40話 地下の王ってね
全てを喰らいつくす破壊魔法“大火”。
その一撃であれば、穢れた精霊の存在消滅ですら、可能かもしれません。
けれど、その一撃は“ノー”によって消えた。
弱体化した精霊とカノン、どちらを救うべきか決めきれなかった私の責任だ。
少し考えれば一国の王女を優先するべき。でも、ここに来た目的を諦めることはカノンの考えを踏みにじる行為でもあります。
本人から救って欲しいと懇願されれば、優先すべきものは変わる。
でも、カノンがそんな自己優先な子ではないことを私は知っている。自分が王族であり、ほかの民の命より重いとしても、他を見捨てず手を差し伸べる。
そんな優しい少女がカノンです。
だからこそ、私は決めきれない。
何を助けるべきか、目の前で苦しむ少女の思いをどう汲み取るべきか。
『————悩むのは仕方がないことデスが、あちらは来るつもりデスよ』
「——ッ!」
底から汚染された魔力の波動が幾多も重なり迫る。
負の感情を煮込んだ魔力が私の視界を奪う。世界が暗闇に染まり、光景が遮断されてしまう。
これが、穢れた精霊の本質。
全てを汚染し、草木朽ち果てるまで広がる災厄。
「————“暴風”」
周囲の淀んだ空気を魔法で吹き飛ばす。
魔素を込めた風は汚染された空気を絡めとり、“そして侵食する”。
魔法が崩壊する感覚が伝わり、魔法を解く。
「————“暴風”」
再度、同じ魔法を使う。
そして、少しは穢れを払うことができたのか、視界が鮮明に映る。
隣には、ノーが居る。
穢れた精霊も地の底に居るようですね。
おそらくはただの吐息のようなもの。
私を害するつもりなら、魔力回路を壊すこともできたはず。
「ほんと最悪な気分……アレが穢れた精霊なのね」
『そうデスよ。僕ら精霊も忌み嫌う悪霊のようなものデス』
誰からも嫌われる存在である穢れた精霊。
精霊が変質した存在。
それも、光の精霊が変貌した姿。
「——ねえ、両方とも救う方法はないのかしら?」
『簡単デスよ。逃げてしまえば……少しだけ待つだけデスよ』
私が零した言葉にノーが告げる。
待つだけだと。
正直、時間が解決してくれるとは思えない。
むしろ、負の感情が強まり、カノンを完全に支配したときどうなることか。
大精霊ムーですら、対処できるかはわかりません。
だからこそ、完全体ではない今、解決するしかありません。
「……何を言っているのか私には分からない」
『——女神様。確かに、穢れた精霊は異質な存在であり、人の手には余るものデス。それは精霊の僕からしてもはっきりとしています。デスが、終わりは来るデスよ』
「終わり……?」
『穢れた精霊が顕現できるのは少女が居るからデス。でも、いつまで持ちますかね』
「————ッ」
ノーが言おうとしていることを理解してしまった。
穢れた精霊が支配するカノン。いくら精霊の寵愛を受けていても、あれほどの負の感情に包まれて正気でいられるわけがない。
————いつか終わりは訪れる。
それが、心か身体か、それとも別の領域かは分からない。
だが、人のみである以上、終焉を免れることはできないはず。
おそらく、ノーは最初から理解していた。
だからこそ、何もしていないのかもしれない。
——だって、時間が解決してくれるのだから。
「でも、それはカノンを諦めることになる。それはダメ」
『何がダメなんデスか。女神さまの愛する人なのはわかりました。でも、女神さまにはどうにもできないことデス』
「そうね。私は破壊することしかできない。フィアナみたいに、誰かを護ることはできないし、誰かを救うために知らない誰かを手にかけるのでしょうね。ノー、貴方のいうことは正しいわ。————だから、力を貸して」
私にはどうにもできない。
精々足止めする程度が限界。いつ、穢れた精霊がここに現れるかもわからない。
『力を貸すデスか?』
「ええ。貴方の本気を見せてほしい。大精霊である貴方なら、なんとかしてくれると私は信じているわ」
『————大精霊デスか。僕が……どうして……』
「ええ。可能性でしかなかったけれど、本当にそうなのね」
『————どうして、そう感じたデス?』
大精霊。
それは精霊を超える存在。レイフォード様と契約した大精霊ムーのように、その力は隔絶している。
そんな大精霊の姿容を私は知らない。ゲーム上、名前で知っているだけ。
その数は少なく、出会える可能性は限りなく低い。
一生で一度、精霊と会えるのが普通。
大精霊と出会うのは、精霊使いの中でも一握りです。
けれど、ノーが大精霊だと私には思えてしまった。
「そもそも、“ノー”って偽名でしょう」
そう聞くと、“ノー”がこちらを見る。
少しばかり驚いているのか、唇が震えている。
「そんなに動揺すると、本当だと教えているようなものよ」
『僕のこと、知っていたデスか?』
「いいえ。何も知らないわ。大精霊なんて、普通思わないでしょうね。でも、穢れた精霊に対抗できる精霊なんて、いるとも思えませんし。何より、私の魔法を完全に理解して、補助できるなんて、いくらなんでも変よ」
『……』
「私が使った魔法。あれはね、本当は使えないの」
今もなお、地面底に閉じ込め続けている。
7大魔法の一つ、“グノーム・グランド”。
それは精霊王固有の魔法であり、いくら私でも発動は難しい。
それは、繊細な制御が必要となり、人の身では不可能なほどに、綿密に織り込まれた術式が必要となるからだ。
でも、“ノー”はいとも簡単に再現してくれた。
まるで、|“自分の領域内だと言わんばかりに”《・・・・・・・・・・・・・・・》。
「あの魔法が発動できた時点で予想は確信に変わったわ。貴方が、大精霊グノームであるとね。ふふっ、それにしても。偽名というよりあだ名かしら、“ノー”」
私の推理と証拠を聞き、ノーは微笑む。
そして、私の手を握り。
『バレて、いたのか。全く、騙せていたと思っていたのに。僕が悪戯を失敗するなんて。なら、隠す意味なんてないのか————“グノーム”』
“精霊グノーム”を通して、魔法庫が揺らいだ。
そして、確かに存在を感じる。
「これが貴方とのパス……」
『仮契約ではあるけどね。いつでも、女神さまの好きな時に切っていいデスよ。もちろん、ちゃんと契約してくれてもいいデスけど』
これまで、精霊と契約したことはない。
ただの精霊と契約すると、その系統魔法しか使えなくなってしまうからだ。
炎の精霊であれば、水や風といった魔法は使えない。
無理やり発動すると、効果が薄れてしまう。今までのように、微精霊の力を借りようとしても、契約精霊の圧で逃げてしまうでしょう。
契約することで魔力庫はその精霊専用のものとなる。
でも、仮契約あれば問題ない。
仮契約は魔力庫の一部を貸しあたえるようなもの。
だが、精霊にとって旨味はない。小さな小部屋に住まわせるようなものだ。
「本当にいいのね」
『うん。僕は女神さまの力になりたいだけデスから。束縛を好む精霊はむしろ嫌いデス』
「———ありがとう、グノーム。」
真名で呼ぶと、グノームが笑う。
『うん。これからよろしく、女神様』
「ええ。それで、穢れた精霊をどうにかできる?」
『簡単デスよ。女神さまの言葉を借りるなら、叩き潰すだけデス』
グノームが片手を前に出し、手のひらを閉じる。
それだけで、地面が揺れる。
地震のように、地面が震え、轟音が響きわたる。
これが大精霊とよばれる所以。
四大精霊、地を司る“悪戯精霊”の本気。
『こい』
地面が二つに割れ、淀んだ空気が空間を覆い尽くす。
暗い闇で何も見えないが、強力な魔力を感じる。
アレが穢れた精霊の本体。
カノンの姿は見ることができない。
だけど、きっとあの中にいるはずです。
「全てを壊す波動。これは、地を震わし、粉々に砕くもの——— “破壊衝撃”」
まずは、分厚い負の感情を壊すことから始めましょう。




