私と君と彼らと彼女ら
三人は顔面蒼白させながら、ゆっくりと扉に目を向けた。彼岸は未だにパソコンに夢中だ。扉が完全に開き顔を見せたのは二人の男だった。一人は体格がよく、茶髪に黄緑色の目をしている。もう一人は黒い髪をハーフアップにしている紫色の目をしていた。緑、和泉、景玄の三人は二人を見ると深いため息をついた。龍が起きてしまったのではないかと不安を募らせていた中での予想外の人物の登場にそれぞれ悪態をついた。二人の男はその様子を見て何かを察したのか吹き出して笑った。
「ただいま、早く帰って来れなくて悪かった。今日はカレーにしたんだな、野菜が多く入っていていいな」
散々笑った後に口を開いたのは体格のいい男だった。彼の名は猪狩奏といい、彼もここの医師だ。同じく、ここの医師で奏と共に帰ってきたのは天野幸という。奏と幸が席に座り報告を始めた。彼らは今日、軍医として戦場に派遣されていた。戦場では軍医が不足していて、この病院には医者の派遣要請が頻繁に届く。そこで龍は二十人程の医師と二人の吸血鬼を軍に投入した。この病院がある位置は戦地からかなり近い。にもかかわらず、この辺り一体は平和で、街もかなりの賑わいを見せている。吸血鬼はその身体能力により余裕で日帰りができる。他の医者もその気になれば帰れるが、非常事態に備え軍のテントで寝泊まりしている。
「幸お帰りー!」
「ただいま戻りました、彼岸さん!俺今日も頑張りました」
「よ〜し、偉いぞ。じゃ配信やろっか」
「駄目だよ彼岸さん、幸。お客さんだ」
そう緑が言うと、その場にいた全員が殺気だった。五人の吸血鬼達は周囲を警戒し、彼岸はパソコンを素早く操作すると監視カメラの映像を確認した。庭園から何かが凄い速さで移動したのが見えた。彼岸は怪しく微笑んで、大丈夫と五人に声をかけた。
彼岸は徐にウイスキーを取り出して幸を見た。幸は、待ってましたと言わんばかりの顔をして彼岸を担ぎ上げ、窓から飛び出した。他の吸血鬼達も幸に続いて飛び出して行った。第三棟に来た頃、自分達以外の気配がして緑達は立ち止まった。恐らく"お客さん"だろう。彼岸を担いでいる幸は近くの桜の木に飛び乗った。今は四月、桜は見事な満開で月明かりに照らされて、美しくそれでいて何処か怪しげに咲き誇っている。彼岸は持ってきたウイスキーを取り出し、そのままコップにも注がずに飲み始めた。緑、和泉、景玄、奏、幸は臨戦体制に入り"お客さん"を待った。
だが、気配が近づいてくる様子がまるで無い。不審に思った刹那、空に影ができた。緑達は後ろに飛び退き、なんとか危機を脱した。彼岸は目を丸くし落ちてきた何かを凝視した。月明かりの中に浮かんだそれは異形であった。人の様にも見えるが、下半身は四足歩行の馬の身体で、手には弓矢を持っている。いわゆるケンタウロスと呼ばれる生物だろう。ケンタウロスに続いて全身が炎で包まれた猫の様な生物、三メートルはあろう白銀の狼、地面からは人一人は飲み込めそうな巨大な食肉植物が生えている。恐らく隣国、ヴァッサー王国の刺客達だろう。いや、正確に言えば刺客の使い魔達だろう。このファンタジーな幻想生物達には皆何処かしらに紋様が刻まれている。これは、人と精霊が契約した際に浮き上がる紋様だ。
吸血鬼達が目配せをすると奏が落ち着いた声で要件を聞いた。"お客さん"もとい刺客には知った答えでも必ず聞く質問だ。数秒間があった。
「こいつら話せないんじゃないの?」
質問の意図が掴めず口を開かない精霊達に幸は嘲笑うかの様に言った。それを聞いた彼岸は思わず笑ってしまい、呑んでいた酒を吹き出した。和泉は彼岸に目をやると軽蔑した様な目をみせて、精霊達に向き直った。幸に煽られた精霊達は怒りを見せ今にも襲いかかってきそうだ。両者共に戦闘準備は万端といったところだろう。だが、冷静さを保っていたのかケンタウロスだけは戦闘態勢に入っていなかった。そして、彼は味方を落ち着かせ口を開いた。
「菊一文字龍及び鬼頭彼岸の捕獲又は抹殺に来た」
空気がいっそう張り詰めた。緑、和泉は懐に手を忍びこませ、景玄は瞳孔を開き、奏と幸は顔に笑顔を貼り付け彼岸のもとまで後退した。一連の流れは無言で行われたが、それだけで相手にノーと言う意思を伝えた。精霊達も陣形を取り始め、どちらかが一歩でも踏み出せば、今にも殺し合いが始まりそうだ。
先に動いたのは精霊達だった。ケンタウロスが弓に矢をかけたと同時に、彼は後に吹き飛んだ。トン、と軽い音がして何かが着地した。月かありに照らされてキラキラと輝く銀の髪に、柔らかな陽の光を閉じ込めたようなオレンジ色の瞳、大きくふわふわとした耳と尾の青年が立っていた。その姿はまるで美しい人魚の様で、雅な狐の様で、何処か憂を帯びた姿に数秒時が止まったかの様に彼は皆を惹きつけた。
「雅、遅いよ」
緑が言う。
「何してたの?」
和泉が問う。
「庭園からここまでって、そんな距離ないよね?」
景玄が同意を求める。
「もしかして途中で転けた?だとしたらメチャクチャダサい!」
幸が笑う。
「っるせぇ!言質取るまで手ェ出すなって言われてんだよ!さっさとくたばれ吸血鬼共」
美しく、雅だったはずの彼だが口が悪い。よく、黙ってればイケメンと言われるタイプの人間、いや獣人だ。彼は龍が創り出した獣人だ、名を大神雅と言う。
彼らが言い合いをしている中、冷静になった精霊達は再び襲いかかってきた。狼と食肉植物は緑、和泉に大口を開けて飛びかかり、ケンタウロスは緑に向けて矢を放ち、炎の猫は直径五十センチ程の火の玉を五、六個彼岸のいる木に飛ばした。
しかし、その攻撃も吸血鬼や彼岸にあたる事はなかった。狼は顔が半分も潰れる勢いで雅に蹴られ、食肉植物は狐の耳と尾を持つ少女に頭を落とされ、矢は全て猫の耳と尾を持つ少女におられ、火の玉は大きな翼を持つ女性にたった一回の羽ばたきで掻き消された。雅を含め皆同じ服を着ている。