君と私と彼らと彼女ら
「やあ、おつかれ皆」
キャスター付きの椅子を回し、緑一行に目を向けた人物は一言で言えば異様だった。白衣は着ている、だが白衣の中はミリタリーロリィタで、ニーハイソックスに編み上げのロングブーツを履いた少女だった。正確に言えば少女ではない。緑達と同じ、成人済みだ。しかし、その顔は歳のわりに幼かったり。ダークブラウンの髪をポニーテールにし、そこから覗く黒い猫目、ロリィタを着ているので、更に幼く見える。夜に一人で歩いていたら警察のお世話になりそうな格好だ。いや恐らく、どんな服を着ていたとしても補導や年齢確認をされるだろう。
「晩御飯は何がいい?龍さん」
龍さんと呼ばれたこの人物こそ、この病院の院長であり、天才の名を欲しいままにした科学者、菊一文字龍である。
「緑くんの料理はなんでも美味しいからなぁ。あ、今日はカレーがいいな。彼岸もあれなら野菜食べるし」
「えぇ…龍、意地悪」
龍に文句を言ったのは、少し長めの黒髪をハーフアップにし、龍が使っている机に座り、足を組みながらパソコンを見る男だった。その人物を見るや否や、和泉は少し嫌な顔をしてから、龍に迷惑をかけるなと小言を言い始めた。これはいつもの事なので、緑は料理の支度をしに行き、龍はその光景を微笑ましく眺め、景玄は龍の事を連写し始めた。これもいつもの事なので、異様な空間ではあるが誰も突っ込まない。
「景玄、連写音うるさい!」
遂に和泉がキレる。
「ねぇ、お兄さんの龍なんだけど?」
龍を抱きしめながら、張り付けた笑顔で彼岸が言う。
「彼岸さん女じゃん」
景玄が不機嫌そうに言う。ここまでがワンセットで、ほぼ毎日行われている。そして、先程景玄が言った通り、このハーフアップの人物は女である。黒髪、黒目、黒のシャツに黒のパンツ、靴までもが黒で上に白衣を羽織っている。首にはお気に入りの、パステルライトグリーンのヘッドホンをつけており、両耳にはピアスをつけている。
ネクタイは付けておらず、袖も軽くまくっていて、身長もそこそこある。パッと見、チャラいお兄さんだ。龍とは対照的な見た目に加え、胸がないのが拍車をかけて男にみえる。
「龍さん、鶏肉と豚肉どっちがいい?って、景玄顔怖いよ」
図ったかの様にタイミング良くやってきた緑は、景玄の顔を見てそう言った。何を隠そう、景玄は龍にベタ惚れなのだ。どのくらいかと言うと俗に言うヤンデレの域だろう。彼岸が龍に抱きついたのを見て、心中穏やかではないのだ。先程の女じゃん発言は「そこどけよ」「あんたは、龍さんと付き合えない」などといった意味が込められている。
当人であるはずの龍は呑気に豚がいいな、などと言っている。そんな三人を見て和泉は緑の手伝いをしに行った。時計の針が六時を回った頃、緑が晩御飯にしようと声をかけに院長室にきた。そこでは、ソファに仲良く座る三人の姿があった。いや、仲良くと言うのは間違いかもしれない。龍を真ん中に右に彼岸、左に景玄と両手に花状態。イケメン二人に囲まれて、しかも肩や腰をしっかりと抱かれている。恋に憧れる世の女性はこぞって羨ましがるだろう。
だが忘れてはいけない、一人はバイセクシュアル、もう一人はかなり危ない恋愛感情の持ち主、変人に愛される彼女は大丈夫かと思う。まぁ、未だ被害は何もないので結果大丈夫なのである。確かに初めは戸惑っていたが慣れてしまえばいいだけのこと、今ではすっかりこの二人に囲まれながらパソコンを弄るまでになった。
龍が緑の存在に気づき、ソファから立ち上がると彼岸、景玄も続いて食堂に向かった。この病院は、龍と彼岸が立ち上げた病院でそれ故に特殊である。総合病院の様で、そう呼んで良いのか分からない病院だ。病棟は六棟あり、敷地内には認知症患者が暮らす小さな村、入院患者などが散歩をできるように造られた庭園に中庭、本来総合病院にはないはずの精神科まである。そして何より、此処は龍や彼岸、緑達のホームである事だ。中央棟の最上階には、院長室の他龍達が暮らす生活スペースが設けられている。まぁ、兎に角大きく、フランメ王国随一の病院で、この病院がある限りフランメ王国の国民は寿命で死ねると言われる病院だ。
食堂には長テーブルと椅子が十一脚置いてある。しかし、料理が置かれているのは二席だけだ。
「あれ、皆んなお腹いっぱい?」
知った様な表情で、さも不思議かの様に龍が問う。
「今日は件数が多かったから」
律儀に緑が答える。
「ふふふ♪」
知ってる、知ってる。と満足そうに綺麗に微笑む龍を彼岸も満足そうに眺めている。
「だって君達は、私達の様な食事はいらないもんね。君達のおかげで必要経費を削減できて嬉しいよ」