子づいた。


「次に、魔力の制御を解こう。お主の素体は我が心血注いじゃったせいで……あと魂の適合率が高すぎて……相当の魔力が眠っておる。危険なので縛っておったけど、そうよな」


 魔王は悩む素振りこそみせたが、ぼんやりとした表情の娘を見遣ると、たかを括って魔力制限を解除した。


「使っちゃっていいよ」

「僭越ながら、お父様……」


 この場において、脅威の認識があるのは実の息子ただひとりだ。だというのに、魔王はどこ吹く風で続けた。


「しかし! その代わり、万が一に備えてカメリアをそなたの世話係に任命しよう。むふふ、我ながら冴えてるなあ」


 この魔王、忠言に耳を貸すどころか、無茶ぶりを振る始末である。

 また悲しいことに、魔王が長年警戒している相手こそ、息子の「カメリア」なのであった。遠ざけたいあまり嫌いな地上に放りこんでいる点を鑑みるに、その溝は深い。


「それは、僕も学徒になれということでしょうか。もう23歳にもなるこの僕に?」

「だいぶサバを読んだな息子よ。そなたはもう一千歳に及ぶであろう」

「いいえ、正しくは923歳です。それでも魔界においては未熟者ですが……それと、地上での推定年齢は23で合っております」

(魔界、年寄りしかいないのかぁ)


 ウタハは、カールした髪の毛先をいじりながらあとは成り行きに身を任せることにした。何せ、「豪遊」が許されたのだ。贅沢なくっちゃね生活が約束されるのなら学院生活も満更ではない。魔力とやらが強力なぶん、危険性も減るだろう。


「それに……僕の仕事はどうなります」

「え、仕事って徘徊のこと?」

「いえ、僧侶です。徘徊ではなく、巡礼です」

(そう……りょ?)


 僧侶というからには、兄の腰にまで到達する長さの髪が気にかかる。ウタハの知識ではお坊さんは頭を丸めているものなのだ。


「よい、よい。それは元々建前であろう。フン、それにしても、人類より忌むべき存在たる天界の神を敬うなど……我への当てつけのように思えて、いいかげん我慢の限界だったのだ」

「お父様、僕は」

「ええい、父の命令は絶対である。そうさな……カメリア、お前は魔王の息子であることを明かし、妹の補佐として文門の教師にでもなるがよい。僧侶のステップアップとしても問題はなかろう」

(すてっぷあっぷ……なんか、急に現実的な単語だなあ)


 ウタハは父子がにわかに揉めるようすを眺めつつ、異世界語の同時翻訳の粗をつついてみる。


(それにしても、不器用な関係)


 魔王が息子を警戒し、追い出したいという気持ちは偽らざる本音だろうが、端々のフォローから察するに、完ぺきに愛情が欠けているとも言いがたい。


(ああ……どうでもいい、めんどくさい)


 これほどまでに拗れたふたりの間に入るのは、どうしても骨が折れる。ウタハは緩慢な動作で頭を振り、それから巨像に向かって腕を振りかざした。


「出でよぉ、キッズにかえれビ〜ム」

「ンなっ、な、なにをぅ……ッ!?」


 ――ビビビビビッ。


 瞬間、ウタハの指の先から、でたらめな軌道のビームが魔王に向かって放出された。よほどの不意打ちかつ素早い攻撃だったのか、それは間もなく魔王の全身を包みこむ。

 キッズにかえれ……「若返れ」と魔王に念じてはみたが、ウタハはせいぜい、巨像のミニマム版をイメージしていた。ところが、頭、首、胴体、腕、足などなどの鎧を構成する各部位が空中分解し始めたことで、稚拙な想定が全くの的外れだったことを悟る。

 果たして、巨大なパーツ群が地面に叩きつけられたあとに残ったのは、黒々とした薄もやをまといし裸体の美少年だった。印象的な赤い髪は息子たるカメリアのものより彩度が高い。


「な……なにを……した?」


 その場でぽかんと呆けているのは、赤髪の少年だけではない。カメリアも、そしてウタハも、同様の表情で「さっきまで魔王がいた地点」を見下ろす。


「へえ、若い魔王さんてそんな感じなんだ。そっちのが全然いいじゃん……」

「ア!? ちが、おま、はわわわわ」

「お父様――いったい彼女にどれほどの魔力を注いだのです。これでは……これでは、下手をすれば魔界の均衡がひっくり返ってしまわれます」


 正気を失いかける魔王に反し、兄は平素の調子で問題点を口にした。ただ、その額には冷や汗が滲んでおり、血の気も明らかに失せている。


 ――魔王の嫡子・カメリアは、妹とされる少女が、己すらも凌駕する強大な魔力を保持していることを肌で感じ取っていた。


「そ、それはないからッ! 我をみくびるなよ、数日も経てば元通りになろう。再び我が娘以上の魔力にまで回復するッ!」

「数日も掛かる時点でおかしいのです……その間に、彼女が魔界じゅうの生物から無差別に魔力を吸い取ったら? お父様は今しがた、まさに、そのような方法で、奪われたのですよ」

(ええっとー……)


 魔王が、ただ力なく、しな垂れる。

 どうやら、状況が理解できていないのはウタハだけのようだ。面倒ごとを片づけようとしたら、さらに面倒なことになった。

 魔力とやらも、女児アニメのイメージで使ってみたらあわや大惨事である。豪遊が遠のくし、危険人物扱いは避けたい。


「いや……ちがうか、逆だ」

「む、むすめ、まて、早まるなよ」


 不穏なウタハのつぶやきを拾い、ちいさな魔王が慌てて立ちあがる。はだかんぼうのままではどうにも寒そうだ。


「……うーん? そんな偉そうな口聞いちゃっていいのかなあ?」

「なッ……この魔王に向かって脅迫とは貴様……ッ、満点だぞ!」

「お父様、魔族適性度を採点している場合ではございません」


 ウタハはくひひと笑い、棺のなかに敷いてあるシーツを魔王に向かって放った。一応、脅しを兼ねた防寒対策である。


「お先まっくら!」

「いいえー、魔界は安泰ぇすよお。ウタが戻らないかぎり!」

「……疾く下界に向かえッ! そして永遠にめちゃくちゃするがよいッ!」


 今度こそ思惑通り、未来永劫続く「豪遊」が約束されたと同時に、ウタハは口もとをゆみなりにつり上げて異郷の兄を見た。


「聞きました? おにいさま」

「あーあ……ええ、聞きましたとも」


 カメリアは、力なくそう答えた。答えるしかなかった。

 今までの積み重ねが……そして、これから彼女の教育に費やすであろう時間が、「聞いていないフリ」を許さなかったのである。


 かくして、強大な力を持つ魔王の娘は、魔界の存亡を両手にしっかり握りしめ、地上へ至る大きな一歩をゆるやかに踏み出したのであった。




第1話/魔界を質に入れましょう - 了.

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ