血鏡~願うなら~第11話
地下駐車場へは、出入口横のエレベーターか反対側の階段から降りる事が出来る。
先に階段のドアのノブを試しに回してみると閉まっていた。音が響くけど、エレベーターを使うしかない。
館長が入口やロビーに居ないのを確認して、私は起動電源を入れたエレベーターに着くと下のボタンを押した。
ーーポーンーー
エレベーターのドアが開き、音が館内に響き渡る、誰かが走ってくる足音が聞こえる。仕方ないとしても、今は鳴ってほしくはなかった。
急いでエレベーターに乗り込む。壁に設置された鏡が視界に入り、凄い形相の館長が近付いてくるのが見えた。
「ひーらーいー」
「っ……」
手にはハンマーと銅製の剣が握られ、よく見ると銃らしき物も胸のホルダーに入っている。
偽物かもしれない、でも今の館長なら…。
「逃がさんぞ」
向かってくる館長に洋介さんは、エレベーターの横にあった消火器のピンを外し、レバーを握って消火剤を館長に向けて撒き散らした。目の前は白くなり、視界が悪くなる。
館長が咳き込み、立ち止まってる間に、他の何かで足止め出来るのは無いかと見渡すと、ベンチの横に置かれたタバコのダストボックスに気付く。
空になった消火器をフロント辺りに投げると、微かな影が動く。館長は目を開けられない状況だから、音を頼りに動いているのが分かる。
洋介さんは、ダストボックスを掴んで館長に目掛けて投げてエレベーターの中に入り閉ボタンを押した。館長はダストボックスを避けられなかった様で、エレベーターが閉まる時、ダストボックスは館長の足に命中、影が消えドタンと倒れる音がした。
足止めすることが出来たようで、閉まった瞬間に私たちは少しの安堵に壁にもたれた。
「もし館長が階段を使うとしたら鍵を開けなければいけないので、走ってシャッターに向かう時間はあるはずです」
「俺は階段のドアを押さえますから、千波さんは孝君を」
私は頷き、ドアが開くと同時に孝君を抱きかかえシャッターに向かって走った。
「孝君、ここから逃げて」
「お姉ちゃんたちは?一緒に逃げようよ」
「お姉ちゃんたちは、別の出口を探さないと出られないの。館長1人にこっちは2人、助かる方法は必ずある。大丈夫、すぐに会えるから」
私は 孝君に笑顔を見せた、心配させないように。
「近くに交番があるから保護してもらって。私は、孝君のお父さんを助けるから」
孝君は不安そうな顔のまま、シャッターの間を抜けて外へ走り出す。
「ボク、おまわりさんを呼んでくる」
「お願いね」
孝君が去ったあと、ガンッ!という音が聞こえた。館長が下に降りてきてドアを叩いたのだろう。
「洋介さん」
「千波さん、孝君は?」
「外に出すことが出来ました。交番で保護してもらえるはずです」
「良かった。千波さんは早くエレベーターで逃げてください」
言われてエレベーターを見ると、灯りが消えていた。
「どうやら無理みたい。館長が電源を落としたみたいです。エレベーターが動いてない」
「通れる通路は階段だけ……なら。千波さん、少しだけオトリになってください」
「いきなり、オトリになれって無茶いっ……」
心の準備も出来ていないのに、洋介さんはドアから離れた。叩く音が響いていたドアが勢いよく開き、館長が現れる。
館長は私の姿を見つけると、ジリジリと近付く。私が後ずさると館長の足も一歩前に出る。角に隠れていた洋介さんは、館長がドアから離れたのを確認し後ろから取り押さえた。
「ドアをロックして階段から逃げてください」
「でも洋介さんが」
「早くしろっ!」
二人を横切り、私は階段をかけ上がった。
「カッコいいね君。もしかして平井君が好きなのかな?」
「信用してるんです、あの人なら鏡の願いを悪用しないと。それに今なら鏡を壊すくらいの勢いもありそうなので」
「質問を無視しないでくれないか?腹が立つ。確かに平井君なら、壊しそうだ。壊される前に捕まえないと」
私は、洋介さんを置いて逃げてしまった。
一階に戻ってきても、助ける方法が思い付かない。他の人達は、無事だろうか?館長に捕まってなければ良いけど。
「ごめんなさい洋介さん」
あの鏡が原因で、館長は変わってしまった。なら、鏡に願うのを阻止したらどうだろうか?願いが失敗すれば、私達が館長に殺されたことは世間に知られる。
鏡を壊せば、今後 私達のような被害者は現れない。私の命が此処で終わっても、入院中の夏生さんたちは助かるかもしれない。
私は、原因となった鏡を壊そうと2階に向かった。
2階に上がると、そこには民族レプリカの数本の槍が刺さった館長の娘さんと、化石の展示物で頭を割られた女性が倒れていた。私は吐き気を抑えて鏡に向かう。
(こんな世界なんて要らない)
ギャラリーはシーンと静まり返り、元館長とひろしさんが倒れている。一人はぐちゃぐちゃで、直視出来ない。
鏡を見ると、カーテンから月の光が差し込み、もうすぐ鏡に光が届きそうになっていた。
「動くな、平井君」
(そんな……早すぎる)
鏡に手を伸ばしていると、後ろから館長の声がしたので振り返った。館長の姿は返り血で染まり、手にはナイフが光っていた。まるで父親の刀を持って笑う柳子と重なる。
「洋介さんは、どうしたんですか?まさか殺したんじゃ?」
「洋介?あぁ、あの男か。洋介君なら首を切られて、地下駐車場で血を流して今頃 生き絶えてるよ」
「そんな…」
私は、その場にへたり込んだ。
逃がしてもらったのに、何も出来なかった。どうして、たった1枚の鏡に人生を狂わされなければいけないのだろうか。
館長の手に握られたナイフが月の光を反射すると、後ろに女性が立っているのが見える。
「君で終わりだ」
その言葉が耳に入らないほど、私は別の声が聞こえていた。
『アナタノ願いはナニ?』
(私の願い?……私の願いは)
私は館長を睨み叫んだ。後ろにいる女性にも聞こえるように。
「私の願いは、皆を元に戻して。鏡に振り回された1ヶ月前に戻して。そして、私の前から消えて」
ナイフが降り下ろされた瞬間、私の視界は暗闇へと変わった。
「千波、目を開けなさい」
何度も夢で聞いていた声が、私に目を開けろと言う。目を開けてみると、そこには館長の後ろで私を見ていた柳子が立っていた。
「つまらない人ね。『彼の父を見つけ出し、辛い罪を償わせて』とか『弟を生き返らせて』とか『館長を消せ』とか言えばいいのに、貴女は他の人より望みが強いと思ってたのよ。その願いは、入院してる者達と満が殺した者たちで叶えられる。満の願いは、館長として継いだ美術博物館を有名にすること」
「柳子は何がしたいの?好きな人と一緒になれないからと父を殺して」
「言っておくけど、私は柳子であって柳子じゃないわよ」
「えっ?」
柳子はクスクスと笑った。何を言ってるの?目の前にいる女性は夢で何度も見ている柳子の姿、見間違うはずがない。
「私は柳子の心から生まれたリュウコ、世間では呪いと呼ばれているわね。私は柳子の父の血によって新しい呪いとなり、この世に生まれた。そして、柳子の死で完成した」
ケラケラと笑ったかと思うと目の前に立ち、私の頬を撫でてきて悲しそうな表情になった。まるで、呪いとして生まれたくなかったと言いたげに。
「おかげで私は、人の死で願いを叶える鏡となってしまった」
「嫌なら願いを叶えずに、鏡として一生眠ってれば良いじゃない」
そう、叶えたくないなら人間の願いなんて見なければいい。そしたら、誰の命も奪われずにすむ。
柳子は首を横に振ってニコリと笑うと『アナタの願いを叶えます』と言った。
「私、貴女を気に入ったわ。だから千波が望まなくても、再び貴女の前に現れるでしょう」
両肩を掴まれたかと思ったら、後ろに押された。後ろは いつの間にか足場が消え、崖から落ちるように私は落下した。
「人間は、願いの為なら人を簡単に殺す。また会いましょう千波」