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第4話/はじめての詩作レッスン①


 途中参加の新参は、どこへ行っても共同体から針のむしろにされるのが宿命らしい。


 早朝。澄まし顔で……というよりも、今にもまぶたが落っこちそうな状態で、ウタハは教壇から広々とした教室内をぐるりと見まわした。


(視聴覚室……ううん、大学の講義室に近いな。……ヘンな感じ)


 大学。続けてウタハは、ごく最近まで「次のゴール地点」に定めていた場所と酷似した空間に立たされている我が身を「ヘンな感じ」と一蹴する。

 そんなウタハの頑強なメンタルでさえ波立たせるものがここにはある。ウタハが両の眼を巡回させる度に恐怖で身をすくませる、少年少女のオーディエンスだ。


(めちゃくちゃ避けられてるっぽいのに、めちゃくちゃチラ見されるのって……うっとうしいなあ!)


 好奇と排他。

 視線の種類をザッと分類してみても、結局のところ二極では測れない複雑な感情を大勢から向けられて、身ひとつ魂ひとつのウタハは早くも気疲れを催した。


「こちら、本日からようやく、ようやくのことで皆さまの級友となる〈白銀の譜〉さんです。〈白銀の譜〉さん、自己紹介をお願いします」

「……ん?」


 声の甲高い、僧衣のようなシルエットの正装にひっつめ髪といった壮年の教師が、ウタハに挨拶をうながす。しかし、聞き慣れない呼称を使われたせいで、ウタハはそれを自分のことだと認識できずに小首を傾げた。


「白銀の……うた?」


 振り返り、背後の黒板に記された文字をしげしげと眺める。


「え、だれすか」

「はあ。あなたのことでしょう?」

「あ、そうなの」


 当事者意識のかけらもない応答に、担任教師の眉間のシワが深くなる。ウタハはそこから視線を外し、教室入り口で控えているカメリアのほうを見た。


「……書類は?」

「あ。あー……」


 書類には、目を通したのか。

 小声で助け舟を出す兄の言わんとするところを理解し、ぽかんと空中をあおぐウタハ。

 そういえば今朝方、手続きのために用意したという紙束を寝ぼけまなこで一瞥し、すぐにカメリアへ返却したのではなかったか。


「まったく……! 何故こうも問題児ばかり次から次へと〜……ッ! ……もうよろしい、着席なさって」

(問題児……次から次……)


 担任教師のほうはといえば、煩悶を押し殺すように頭を抱えてうめき声をあげたのち、なんとか冷静になってウタハに指示を飛ばしてきた。対するウタハは未だにうわの空である。


「え、問題児がいるんぇすか」


 そこからようやく意識の網を引きあげたかと思ったら、自分の気になる疑問だけをウタハは担任教師へとぶつけた。

 ウタハの身分と、なにより逃げ場を塞ぐようにしてこちらを見張っている魔王の息子の存在が、癇癪持ちの教師の怒りをギリギリのところで抑えつける。


「……いいから、〈白銀の譜〉さん? 今は静かに、ただ静かにお座りなさい」


 ただし、そんな状態の教師にウタハの質問に答えるほどの余裕が残っているわけもなく、ウタハは宙ぶらりんの気持ちを抱えて窓ぎわのすみっこへ移動した。そばに寄る生徒はひとりもいない。たいそう怯えられている。


「いいですか、我ら文門は、現国王陛下が最も期待を寄せておられる誇り高い学問領域の徒なのです。そのことをくれぐれも忘れず、皆さまには〈純世界に至るための詩作〉に取り組んでいただきたい」

(なんだあそれ)


 またしても知らない学びが到来。

 その他のクラスメイトにとってはよく耳にする説法なのか、疑念を挟むことなく教壇を見つめている。ただ、居心地悪そうにウタハやカメリアを気にしているようすから、魔族にはビミョーに不都合な概念らしい。


「純世界……」

「い、いかがなさいました、〈雪原の椿〉先生。異論がお有りで?」

「いいえ、ございませんよ。しかし……そうだな、恐れ入りますが、文門の理念について改めて窺っても?」

(あ、余計なマネを)


 魔王陛下の権力が多少なりと行使されているとはいえ、仮にもカメリアは教職に就ける器だ。ともすれば十中八九、この質問はウタハのためのものだろう。このまま知らない話が続くとするのならすべてを聞き流すつもりでいたウタハも、さすがに教壇へ視線を送る。


「ふむ……先ほどの話の通りですよ、〈雪原の椿〉先生。文門の理念は、〈純世界に至るための詩作〉に励むこと。また、純粋な世界とは、神秘が砕け散る前の地上を指し示しています」

「では、詩作が神秘の再生につながる理由とは?」

「氏名のルールにも表れていることでしょう。神秘はことばにも宿るもの。崩れ去った神秘の断片を、詩作により回収するのです」

「なるほど。よくわかりました」

(いや……わからんが)


 ひと通りの掛け合いを終えた心やさしい兄が、細いまなじりをさらに細めてウタハへ目配せを送ってくる。学業内容のチュートリアルを代行してくれたところで、この世界の基礎の基礎すらウタハは理解できていない。


「しかし……ことばをかき集め、再編し、そこに新たな意味を与える。これが詩作の極意である以上、千年前の地上を完ぺきに取り戻すことは不可能と言えるでしょう」


 ノリに乗ったひっつめ髪の教師は、おごそかに語り続ける。

 ちらりと盗み見た窓の外の景色は本日も薄もやがかっており、どこまでも曖昧だ。


「かつて、地上は純粋で透明だった……〈純世界〉時代の文献には、そう記されております。純粋とは、透明とは? 我々は未だそのことばの意味するところを知り得ません」


 ウタハは心の赴くままにまぶたを閉じ、周囲の音に耳を傾けた。そうしていると、自由に空を飛び回る鳥たちの鳴き声に次第と意識は引き寄せられていった。


「それゆえ、我々なりの解釈でもって、純粋で透明な地上世界をここに築く……このことが、神秘の再生につながり得るのです」


 次いで、雨の音が……と、思ったら、それは担任教師を賛美するまばらな拍手の音だった。どうやら数名の共感を呼んだらしい。


(純粋で透明な世界、か)


 原色パキパキの情景を想像する。

 雲ひとつない、抜けるような晴天……ちっとも気分が上がらないのは、ウタハがずっと、夏の空がニガテだったからだ。


(ウタにはちょっと、まぶしかったなあ)



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