第8話
てくてくと歩いている岸本と、根来、放出は、歩きながらもいろんな話をしていた。
「……つまり、魔術を使うためには魔術粒子を励起状態にするという必要があるということですか。それが、御札や飲み薬の場合には、常時励起状態になっているために、作ってすぐに使わないと最大の効果が得られないと」
「そういうことですね」
岸本が根来からの質問に答えているようだ。
「魔術粒子は、それ自身で極めて安定している元素です。例えば希ガスのようなものですね。しかし、それだけでは反応し、魔術を用いるためのエネルギーを得ることができません。つまり、スイッチを入れる必要があります。そのスイッチこそ、魔術種族の意志となります。意図したとおりに動かそうとする意志によって、魔術粒子にエネルギーを注ぎ込み、魔術粒子を励起させることによって、はじめてエネルギーを取り出すことができるようになります」
「だから、その励起状態であることが終われば、つまりエネルギーを取り出し終われば、もう魔術粒子はエネルギーを出せず、魔術の効果は終わるということですね」
「そういうことになります。ただ、再びエネルギーをいれることによって繰り返し使うことができますので、そういう魔術粒子を貯めるためのものが必要になります。特に高位の魔法を使おうとすると、大量の魔術粒子を必要としますので、空間に普遍的に存在する量では全く足りないのです」
そういうと、岸本は右腕につけているブレスレットを見せてくれる。
「結晶の中でも六方最密構造や面心立方格子の構造を持っているもの、あるいは特殊な宝石類が、魔術粒子を効率よく保管するに優れていることが証明されています。私が持っているのは、チタン・コバルト合金の台座に、金、銀、白金、ラピスラズリ、ダイヤモンドを等間隔に配置したものですね」
「すごい高そうですけれど……」
心配するように放出は岸本に尋ねる。
「金銀白金は高いですけれど、他については安いですよ。ダイヤモンドなんて工業製品で魔術に最適になるように作られている既製品ですし、チタン・コバルト合金も安価に材料が手に入りますし」
全体として安くできるようだ。それを聞いて、誰かに盗まれるということも少ないと思ったのか、放出はホッとしているような表情を見せた。あ、でも、という言葉を岸本から聞くまでは。
「ここにはありませんけど、パーソライトと呼ばれるものについては、極めて高価なものになりますね」
「パーソライト?」
「ええ、人から採られる宝石で、パーソンと接尾語のライトを組み合わせて作られた新鉱物です。魔術粒子を極めて効率的に貯蔵することができ、その保管率は他の追随を許さないほど。例えばダイヤモンド1万カラットとパーソライト1gは同じだけの魔術粒子を貯めることができるのです。その性質故に、現在では国際機関である国際パーソライト協会が全世界の流通している全てのパーソライトを保護しています。数条はグラム単位で安い物でも数十万円、高ければ天井知らずですからね」
「闇取引が横行しそうな値段ですね」
「実際横行していますよ。しかし、大量に採るための方法は今だに確立されておらず、それが値段高騰に拍車をかけているのは否めませんね。仮に、一度に何キロという単位でとることができるのであれば、おそらくはここまで高騰はしないでしょう」
それができないのが最大の問題だということらしいが、このパーソライトはさらに一般人の中でしかできないという問題があった。どうやら身体が魔術粒子を拒絶し、その結果生まれるものらしい。と、ここまでわかっているものの、詳しい原因についてはまだ仮説の域を出るものではなかった。
「……と、来ましたね。ここが治療室になります。魔術関連のものは一切中に入れないようにしていますので、何かお持ちでしたらここで御外し下さい」
岸本が言ったところは何かの窓口のようになっていた。ここから先は魔術粒子が空間1立方メートル中0.0001個未満になるように設計されている。そのため、魔術粒子を持ち込むことは現金となっていた。特に、魔法が原因での疾病の場合、魔術粒子があることにより調子が著しく悪化することもあり、当然、魔術ドラッグ関連についても同じことがいえた。
「魔術ドラッグ関連の疾病については、どのように症状が進むかについてはすでにお話をしていると思います。この奥に患者がおります」
岸本は話しながらも、腕のブレスレットを窓口に預ける。ではどうぞ、と言って、窓口横にある自動ドアから病棟へと入った。