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第4話/はじめての詩作レッスン②


「……ライトネス!」


 昼休みが訪れ、昼食より睡眠を優先しようと長机にうなだれたウタハの耳に、早くもうれしくない騒音が届く。おかしな口ぐせの火刑王子とその子分の再来である。


「まともに登校しているとは感心だ、魔族令嬢殿。昨日はよく眠れたかい」


 靴音をカッカと高らかに響かせ、窓ぎわの席まで歩を進めてきた王子一行がウタハのかおに影を落とす。


「あー……はい、ども」


 しかして、ウタハは彼らの挑発的な態度に取り合わず、生返事をする。後が面倒なので、顔はちょっとだけあげておく。

 望んだ反応を得られなかったことが不満なのか、おっかない火刑王子……もとい、〈朝焼けの剣戟〉は、ぼやけた真珠色の、まとまりの良い髪の毛を頭を振ることでぼんぼん揺らした。

 背後に控える特徴がわかりやすい取り巻きのふたり組は、おっかなびっくりで周囲を見渡している。


「ところで……貴殿が下敷きにしているソレはレッスンの成果かい。拝見しよう」

「あ」


 ウタハの注意を引くためか、はたまた王族の権勢を誇るためか、流麗とした語りを終えるより先に〈朝焼け(略)〉のほっそりとした指先が机からはみ出した用紙の端をとらえた。

 ……〈純世界に至るための詩作〉をやっていく以上、必然的に文門の授業のほとんどは詩、つまりポエムを綴るための理論と実践に費やされる、らしい、の、だが。


「ダークネス! 白紙じゃあないか!」

「ぁふ……や、座ってるだけ偉いでしょお」

「殿下、コイツ堂々と開き直ってやがりますよ!」

「ヒ、怖い……」


 騒然とする三人衆に、あくび混じりに答える魔王の娘。

 ところで、と魔王の娘・ウタハは思う。文門の教室に堂々と侵入している彼らが武門の二年生であるという話はいったい何だったのだろう。


「歓談中、失礼致します」

「……!」

「ウキャー!」

「うっさ……おや、お兄さま」


 〈朝焼けの剣戟〉のプロフィールを教授した張本人たるカメリアの登場をウタハがごく自然に受け入れたのとは対照的に、三人衆は群がっていた長机からパッと距離を取った。

 お山の大将である〈朝焼け〉のほうは、腰のベルトに提げてある剣柄に手を触れる警戒っぷりだ。


(てゆーか、提げてたんだ。剣)

「昨日は妹がお世話になりましたね。兄の〈雪原の椿〉と申します。文門の教師でもありますので、いつでも、気軽に、お声掛けくださいね」


 かえってあやしさ満点のていねいなお辞儀をした後、カメリアは片うでに提げもっていたバスケットを机上に置いた。ウタハが教室から動かないことを見越して昼食を用意してくれたようだ。


「……やさしいお兄さま。感謝代として、妹からひとつアドバイスしてあげましょおか」

「アドバイス……はい、是非」

「妹がお世話に〜ってとこ、食堂でのことなのか放火のことなのか、そこんとこが曖昧なんで言い方めっちゃ怖いぇすよ」

「え」


 カメリアが、微笑のまま停止する。

 忠告を言い終えたウタハはいそいそとバスケットに手を伸ばし、いつもと切り分け方が異なるサンドイッチを取り出した。ぶどうのような逆三角形状に粒が実った赤いフルーツも入っている。


「ん。お兄さま作じゃない……?」

「正解です。こちら、学院通りにあるお店から取り寄せたものになります」

「おー……学院通りとは」

「学院を出てすぐに広がる、学徒ご用達のにぎやかな通りの名称です。別名、〈塔の森〉通りとも」

「む。語弊があるぞ、次期魔王候補筆頭殿! 〈塔の森〉というのは正式な名称ではないのだからな」


 目の前の弁当について兄妹仲よく語らっていたら、放置状態だった地上の国の王子さまが割って入ってきた。もう剣柄から手は離しているものの、瞳は注意深く魔族の兄妹のようすを探っている。

 あまりに見つめてくるので、こちらの一般的な瞳の色がくすんだ青であることがわかった。


「良いか、〈塔の森〉という俗名は、平民が勝手に付けた愛称だ」

「はあ」


 ウタハとしてはどうでもいい豆知識もこの国の第二王子としてはこだわりポイントなのか、腕まで組んで主張してくる。


 ……〈塔の森〉。


 たしかに、この広々とした教育施設を「王立学院」とだけ呼ばわるのはどうにも味気ない。学外から眺めれば、無数の塔が乱立しているように見えるのだろうか。


「そう思うと……アレ、機関とか施設の呼び方、なんか素っ気なくないぇすか」

「貴殿がそれを宣うか! ……一千年前、天界と魔界の衝突による打撃を受け、人類は壊滅寸前までいったのだよ。そのような絶望的状況から建て直してみせたのが王家筋の名高きご先祖だ。以降、この地上に国と呼べる規模の共同体は唯ひとつ。どうだい、これでも呼び分けは必要になるのかな」

「あー……」


 国がひとつ、教育機関もひとつとするのなら、たしかに最低限の施設名でこと足りる。ウタハのイメージでは教育施設は至るところに複数あるものなのだが、一箇所に集合させる方法をこの国は選んだのだろう。


「べんきょーになりぁした。んじゃ、お帰りください」


 ウタハは優雅にハムとレタスの風味がするサンドイッチをつまみつつ、廊下のほうに目線をやる。「あっち行け」のつもりだったが、〈朝焼け〉殿下はなぜかウタハの正面から回りこむと隣席に腰を落ち着けてしまった。


「えー……次の授業、もう始まるんじゃ」

「貴殿を監視する。不安因子は見張っておかねばね」

「で、殿下? 我々は、そのぅ」

「なんだ、まだいたのかいお前たち。私は曖昧な態度が嫌いなんだ。明暗ハッキリ選びなさい、ここに残るか、戻るか」


 取り巻きたちは視線を交わし合い、結局教室を出ていった。この傲慢の国の王子さまもきっちりしっかり持ち帰ってほしかった。


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