6話 天使到来ってね
会食パーティが終わり、私とフィアナは王宮の離れの塔へと訪れていた。
先ほどまでの喧騒が嘘かのように静まり返った小さな広場には、私たちの他にはフィアナが居る。
「――こうして三人で話すのは久しぶりね」
「ええ、姉さまが幽閉されましたからね」
「それを言うならフィアナもそうじゃない」
「私の場合、どうしようもないことでしたから。姉さまの場合、自業自得では?」
「うぐぅ……」
辛辣な言葉に思わず息が止まる。
だけど、事実であるが故に言い返せない。そもそも、この場で反論すれば、二人に呆れられるだろう。
「……そうね、ごめんなさい。確かにその通りね」
「姉さま――。」
「お二人とも、こちらに来てください」
と、場の雰囲気を変えようとカノンが明るい声で呼ぶ。
そちらを見ると、低学年くらいの男の子が立っていた。
手には、何かを握りしめているようだ。
「そちらは?」
「私の弟のユウリです」
「っ! 失礼いたしました。私はヴァーシュピア家のレミリアです」
「妹のフィアナです」
「お二人とも、そんなに構えなくても大丈夫ですよ? ユウリはそんな尊大な男の子に育てていませんから」
コロコロとほほ笑み、小さな頭を撫でるカノン。
普段、兄のレイフォード様に見せる姿とは違った表情に思わず心を奪われる。
小柄で可愛らしい姿ではなく、毅然たる姿だ。
「では、ユウリ君と呼んでもいいかしら?」
「うん」
小さく頷くユウリ。そして、小さな手を伸ばし、私に何かを渡そうとする。
手の中には、ハンカチだろうか?
「おとしもの」
「ありがとう。でも、いつ落としたのかしら?」
「テーブルにおいてあったよ」
「ああ、そういえば。二人に話しかける前に使ったような……ありがとう、ユウリ君」
「いえ……」
普段、褒められ慣れていないのか、直ぐに顔が真っ赤になる。
レイフォード様と似た顔立ちながら、腹黒な姿はそこにはない。
純真無垢な可愛らしい表情に、思わず本日二度目の心を奪われてしまった。
全く、カノンといい、どうしてこうも美しいのかしら?
優雅な佇まいは私が何年かけても習得できそうには思えません。
これが、生まれながらの才かしら?
「あれ?」
ふと、ユウリ君の姿が揺らいで見える。
暗闇とは違う暗さに戸惑い、思わず手を伸ばす。
「姉さま、どうかされましたか?」
「ユウリに何かありました?」
「……少し、風に当たり過ぎたかなって」
「確かに冷えてきましたね。ユウリ、大丈夫?」
「うん」
先ほどの謎の感触のことを伝えるべきか否か。
暗闇に似た感触、それは闇魔法の特徴であり、生気を吸い取る効果がある。
もしかしたら、私の気のせいかもしれない。
だけど、ユウリは知らない人物だ。
なんせ、私がプレイしたゲームには登場していなかった。
……普通のゲームなら、隠しキャラという可能性もあるけど、それなら私が知らないのはおかしい。確かに魔界に行く方法ばかり探してはいたが、念のため、全ての人物の好感度を上げている。
だてに歩く恋悪辞典と称されていないのだ。
だからこそ、不思議だ。
でも、あの運営ならば、『ゲームには登場しないキャラのプロットも創造したよ』って意気揚々に自慢げに言いそうな感もある。
だからこそ、闇魔法の素質があるくらいで、疑うのもやり過ぎかも。
今は注意する程度にしておくのが良いでしょう。
なんせ、あのカノンとレイフォード様の弟君なのです。
信じても問題ないでしょう。
「――ここに居たのか」
と、噂をすればレイフォード様が来ました。
少しばかり走ってきたのか、額に汗をかいていますね。
普段、クールな表情しか見せない彼にしては、珍しい。
「ユウリ、勝手に居なくなるなと何度言えば分かる。今は非常事態中なんだ」
「ごめんなさい」
「お兄様……」
レイフォード様の拳骨がユウリの後頭部に吸い込まれ、ガチンと鈍い音が響く。
だが、泣き叫ぶこともなく、ユウリは不思議そうに上を見上げた。
そこには青い防御壁が顕現していた。
「……レイフォード様、いきなり拳骨はどうかと思いますわ」
「フィアナ、君の仕業か」
「はい、いきなり拳骨なんて、いくらなんでもやり過ぎでは?」
「そうですよ、お兄様、ユウリはレミリア様のハンカチを届けに来てくれたのですよ?」
いきなり拳骨をしようとしたレイフォード様にフィアナ、カノンが苦言を呈する。
それを見て、少しばかり居心地が悪いのか、顔をしかめる。
流石に、やり過ぎたと思ったようだ。
それにしても、冷静沈着な彼にしては珍しい光景だ。
何か、焦っているように思えてならない。
「それで、レイフォード様。そんなに慌ててどうされたのですか? ユウリ様が消えたと思い込んだこととご関係あるのですか?」
「っ、何でもない」
「今、緊急事態とおっしゃいましたわよね?」
「……」
「これでも私、破壊女王と呼ばれるくらいには、魔法に自信があるのですよ」
「私も姉さまには敵いませんが、防御結界なら任せてください」
「お兄様、緊急事態とはいったいどういうことです?」
流石に隠し通すのが難しいと考えたのか、レイフォード様はぽつりぽつりと語り始める。
「今、国内には王族に反旗を翻した有力貴族が居る。その内の一つが、殺し屋を派遣したと噂になっている」
「殺し屋ですか? それも、王族を狙う程の腕の持ち主だと?」
「ああ、父上……国王陛下の直属部隊が掴んだ情報だから、間違いない。今、王国は危険な状況下にある。今日のパーティも、表向きはフィアナ嬢――聖女お披露目だが、実際には、きな臭い貴族を洗い出す為のものだ」
レイフォード様が語る内容を聞いて、カノンは怖いのか身体が震えている。
一方フィアナはいつの間にかに周囲に防御結界を張り巡らしているようだ。
私は何をするべきだろうか。
この世界において、殺し屋は元魔法使いである。
そして、これは初期に起こるイベントの一つ、王宮暗殺事件だ。
最終的に、王族の関係者が毒殺されることになり、それを解決する話になっていた。
その過程で、レイフォード様との仲が縮まるというおまけ付きで。
だけど、その犯人が誰かは結局分からずじまい。
裏で手を引いた組織があるという情報だけが、ゲーム内では明らかにされていた。
詰まる所、出たとこ勝負かしら?
「レミリア、君の力を貸してほしい」
「ええ、勿論ですわ」
私の千を超える魔法の数々の出番のようですね。
少しばかり、本気を出して物語を改変してあげるわ。