31話 見えないってね
祭壇の水晶。
それが重要な意味合いを持つと直感的に分かった。
「試しにとれないかと思ったけれど、盗人対策は万全ね」
魔法を込めた右手で水晶に力を込める。だが、僅かな罅すら入らず、光沢は薄れない。
やっぱり、この迷宮では魔法を用いた力は通用しないようだ。それを思えば、何故こんな所に精霊が居るのとかという疑問が生まれる。
精霊が自然にこの場で誕生した。その可能性は低いけれど、あり得なくはない。
でも、自我を持つほどの精霊となると、話は別だ。生まれながらに自我を持つ精霊は高位精霊と呼ばれている。その数は限りなくゼロに近く、全精霊の中でも、0.000が続く程に稀な存在だ。そんな精霊が地下迷宮で生まれたとは考えづらい。
あるとすれば、この地下迷宮がただの迷宮ではないこと。
人為的な手を加えられた痕跡から察するに、遥か昔の文明において、最重要施設であること。
それならば、封印のような形で精霊が閉じ込められており、それが開いた。
その可能性ならあるかもしれません。
でも、それが本当ならゲーム知識には無い、未知の情報だ。
勿論、ここがゲーム世界にすごく似ているだけで、別世界だという可能性も残っている。
その場合、私は憑依をした存在であり、この世界にとって異物その物だろう。
もしかしたら、私の存在が邪魔と判断されれば、自我は消える恐れもある。
それこそ、この世界の創造主が存在すればという話だが。
「……それにしても、よく分からない部屋ね」
見たこともない絵画、それに水晶が埋め込まれた台座。
これが何か意味を持つのか、それがトリガーになるのか、考察する必要があるかもしれない。
「とりあえず、この台座に何かがあるのは確かなはずね」
台座周辺に手を触れ、調べてみる。
材質は石のような感触だ。試しに手で叩くも、少し痛みがあるだけで、何も起こらない。
鍵穴のようなものもなく、ただの台座だ。
「こんなことしても、意味なんてないのかもしれませんね……」
疲労困憊の身体を思わず、台座に預けてしまう。
火照った身体をヒンヤリとさせる感触が気持ちいい。それに、何だか、身体が倒れていくような……ッ⁉
「え、え、ええええええええ」
思わず、大声をあげてしまう。
それ程に、予期せぬ事態だ。身体を預けた台座。それが横滑りしていく。
今は魔法を使ってはいないにも関わらず、何の抵抗もなく、ズレる。
そして一定の所で止まり、私の身体が浮遊感を感じる。
何が起きたのか、転がり落ちていく。
当然、全身を叩きつけられて痛い。
何かに掴もうと手を空へと伸ばす。だけど、何一つ手に触れない。
「きゃああぁぁぁあああああああああ————!」
叫び声と共に落ちていく。
そして、最後の階段を通ったのか、硬い地面へと身体が投げ出された。
痛みが全身からあり、涙目で周りが見えない。それどころか、指先すら動かない。
「…………」
声が出ず、助けすら呼べない状況ね。
それに、現状に思考が追いつかない。
ああ、どうやら私は——
◇
『助けないと……ワオ……ひどい』
どこか遠くから小さな子供の声が聞こえた。
そして、よく分からないが、謎の感触が私の前身を覆う。人の手ではなく、石でもない。
まるで、全身に魔法を覆ったような感覚。
全身強化より、フィアナの回復魔法に近い。
それに、おそらく気を失う前の激痛が和らいでいく。
魔素の量に変化はない。
だから、私が回復魔法に目覚めた訳ではないようだ。
それに、カノンと光の精霊によって、回復を受けた訳でもなさそう。
それなら、これは?
立った今、私の前身を覆うこの力は一体どこから……?
視界は暗闇が広がっている。魔法で明かりをつけることは難しい。
それに、今ここで声を出すと謎の存在が逃げてしまう気もする。
だから、今は気を失ったふりを続けて、少しでも多くの情報を知るべきでしょうね。
『戻って……もっと、もっと』
声を聞くも、断片交じりで何をしているのか分からない。
けれど、私の大怪我を心配し、治す為に必死に魔法を使おうとしているのは分かる。
既に、起きているのを黙っているのは申し訳ないけれど、まだ、足首が曲がっている。
これでは、歩けない。だから、もう少しだけ。
◇
謎の存在による回復が起きて数時間程、経過した。
前身の痛みは消え、体力も全回復したようだ。
これなら、もう問題ないでしょうね。
『どうしよう……ぼく、治したのに……消えちゃうのはヤダよ……』
この状況で、どう話しかけようかしら。
やっぱり、今目を覚ましましたっていう対応が一番かしら。だけど、まるで私が亡くなったような対応をされている中、それをすればゾンビ扱いされないかしら?
少なくとも、自我がある存在みたいだけど、これだけの回復魔法を使えるのなら、攻撃魔法だって使えるかもしれない。少しでも不審な動きを見せれば、吹き飛ばされるかも。
ああ、どうしようかな。
何を選んでも失敗する気がする。
「……ここは……」
『ひっ——! お、起きたの? ど、どうして?』
「汝の声が私を呼んだのです。貴方が私を呼ぶものですか?」
客観視すれば、痛い発言をする少女だ。
だけど、今この状況では違うはずね。
上手く、勘違いしてくれないかしら?
『復活するなんて、あなたは。貴方様は……』
そうよ、聖女とでも勘違いしなさい。
聖女なら並外れた回復力をもっていてもおかしくはないわ。
「せ、」
そう、私は聖——
『世界の女神様ですね!』
「は、はい?」
女神?
誰が?私が女神?
何を血迷ったことを言うのかしら。
——どうやら私以上におかしな子に出会ってしまったようです。




