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第8話/入り口はこちら①



「お兄さま!」


 文門寮――〈白羊館(はくようかん)〉がそびえる一角を早足で通り抜けようとする影ひとつ。

 一秒たりとも止まることなく進むはずだったその俊足は、だれかさんの甘えた声によって急停止を余儀なくされた。静止してなお躍動感に満ちたその身は、「兄」という呼称とは裏腹に、凛々しい少女のかたちを取っている。

 それから少女は目を凝らし、中等部の女の子たち――少し前まで自分もそこに在籍していたのに、ふしぎといくらかあどけない――の、輪のなかに「弟」がまぎれているのを確認した。

 当の弟はと言えば、視線が絡めば途端にわざとらしく頬に手を添え、「あっ」とちいさく声をあげてみせた。彼の、幼さを強調するために二本に分けて結わえてある三つ編みが、そよそよと風に揺れる。


「しつれい。……お姉さま! この〈(むらさき)たる豊穣(ほうじょう)〉のお姉さま!」

「もう聞こえてる、聞こえてるよ、紫」


 少女が俊敏な動きで弟のそばまで駆け寄ると、中等部の子どもたちはかすかに色めきだった。何せ、中等部では男装の麗人と名高い〈純なる詩歌(しいか)〉の登場なのだ。


 ……しかし、〈純なる詩歌〉にとって、その反応はいささか心苦しいものだった。


 高等部では悪名のほうでとどろいているのに、中等部ではもて囃されているだなんて、とてもじゃないがすなおに喜ぶ気が起きない。


「よかったあ。お姉さま、ひかえめに引き止めるには行動が機敏すぎるもの。必死になる僕の気持ち、ちょっとは届いたかしら?」

「もちろん。届いたから、ここにいるのだし……」


 愛嬌たっぷりのうるんだ瞳に上目遣いで見上げられ、〈純なる詩歌〉は前髪を搔きあげる仕草と共に微苦笑をこぼした。彼女の考えは、こうだ。


 ――いまは没落して形なしだが、かつてこの千年王国で、学院の文門部設立に携わるほどの名家だった我が血筋の高貴なる部分は、すべて弟が引き継いだにちがいない、と。


 現に、中等部では若き淑女たちから絶大な人気を誇る一大サロンを弟・〈紫たる豊穣〉は築いていて、〈純なる詩歌〉への高すぎる評価の実態も彼の根回しによるものなのだった。恐ろしいまでの政治手腕である。


「で、呼び止めた理由は?」

「あーら。そんなふうにせかせかしていては、あっという間にお命が燃え尽きてしまいますよ。……お姉さま、共にあちらへ」


 〈紫たる豊穣〉は学友たちに断りを入れると、しゃなりしゃなりといかにも雅やかな調子で歩き出した。ただし、そのせいか歩幅がせまいので、〈純なる詩歌〉は少し苦労してスピードを合わせる。


「はーあ……お姉さまはあいかわらず文門がお嫌いだよねえ。僕というものがありながら。僕というものがありながら!」

「紫は中等部じゃないの」

「帰る寮は同じでしょう。そうだよ、せっかくいっしょになれたのに、お姉さまときたら」

「わかってる。私が弱気なばっかりに、さみしい思いをさせちゃってごめんなさい」


 すまなさそうにしゅんとうなだれる姉を前にして、〈紫たる豊穣〉は、ぷぅとかわいらしく両頬をふくらませた。肩先に掛かった三つ編みをせわしなく指先でもてあそぶ。


「もぅ、ずるいなあ。……ほら、お姉さま、かおをあげて? 頼まれていたことで良い報せを掴んできて差しあげたのだから」

「なにか頼んでたっけ」

「魔界からの編入生のこと、気にしてらしたでしょう?」


 ああ、と姉がうなずく。こちらの話題に興味を示した気配を感じ取り、〈紫たる豊穣〉は居住まいを正した。こほん。生まじめぶった咳払いのあと、右手の人差し指を振るう。


「よく聞いて、お姉さま。四の五の言わず、まずは近日開催の合同レッスンに参加なさいませ」

「……合同、レッスン?」



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