私と君と彼らと彼女ら
「お前ら、にゃにものだ!」
今まで一言も話す事がなかった炎の猫が、思わぬ邪魔が入り口を開いた。
「おや?あんた喋れたのかい。驚いたねぇ」
「天喜姐どうするのぉ?」
「名乗る事なんてねぇよ、どうせ全員死ぬんだから」
「アンタには聞いてないのよぉ、雅」
「うっせぇ!あざとさ狙いの猫アマが!」
「まぁまぁ、兄さん。そんな事言わずに名乗ってあげましょうよ。それから、兄さんがごめんなさいね、燐さん」
突然現れた三匹?三人?の女性達は雅を交え言い合いを始めた。その言い争いに怒りを覚えたのか再び精霊達は攻撃を仕掛けてきた。その中には狼もいた。おかしな事に致命傷を与えたはずの狼の顔は復元されていた。
「こいつらは妾達の獲物だ!」
再び雅達は精霊の攻撃に対応した。今度は相手との距離を一定に保ち休みなく反撃した。右ストレート、鳩尾、回し蹴り、ローキック、卍蹴り、旋風脚、もうほとんど精霊達は原型をとどめていない。だが、雅達は攻撃の手をやめない。火の猫などもうただの猫である。どうやら、この猫は火の猫ではなく炎を操る猫だったようだ。
「可笑しい…可笑しい……何故、何故なんッ!」
うわ言の様に何かを呟くケンタウロスを燐は容赦なく殴った。
「うっさいわよ!馬野郎!燐が楽しくアンタと遊んでやってんだから余所見すんじゃないわよぉ」
自分の名前を燐と言った猫の獣人は狂気じみた笑顔でケンタウロスを殴り続ける。彼女の名は猫屋敷燐、この病院の護衛役、院長龍の側近の様なものだ。同じく、楽しそうに食肉植物を噛みちぎっているのは狐の獣人、大神紺である。名前からしてわかる通り彼女は大神雅の妹だ。そして、先程からこの獣人達のまとめ役的なものをしていたのは梟の獣人、梟木天喜という。
狂気的な笑みを浮かべながら、攻撃の手をやめない獣人達をみながら、彼岸はまるで余興を見るかの様に楽しそうに酒を仰いだ。いつの間にか吸血鬼達は姿を消していた。
雅達が参戦してからどのくらいの時間がたっただろう。雅や燐、彼岸達には、ほんの一瞬の出来事だったかもすれない。精霊達にとっては十分くらいに感じたかもしれない。だが、実際には五分と経ってない。精霊達は虚な目で、遠のく意識をなんとか保ち、獣人達を睨みつけた。しかし、獣人達は楽しそうに笑うばかり。精霊達に罵声を浴びせるも殴るでもなく、ただただ笑っている。何十年も探していた宝が手に入った収集家の様に、新しい玩具を貰った子供の様に、純粋に楽しそうに、それを見る事を心から望んでいた様に。
反対に精霊達は恐怖を感じた、狂気を感じた、焦りを息苦しさを、そして絶望を。それを誰かに訴えることも出来ずに、彼らは焦点が合わない目を動かすばかりだった。彼らは探していたのだ、自分達の主人の救いの手を逆転劇を奇跡という希望を。
だが、現実は上手くいかない。絶望の海の底に沈んでいれば彼らはこれ以上苦しむことはなかったかもしれない。それが叶わないのは、主人と精霊の間に生まれた信頼や友情を信じてやまなかった事だ。
突然ニコニコと笑っていた紺の耳が少し動き、精霊達の顔を無理矢理後ろに向かせた。精霊達は荒い息を吐き、血を流す顔を後に向けた。そこには、少しつまらなそうな顔をした幸と何かを持ちながら歩いてくる人影が四つあった。
サアァと、春らしい少し冷たい風が頬を撫でると、月明かりがスポットライトのように、人影を照らした。月明かりに照らされ美しく姿を表したのは、返り血を浴び何かの塊を持った緑、和泉、景玄、奏だった。