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第7話/影の裏の野心の星の③


「さて……」


 星門の塔が近づいてくると、どこかぼんやりとした印象の顔立ちにマイナーチェンジした〈すずめ〉は、無意識化で自身の前髪をぎゅうと引っ張った。一方のウタハは、その緊張感につられることなくあくびをこぼす。

 授業の最中だからだろう、あたりは閑散としており、ヒトの気配は皆無だ。そんな状態だったからか、ウタハはふとちいさな違和感を嗅ぎつけた。


「ウタハちゃん、ちょっとだけ待っててもらっていいかな」

「あー、うん。……や、ウタもより道してきます」

「え、よりみち?」


 途端、〈すずめ〉の表情にありありと「心配」の二文字が浮かぶ。特待生連中を粛正する気がいをすっかり失って、身体ごとウタハに向き合う。


「なら、おれもそっちへ行くよ」

「おー、すずめくんも気になる? じゃあ、こっち」


 ウタハがのんびりと、けれど迷いのない足取りで進んだ先はうっそうとした獣道で、〈すずめ〉はまたしても戸惑った。

 ウタハの散歩はいつだって自由で、道なき道を歩くことも、これまでに何度かあった。ただ、この道には曰くがある。〈P-04〉だったころの〈窓辺のすずめ〉が、偵察のために常日ごろ使用していた抜け道なのだ。


「どうしてこっちに……あっ」


 〈すずめ〉の混乱が解消されぬ間に、ウタハと〈すずめ〉はあっさりと星門の塔の裏がわに辿りついた。上へ上へと続く螺旋階段は中間地点がなく、てっぺんまでひと息に続いている。

 幾度となく通ってきた裏道のはずだ。なのに、この階段の存在を〈窓辺のすずめ〉は今の今まで知らなかった。


「疲れる長さだなあ」

「……上に興味が?」

「うん。寮で嗅いだことのある匂いがして。たぶんだけど、ウタより先にあっちに住んでたひとがいるんじゃないかなあ」

「〈銀狼館〉の住人というと……え、それ、魔族がここにいるってことになるのでは?」


 混迷のなか、さらに予想外の話を持ち出され、〈すずめ〉が目をみはる。排他的と言えるほど人類の偉大さについて熱弁を振るう「星門」が、なんのうま味もなしに魔族を受け入れるわけがないと思ったからだ。


「顔が気になるところだし、いっちょ行きますか」

「かお? なぜ顔?」

「美形が好きだから」

「えっ……おれの顔はどう? 好み?」


 上にいるらしい魔族のことなどすっかり念頭から抜け落ち、〈すずめ〉がずずいっとウタハに詰めよる。ウタハは、距離の近さにうろたえることなく変装中の〈すずめ〉の顔を眠たげな瞳で見返した。


「うん。もちろん好きよ」


 その場においてのいつわらざる本心を口にする。自分で何かを選ぶことのない生き方をしてきたなかで、図らずも自分が従わせた存在……ウタハにできた、初めての後輩が〈窓辺のすずめ〉なのだ。


「かわいいと思ってる」


 そんな〈窓辺のすずめ〉が、かわいくないわけがなかった。


「へ、へへ、照れるな……あ、おれ、いつもの顔じゃないんだった。つまりこっちが好み……!?」

「え、だいじょうぶぇすよ。そんなに違いないよ」

「よかった……よくない! 印象を変えてるつもりなのに!」


 ウタハが大らかなのか、それとも魔力操作を誤ったかと慌てる〈すずめ〉を横目に、ウタハは再び塔の最上階へ続く螺旋階段を見上げた。


(メンドーだし、跳ぼう)


 それから、気が滅入る前に足裏へ魔力を集め、ウタハはひと息に最上階まで上昇した。もちろん、地面のほうは衝撃を受けてボロボロである。

 合図もなく瞬間移動した主人を追うため、健気にも即時に小鳥に変化した〈すずめ〉が小鳥の身にしては猛スピードで舞いあがってくる。


「よぉし」


 それを確認すると、ウタハは手すりをひょいと乗り越えて扉前に降り立ち、うす暗い室内に足を踏みいれた。部屋に入る前から気になっていた、ほわっと香る甘酸っぱいにおいが鼻につく。


「真下でずいぶん立ち往生していたようだが、何かあったのか」

「……」


 それはとても自然で、だからこそとてつもなく不自然な文言だった。

 不法侵入に等しいウタハを叱るでもなく、まるで親しい友人を迎えるように掛けられたそのやわらかい低声を、ウタハは知らない。

 上等な腰かけに座り、上等な机に置かれた上等な果実酒を飲むその男の、いかにも魔界出身然とした青白い肌や、とがった耳、頭の左右から突き出ている大きなツノは、一度目にしたら忘れられそうにない見た目で、それゆえにウタハは初対面であることを確信した。なにより美形だった。

 男は、喋らないウタハを見やると、手元の果実酒にちらと視線を落としてからまた口を開いた。


「ああ、これが気になるのか。ちょうど殿下のぶんも用意したところなんだ。口に合うといいんだが」

「……でんか」

「カメリア殿下に次ぐ、魔王陛下秘蔵の寵姫……と聞いている。あなたのことだ、ウタハ殿下」


 腰かけから立ちあがった男が、ウタハの正面でうやうやしく一礼する。これで、身長も体格もカメリアとほぼ同じくらいだということがわかったが、瞳のギラつきだけがどうも違った。

 ハーフアップにした髪をさらりとかたむけ、男は握手を求めるように右手を前に差し出した。


「俺の名はシレネ。魔族のなかではもっとも魔王陛下とつながりの深い一族に身を置いている者だ。どうぞ、ごひいきに」

「はあ。はい」


 特に断る理由もないので、ウタハは「シレネ」と名乗るどうやら親戚筋っぽい男の手を握った。


「ぜえ、ぜえ……ウタハちゃん!」

「なあに、すずめくん」


 そこへ、小鳥のままの〈窓辺のすずめ〉が一直線に飛びこんできた。相当急いだのか、呼吸音が荒い。〈すずめ〉の変化が解ける。


「やっぱり、危険、だ……っ、この、シレネとかいう男、は……っ!」

「おや、これはこれは。ずいぶんと半端な魂だな。……もったいないことをした、喰っちまえばよかった」

「……!」


 ふと、シレネの毛先が紫色の炎をあげてゆらめく。〈すずめ〉はひるんだが、ウタハは感心した。


(アレ、いいなあ。わたし、ああいうオプション積まれてないんだよなあ)


 今まで遭遇した魔界の住人……魔王の実子であるカメリアや、地上人類の血も流れている〈窓辺のすずめ〉が至ってヒトに近い見た目をしているので、シレネのおどろおどろしい容姿は新たな刺激をウタハにもたらしたのだった。


「そう身構えるな。彼女のものを横盗りする気はない。俺は臆病なたちなんだ」


 言葉通り、シレネの緊張を感じ取っていたウタハは何も口を挟まなかった。魔界は力くらべに敏感だという話は本当らしい。


「んー……でも、おかしいな」

「嘘じゃない」

「はい、ウソじゃないぇすよね。だから、すずめくんから見ても大したことないと思うんだけど」


 シレネの片眉がぴくりと跳ねた。〈すずめ〉は、改めて力の差を見定めるため戸惑いがちにシレネに向き合った。すると、圧倒的に思えた魔力のイメージがふっと立ち消え、ウタハの言う通り「大したことない」力量差があらわになる。


「またやられた……におい、か! 魔族シレネ、星門上層部は何を企んでいる!?」

「この愚図、少しは頭を使え。……魔界の産物を下界の人間が調達できているのはなぜか? きっと手引きしてる賢い誰かさんがいるはずだよな。ほら、もう答えに近づいたぞ」


 シレネはうっとうしそうに言い捨てると、さっきの席には戻らず、来客用のソファにどかっと腰を下ろした。それから、目くばせでウタハに向かいの席をすすめる。魔力を使って手前に引きよせた果実酒で喉を潤おすあいだも、シレネがウタハから視線を逸らすことはなかった。


「何もしないんで、楽にしていいぇすよ」

「……」


 シレネの余裕しゃくしゃくな態度はある種の見栄であり、防衛機能でもあったのだが、それらがウタハに最初から通用していなかったことを思うと、どうにも居心地が悪いのだった。それでもシレネは不遜な調子を崩さない。


「魔族シレネ……おまえの言うことが真実なら、星門トップは魔族であるおまえと手を組んでいることになる。では、星門は……」

「下界の人間どもだけで構成された組織ではないのさ」


 ウタハに寄り添って立つ〈すずめ〉から発せられる、不安感……それをプライドを保つためのよすがに定め、シレネはゆったりとグラスを回す。


「俺は火力に限って言えばそこそこだ。が、得意分野が洗脳の類いでな。それを別のかたちに加工し、有効活用する方法を、日夜優秀な学徒諸君に考えてもらってるわけだ」


 ……そのために必要となる実験材料の提供を条件に。

 かつて、〈窓辺のすずめ〉をうまい話で唆したのは地上人類だったが、あの厄介な薬品は元を辿ればシレネが作らせたものということになる。〈すずめ〉は歯噛みした。


「ああ、特待生クラスとやらにはこのことを知らされていないんだったか。……とにかくこれで、下界の王さまが星門に肩入れしたがらない理由がわかったな」


 親切なやさしい声色で、シレネは歌うようにひとつの真相を語る。それからスッと酒杯を持ったほうの腕を天井へ掲げてみせた。


「もっと高いところから眺めると、きみが関わっていた連中もまた誰かの手駒だったのさ。はは、笑えるだろ」


 ダンッ。

 ひと息に飲み干され、カラになったグラスが卓上を叩く。


「ふぅ。ところで、ウタハ殿下は飲まれないのか?」

「ウタ、未成年なんで」

「みせいねん? なんだ、聞いたことない断り方だな」


 無法地帯の魔界に飲酒の規定年齢など存在しようもなく、シレネが首を傾げる。


「……あ、そぉか。お酒って、飲もうと思えば飲めちゃうんすね。まあけど、今はいいや」

 それを遅まきに理解したウタハは、テンションのギアをひとつ高いところへ持ちあげかけたが、寸前でレバーを下げた。いまは他に優先したいことがあったからだ。


「もし飲むんなら、レッスン後に飲んだほうが良さそうだし。ね、すずめくん」

「え……え? 行くの?」

「あれ、そういう約束ぇしたよね」

「けど」


 現在、当たり前だが〈すずめ〉はいたく混乱していた。裏で糸を引いている特待生をこらしめようと思った矢先、その特待生まで誰かの手のひらで踊らされていることを知ったのだ。

 しかも、長きに渡って人界の権威を主張してきた星門が、実は魔族と手を組んでいたなんて……。地面が足下から崩れ去るような事実だ。


「嘘つきだらけの星門で学べることなんて、何もないのかもしれないよ」

「はあ」


 ウタハは上の空で相づちを打ち、


「え。別に良くないぇすか、それで」


 次に、ふしぎそうに目を丸くした。


「そ、そうかな」

「だって、デートの口実ってんなら授業の中身とか関係なくないすか」


 〈すずめ〉の顔つきが変わる。この日、この瞬間、雷に打たれたような衝撃が彼を貫いたという。


「本当だ、関係ない……!」

「でしょう?」


 反面、シレネは呆れを隠すように咳払いをこぼした。


「……大したものだな」


 ウタハの提案は、問題の先延ばしに過ぎない。

 とは言え、シレネのほうも取り引き相手である星門の「真の企み」まで明かす気はなかった。強者を追っ払う……もとい、「接待」のため、本来は〈銀狼館〉にいるはずの自分がここに居座っている理由を教えただけである。嘘はバレるから、話せることだけ。保身以上に大事なことなど彼にはなかった。


(結果的には魔界のためにもなることだ。その「いつか」が来たときには、手柄をみやげにさっそうときみの足下へかしづくぜ、王女さま)


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