君と私と彼らと彼女ら
巻き上がる土埃、飛び交う怒号。トリガーを引けば隣にいた仲間が地面に伏せている。泣き叫ぶ少年、指示を出す青年、引けと叫ぶ老人。それらを無情に貫く弾丸、無情に吹き飛ばす爆弾、無情に踏みつける人々。もう、三年も続くフランメ王国とヴァッサー王国の終わりの見えない戦争。元々仲の悪かった両国は三年前の貿易会議を引き金に戦争を始めた。資源が豊かな両国は、資源が尽きる事はないが、人口はヴァッサー王国の方が多く、ヴァッサー王国がやや優勢かに見えた。だが、おかしな事にフランメ王国の戦士は死ななかった。何度致命傷を負わせても、幾千の人を撃とうと、フランメ王国は立ち向かい、戦場に居続けた。ヴァッサー王国は確かに人は多い。だが、ヴァッサー王国は知らなかった、フランメ王国にはどんな怪我でも治す医者がいる事を。
今日はもう、三件も手術をした。医学界はいつでも人手不足なのに戦場に二人も軍医として駆り出されるなんて。
いや、戦場は戦場で大変だ。むしろ病院で何件も手術をしている方がずっと楽だ。手術室に行けば患者がいる、隣を見れば助手がいる、麻酔科医も吸引係もいる。大半は手術室に誰も入れないで、一人でやるが。戦場は違う。手術室はない、患者は自分で運び込まなくてはいけない、止血に血抜き、麻酔。目が回るほどの忙しさで、これらの仕事をこなしていかなくてはならない。いくら医者、外科医としての仕事が天職といえど限度はある。ここに残っているだけマシか。
「緑!今、休憩?」
そう言いながら駆け寄ってくるのは、同僚の中釜和泉と言う男だ。明るめの茶色の軽い天パに、黄色の瞳、首には常に持ち歩いている聴診器がかけられている。
「いや、あと一軒やったら休憩。今は手術室が開くのを待ってる」
そして、先程から何やら考え事をしていたこの男は、藍日緑という。サラサラとした金髪に切長の赤い目、一目で整った顔とわかる顔立ちだ。
「そっかぁ、僕もこれから四件あるんだよね。あ、チョコ食べる?」
和泉は常に何かしらのお菓子を持ち歩いており、今日はチョコレートらしい。白衣のポケットから一口サイズのチョコを取り出し、緑に差し出した。緑は一言、いただきますと言いチョコを口に放り込んだ。朝から立て続けに三件も手術をしていたせいか、脳が糖分を欲していたらしく、口の中で溶けていくチョコレートがいつにも増して美味しく感じた。
それから暫く和泉と次の患者の話や戦争の状況の話、最近楽しかった事、難しかった手術の事などをはなし、緑は空いた手術室へ向かった。緑と別れた和泉も別の手術室へと入っていった。だが、手術室に入った二人は助手も看護師も連れてはいなかった。
二人の医師が手術室に消えてから、恐らく五時間はたっただろう。院内には閉院を知らせる音楽が流れ出した。音楽が終わる頃、緑と和泉の他にもう一人が手術室から出てきた。どうやら今日の手術は全て終わったらしい。
「おつかれ。和泉、景玄」
「おつかれ様、二人共」
「おつかれ」
最後に言葉を発したのは、長身の碧眼の男だった。この男、名を酒鬼薔薇景玄といい、緑や和泉と同じ医師だ。
三人は手術着を脱ぐと手早く白衣姿に戻った。緑を中心に、和泉と景玄が横についた。三人はそのままエレベーターにのり、最上階のボタンを押そうとした時だった。廊下をかけてきた年の功、二十代前半といった若い看護師五、六人に声をかけられた。医師という仕事をしている以上、看護師を無下にするわけにもいかず、三人は一度エレベーターを降りた。緑は柔かな笑顔で、和泉はいつも通りの人懐っこい笑顔で、景玄は仏頂面でそれぞれ対応した。看護師達は、今夜予定はあるか?いつ、自分と出かけてくれるか?などと嵐の如く質問した。
若く顔の整った看護師達が、明らかに好意を示して、質問を投げかけてくるのだ、並大抵の男なら赤面しながら必死に返答するだろう。だが、彼らは違った。変わらぬ表情のまま、一言。
「いつも通り、お断りします」
そう言い放たれた看護師達は、不満げな顔をしながら三人の前から去っていった。緑、和泉、景玄の三人は看護師達が見えなくなると、エレベーターにのり最上階のボタンを押した。小さな箱の中に男が三人。特に話すネタもなく終始無言で時は流れ、最上階についた一行は早足に院長室に向かった。重厚感のある黒い扉に取り付けられた金のドアノブ、悪趣味なわけではない。むしろ、何処となく品の良さを感じる。
ドアを押し開け、緑、和泉、景玄の順で院長室の中に入って行った。中に入ってすぐに目につくのは、上質なソファーと脚の低い机だ。その奥に少し大きめな机とキャスター付きの椅子があり、机の上にはスタンドライトやパソコン、資料などが置いてある。壁側には大きな振り子時計、本棚、ハンガーラックなどが設置されている。家具は黒で統一されており、部屋に飾らせている小物がいいアクセントになっている。
「やあ、おつかれ皆」
読みずらかったら区切り区切りで1行あげるので言って下さい