第40話
部屋には根岸もいた。
「説明は根岸からさせてもらいます。彼女の方が専門なので、詳しいでしょう」
向かい合うように座る4人と2人。緒方らは3人掛けのソファなので少し窮屈そうだが、それでも黙って身を寄せ合って座った。
「伺っておりました件ですね、魔術ドラッグが癌に効果があるのかどうかという」
根岸が緒方らにまずは聞いた。
「ええ、そうです。それでどのような効果があるのか、あるいはないのかをお教えいただければと思い……」
言いかけている根岸を遮るように、根岸は何やら雑誌を渡す。表紙は魔術の象徴である魔法のランプと杖、それにある種の魔法陣のような図形がマークのようにして描かれていた。表紙から裏表紙まで、中は全て英文だ。
「これは……」
緒方が根岸に聞く。200ページぐらいはありそうな冊子は、すでに何度となく読まれたようで、折り目がいくつか付けられていた。冊子の隅には緑色とオレンジ色の2枚の付せんが挟まっている。
「国際魔術医療福祉連合というものがあります。そこで発行される世界最大の魔術医療関係の専門雑誌です。前の3分の1は速報扱いの論文、それ以後は査読が完了した学術論文です。まずは緑色の付せんのところを」
根岸に言われるままに、緒方が代表して本のページをめくる。難解な専門用語が並ぶ、日本語でも訳が分からないような論文雑誌だが、英語となればもうお手上げだ。付せんは121ページ目につけられていて、黒いゴシック字で表題が、それ以後は小さな文字でいろいろと書かれているようだ。論文を出したのはどうやら英国にある大学か研究所らしい。U.K.という文字だけを読み取った緒方がそれだけは理解した。
「英国アマーダン地域にある魔術の研究所が出した論文です。かいつまんでお話しますと、魔術粒子の性質からいって、その一点に集中して癌の治療に効果を及ぼすことは難しい。しかし、一定の広がりを持っている癌細胞であるならば効果を及ぼすことができる方法についての研究です。平たく言うと転移をした後の治療に魔術粒子を用いると効果が上がるということです。しかし問題も指摘されており、特定のがん細胞に適応できる魔術粒子は、励起状態によって左右されるということです。それを調整するために莫大な時間がかかることもあり、末期状態となり死亡する患者も多いようです」
「効果があるかどうかはその人次第ということになるわけですか」
根来の質問に根岸はすぐに答えた。
「調整すれば効果はあります。しかしその調整に時間がかかるということです。5メートル上空からピンポン玉を、地面に置いた直径10センチメートルの輪に入れろ、というのと同じようなものですから」
さらに風が流れていたら、もう手出しもできないでしょう。と根岸は言った。
「では次にオレンジ色の付せんへどうぞ。こちらの方が興味深い話でしょう」
緒方はそう言われて、次の付せんへと誘導された。




