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第4話/はじめての詩作レッスン③



 本鈴後、あの状況で兄たるカメリアが〈朝焼け〉の暴挙に口を挟んでくれなかった理由を、ウタハは早々に悟ることとなった。


「まず筆を取れ、持ちかたがおかしい字を書く姿勢じゃない何でもいいのだ単語を綴れ」

「いーやーだー……」


 〈朝焼け〉の詩作指導は教師より鋭く、しかもウタハに付きっきりときた。これではサボる暇もない。ウタハがいくら邪険にしようが、くだんの第二王子は辞書を片手に、


「ダークネス! 脳が働かないのならまずは題目を決めるがいい、鳥頭令嬢。そうだ、私ならどうだ。この〈朝焼けの剣戟〉について記してみよ、詠みやすかろう」


 などと宣う。

 頭が痛い、というか眠たい。休ませてほしい。とめどない欲求が、ウタハの思考回路を少しだけ働かせにかかる。


「あー……じゃ、手本。おねがいしぁすよ」

「なに、手本? この私に詩をねだると。ハハハハハ、強情な娘だ」


 〈朝焼け〉はすでに歌をうたっているかのような節回しで笑い声をあげたのち、配られた真っ白な紙に何かを書きつけ始めた。


(やった)


 ウタハは実に自然な流れで詩作から逃れたことを内心で喜び、手持ち無沙汰な状況を免罪符にまぶたを閉じる。

 反面、脳裏に浮かぶのは、声のわりにまったく目が笑っていなかった先ほどの第二王子のかおだ。


(手本を要求した代わりに、多額の請求がきたらどうしよう。……いいか、魔王宛てにすれば)


 〈朝焼け〉が口を閉ざしたことで、教室内にようやくの平穏が訪れる。ウタハ以上に助かっているのは教師やクラスメイト連中であるはずだ。教室の隅のノイズと扱うにしても、〈朝焼け〉の声は朗々と響き渡り過ぎる。


「……うむ、完成した! 私が私について記した詩だ、貴殿でもわかるように表現は明瞭にしてある。読み聞かせてしんぜよう」

「んー……あー、どもです」


 短い平穏だった。

 ウタハは視界を閉じたまま頭を下げ、〈朝焼け〉の読みあげを待った。耳だけ貸せば良いのなら、目を開けて聞く必要もないという自己判断だ。


「朝焼けのうた


 ライトネス!

 それは私 

 セピアの大地をあまねく照らすもの

 私がそこにいる 明暗分かつ


 然りとて ダークネス!

 この地上を覆う曖昧なるものよ

 朝焼けの下に 露と化するものよ

 聞け! あの剣戟を

 空高くこだまする 最上の音色を

 それは光 それは火 それは私!

 千年王国を守護せし崇高なる焔なり!」


 パチパチパチパチ……。


「ハッ、寝てた」


 破裂音によってまどろみの泥濘に沈みかけた意識の底を引きあげると、目の前には顎をツンと持ちあげ、両うでを広げた決めポーズで固まっている〈朝焼け〉のすがたがあった。彼渾身のポエムの披露会が終わったらしい。クラスメイトがこぞってこちらを見ている。


「殿下御自らの朗読による詩作を拝聴たまわれるなんて……感無量です!」


 ひっつめ髪の担任教師も、半ば興奮気味に手を叩いていた。


(なんか、良いことしたっぽいなあ)


 ウタハはコトが丸く収まりそうな気配を察知し、みんなと同じようにニコニコ笑う。ニコニコ、にこにこ……。


「んじゃあこの後は睡眠学習しますんでサヨナラ」

「待たれよ鳥頭令嬢、まだ貴殿の詩が出来上がっていないではないか」

「くぁ〜いーやーだー」


 意外とめざとい〈朝焼け〉に首根っこを掴まれ、ウタハの逃走の算段は早くも潰える。今さらながら、面倒な相手に目をつけられてしまったなあと思う。


(しゃあなし……盗作するかあ)


 それでも、性格の悪さならだれにも負けないウタハであった。


「えーっと、わたしとー、ことりとー……」


 紙面のうえに、元いた世界の有名な詩を躊躇なく書きつらねていく。しかし、あまりの速筆っぷりから嘘が看破されたのか、真隣から伸びてきたうでがウタハの利き手を乱暴に掴んだ。おまけにグイッと引っ張りあげられる。見た目通りの吊るしあげだ。


「痛ったあ」

「キサマ……何のつもりだ」

「なにって、書けってきみが」

「では、貴殿がことばを綴るたび、空間の気流があきらかに澱むのは何故だ。答えよ」

「……はあ?」


 まったくわけがわからない。

 ウタハには悪意の一欠片さえ詩文に滲ませた覚えはないし、そもそもが名文の盗作なのである。

 ただ、〈朝焼け〉の敵意が本物であること、王家の人間が魔王の娘を引っ掴むというショッキングな絵面に場の空気が凍りついていることだけは確かだ。


(でもこの感じ、観念的なことでキレてるわけじゃなさそうだなあ)


 ふんすふんすと猫のように威嚇する〈朝焼け〉に、いまにも泡を吹いて倒れそうなクラスメイト。それから教室の奥がわで突っ立っている兄のカメリア……。

 ウタハは緩慢な動きで周囲に視線を巡らせ、最後に机の上の紙を見た。


「ん? なんだこれ。どく……毒わたしと毒ことりと毒すずと……? うわあ、ひどい」


 つい先ほど書いたーー否、書き写したばかりの一節を読み返してみたら、知らぬ間に登場人物の全員が状態異常に罹っていた。ウタハには名文に改変を加えるほどの悪知恵はない。


「ふむ……これはこれは」


 声に出して読んだことが功を奏したのか、静観していたカメリアが、口もとを手のひらで覆う意味深な態度でもって応答する。騒動によりただでさえ怯えている生徒諸君は、そのポーズが原因でさらに萎縮してしまっている。


「魔王の嫡男……貴殿もだ。兄妹そろって何を企んでいる」

「滅相もございません。ついでに、地上での僕は一介の教師です。あなたが一介の生徒であるように。……妹が潔白の身であることは順を追って説明致しますゆえ、まずは解放してあげてください」


 〈朝焼け〉が、渋々といった態度で吊るしあげ状態のウタハを解放する。ウタハは再びとっ捕まることがないようにと過激な王子殿下からなるべく距離を取って座りなおした。


(このひと、めんどくさー……)


 心ゆくまで甘やかされたいタイプのウタハに、当然ながら被虐趣味はない。たとえ想像を絶するほどの美貌を持った男でもお断りである。


「では……コホン。詩作には、神秘の収集といった側面がございますね。しかし、妹は地上に来てまだ日が浅いため、神秘がこの地へ何をもたらすのか、さらに言えば神秘が何であるかさえ、正しくは理解できていないのです」


 兄が、滔々と周囲へ訴えかける。実際問題、日の浅さでいえば地上に降り立つどころの騒ぎではないが、黙っておく。


(てか、話の糸口すらつかめてないし)


 ウタハは口を閉ざしたまま、授業を完全に停止させている張本人たる〈朝焼け〉を観察する。苛立たしげに人差し指のつま先で長机をコツコツ叩こうとも、彼はどこか優雅だ。


「ダークネス……要は、詩を書く段階にすら無い所以のおっちょこちょいだと宣うか。初等部以下の教養だろう」

「ええ、はい。おっしゃる通りでございます」

(おお……これはもしや、落第チャンス?)


 カメリアがヘタに取り繕わないおかげで、高等部での負荷が薄まるかもしれない。恥もプライドも炭と化しているウタハは、グッと両手のかたちを拳に変えて兄を見た。


(お兄さま。わたし、中等部……いや、初等部、なんなら幼稚園、保育園の席でも文句言わないっすよ全然!)

「そのような事情がありますので、殿下の指南を受けるのには時期尚早かと。吸収力は人並み以上に備わっているため、まずはみっちり基礎から学ばせていこうと考えております」

「げぇ……」

「そこのウタハさん、公衆の面前で白目を剥いてはいけません」


 ……やってられるかっ。

 ウタハはそこですっくと立ちあがると、相変わらずの重たげな足取りで窓へと近づき、躊躇なく教室からエスケープした。「飛び降り」で。教室内に悲鳴がとどろく。


「なッ……待て!」


 呆気に取られながらも、続いて〈朝焼け〉が窓へ駆け寄ろうとしーー、寸でのところで、赤髪の美丈夫に進行方向を遮られる。


「おい……」

「ウタハさん、急に帰られては困ります」


 やがて、さそりの尻尾のように結ばれた長髪をひるがえし、カメリアさえも第二王子へ一瞥もくれずに窓から飛び降り去っていった。

 大勢の文門生とともにその場に取り残された〈朝焼けの剣戟〉は、ぷるぷると肩をいからせて手の中の用紙をぐちゃりと握りつぶした。彼には、恥もプライドも多分にあるのだ。


「……ダークネス!」



第4話/はじめての詩作レッスン ー 了.


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