35話 逃げたいってね
レミリア視点に戻ります。
33話の続きです。
『見えたデス。精霊と少女がいるデスよ』
「そう。そこに案内してくれる?」
私と違い、カノンは魔法に長けていない。たとえ光の精霊と一緒であっても、魔法式を知らなくては使えない。だからこそ、不安が募る。
だけど、精霊“ノー”は首をかしげ、こちらを見る。
『何を不安がるデス? 見えた精霊がいるから大丈夫デスよ』
「カノンは魔法が得意ではないの。精霊が近くにいても、行使するのは彼女。だから、何か起きてしまえば危険なの」
『? 危険なのは女神様デスよ?』
話がかみ合いません。ノーが話す内容が理解できない。
精霊は長寿の存在。故に話す内容が簡易化され過ぎていて、通じないことがある。
「それはどういうこと?」
『だって、あの精霊は魔術を使えるデス。だから大丈夫デス』
「確かに魔術を使えたけど……」
『ここは、魔法が分解されてしまうデスよ。だから、危険なのは女神様です』
「……ええ。ノーの言う通りね」
少しばかり気が動転していたのかもしれない。確かに、この地下迷宮には魔法を分解する仕組みが施されている。本気の魔法ですら傷一つ付くことなく、まるで第精霊ムーと戦った時のようだった。
だけど、カノンの魔術は効果があった。閃光で見ることはできなかったが、確かにあの扉を開いたはずだ。
……そういえば、どうして私とカノンは分断されたのでしょう。ノーから話を聞く限り、ずいぶんと遠くまで来てしまったようだ。まるで“転移”でもしたような。
これが事実なら、私にとっては見逃すことができない程に貴重な情報だ。
いつか魔界に行く際、迷宮を通らず自由に行き来するための方法。
それは戦争に繋がりかねない危険な道。だけど、私の推しに会うためなら、自重が聞かないかもしれない。
まぁ、公にしなければ……。
『女神様、黙ってどうしました?』
「ねえ、私がここに来た原因に心当たりはあるかしら?」
『? 女神様はいきなり目の前に現れたデス。何時もと同じデスよ?』
「そう」
気になる情報が立て続けに開示される。だけど、少しでも言い方を誤れば、私が女神ではないことが露見する可能性がある。だからこそ、慎重に聞かなければ……。
……台座の隠し通路から転げ落ちた記憶はある。だけど、それにしては、今いる場所につながる道は見えない。それに、いくら歩き続けたとはいえ、カノンから遠く離れた場所に来たとは考えづらい。
ノーは言った。突然現れたと。
そして、何時もと同じという発言。少しばかり、怖くなってくる。
一体、ノーは誰と姿を重ねているのか。
誰と間違えているのか、それが分からず恐ろしい。
「……親友のところまで案内してちょうだい」
――とりあえず、今はカノンと合流するべき、か。
考えることは山ほどあるけれど、ここに来た理由である精霊。その存在は消えかかっている。なら、急いで助けてあげないと。
『遠いデスよ? 今の女神様じゃあ、倒れるデス』
確かに、表面上は傷ついた身体は回復しているが、体力は限界に近い。
身体の節々が痛み、筋肉痛が悪化したような感覚に苛まれる。でも、歩くことくらいならできる。だから、告げようと前を向いた瞬間――激痛が襲う。
『だから言ったデス。女神さまの身体はボロボロなのデスよ』
「ええ。そんなこと……分かっているわ。でも、ここで行かなくちゃいけないの」
あの子は私をどう思っているのか。
秘密にしていた光の巫女を知られ、一人取り残されたカノン。きっと、今頃頭の中がぐちゃぐちゃになって、どうすればいいか分からないはずだ。
だって、私も同じだから。
いつか、私と敵対するかもしれない光の巫女。それが妹のように可愛がっているカノンだったなんて、正直信じたくない。
でも、それを見なかったことにしたら、私は一生後悔してしまう。
一人ぼっちの少女を救えないなんて、それはあまりにも悲しい。
「ねえ、ノー。私のお願い、聞いてくれる」
『……本当はここで休んでほしい。だけど、女神さまが望むなら、いいよ』
少しふくれっ面ではあるが、私の手を取ってくれる。
そして、ノーが眼を閉じる。
ノーの身体から魔素があふれているのか、光り輝く。
『いくよ』
気付くと、足元の氷床が土へと置き換わる。それに、先ほどまとは異なる空間に私たちはいた。これは、やっぱり“転移魔法”よね?
魔界に行く上で必要不可欠な魔法式。その可能性があり、私の心臓がバクバクと大きく振動する。それでも、今は。
「カノン!」
周辺を見回し、大声で叫ぶ。
だが、何の反応も返ってこない。
「ノー、ここで合っている?」
『うん。でも、もう移動したあとみたいデス』
ノーが指さす方向、そこにはぽっかりと大穴が開いていた。それに、地面に無数の穴と焦げ付いた匂いが届く。
これは、まさに。
「ねえ、ここにはノー以外、誰も居ないはずじゃないの?」
『そのはずデスよ』
だけど、目の前の光景は戦闘が行われたように見える。
焦げた地面、抉れた無数の穴。そして、大蛇でも出てきそうな、大穴。
まるで、カノンが誰かと戦ったような光景にしか見えない。
だけど、ノーは冷酷に告げる。
私が信じたくない事実を。
『……女神様、ここには誰も居ないデスよ。女神様と女神さまの親友、そして精霊たち。これ以外は誰もいないデス』
可能性なら思いついていた。
一つ目は、逸れた精霊が暴走し、抗戦するしかなかった。
だけど、消えかかった精霊の仕業とはとても思えない。
二つ目は、ノーが把握していないだけで、魔物が居て、抗戦したということ。
これが一番、信じたい。だけど、ノーが嘘をついたとも思えない。
それに、魔物の仕業にしては綺麗すぎる。
――だから、答えは最初から出ていたのだ。
これは、カノンの仕業によるものなのだと。
――逃げてしまうほどに私と会いたくはないみたい。




